第68話 決闘の火花を灯せ!
六本木ツリーズビルの駐車場にキャンピングカーと留め、俺たちは室内で最後の決戦に向けた調整を行っていた。マリリンは天然の異能者だからデバイスなしでも様々な異能が使える。だけど超能力や魔術などの古典的異能の類の使用にはどうしても疲労が発生するのだ。対して異能スキルにはそう言ったデメリットはほぼない。一部の術式には体力の消費が要求されることもあるが、大抵の場合は発動に対してなんら疲労やら体力が減るなんてことはない。だからマリリンは戦闘においてはデバイスでの異能スキル使用と自前の異能力の併用を行っている。
「ダークウェブとかから異能スキルの術式をダウンロードするのってほんとトロくて嫌になるわよね。むかつく話だけど、世間の人たちがラタトスク社の『ラタトレ』を使いたがるのもわかるわ」
マリリンは自分の異能スキルデバイスにダークウェブ経由で様々な軍用異能スキル術式をダウンロードしていた。だけどダークウェブの異能スキル術式取引場からスキル術式をダウンロードするのは時間がかかる。スキルの術式は回数制限があるので、いつも余分に術式をストレージしておかなくてはいけない。だからすごくかさばる。対してラタトレのアプリ経由で術式を手に入れるのは非常に高速だ。
「たしかにムカつく話だけど、ラタトレは本当に優秀なアプリだと思う。異能スキル術式のマイニングもすごく早いし、併設されてる異能スキル取引場はセキュリテぃが馬鹿強い癖に、快適な速さでスキル術式の交換ができる。傑作アプリだと思うよ」
世界中の人々がこのラタトレを使用したがるのもよくわかる。最近じゃ、ラタトレでマイニングしてそれをそのまま同じアプリ内のフリマに卸して売りさばくことを専業にしているトレーダーもいるとかなんとか。他の異能スキルマイニングツールやトレードアプリを抑えて首位を独占し続けている最強のプラットフォーマーだ。
「まああんたの技術が無きゃ誕生していなかったんだけどね。まじでラタトレはぶっ壊してやりたいわ…」
「まあその機会は今日やってくるわけだ。作戦の確認をしようか」
「了解。作戦はシンプル。まず格闘大会で決勝戦まで勝ち上がる。それは簡単。あたしが全部何とかしてあげる。そして決勝戦はあんたが火威を挑発してタイマンに持ち込む。あんたは火威を逮捕する大義名分を作り出す。あたしはその間にウルザブルンサーバーへ突入して、保険として火威の犯罪の証拠を掴む。でもはっきり言ってあんたがやる挑発の文言は…正直に言えば、妻としては非常に、ひじょうぅううに!不愉快なやり方だけどね!その不満は一応表明しておくわよ!いい?!わかった?!」
今回の作戦の肝は決勝戦は、俺と火威のタイマンに持ち込むことだ。団体戦って話になってるけど、俺が挑発したら火威は絶対にタイマンに載ってくる。あいつの狂気こそが、俺たちの唯一付け入れるスキなんだから。だけどこちとらマリリンとすでに所帯を持っている身である。マリリンから見れば、旦那が昔の女の話をするのは面白くないだろう。逆に言うと俺の過去の女を気にしてくれてるくらいには愛されてるわけで。それはそれでちょっと嬉しいって思えるズルい自分もいたりして。なんというかやっぱりマリリンと一緒にいると人生が楽しいんだなって。
「ごめんねぇ…俺もどうかと思うけど…他にやり方がね…ほんとうにごめんね」
「まあ、あんたもそういう申し訳なさそうな顔してるんだから、こっちもそこまで強くは言えないんだけどね…。…ふふふ。そうね…これが終わったら何かあたしを喜ばせるようなこといっぱいしてね」
「なにしたらいい?お姫様のお願いなら何でも叶えてあげるよ。何でも言ってごらん?」
女の子が何に喜ぶのか?それはきっと永遠のテーマだろう。どんなに優秀な科学者だってきっと答えは出せない。
「ふふふ。ばーか。それくらい自分で考えてよ!むしろあんたがあたしのことを考えて悩む顔が一番見てて楽しそうよ!いっぱいいっぱい悩んで!あたしのことでさんざん悩んで!そうしたら花でもお菓子でもなんでも笑顔で受け取ってあげるからね!」
「いやーひどいねぇ!女の子は男を悩ませるのを愉しむ魔女ばかりだよ!あははは!」
こんな馬鹿なやり取りが愛おしい。だから早く復讐はお終いにしてしまおう。そしてマリリンとどうやって楽しく一日を過ごすのか。そんなことで悩む日々を送りたい。
準備を終えた俺たちは格闘大会の会場となる芝生の広場にやって来た。普段はツリーズビルに住む上級国民さんの憩いの場として使用されているが、今日は闘技用のスペースと特設のアリーナ席が設けられており、マスコミやら観客やらで賑わっていた。異能スキル登場以降、世界中でこれを使った格闘技が人気を集めている。異能スキルの防護フィールドはとても丈夫なので、基本的に怪我もしない。なので安全であり見ていて楽しい種目としてプロリーグも作られているくらいに盛んだ。俺も学生の頃、少しかじったことがある。チャンピオンになってあきてやめてしまったけどね。その頃には枢と付き合い始めていたので、恋人に夢中になって辞めたって言う側面もあったが。枢は格闘技が嫌いだったから、それに合わせていたって言うのもあったけど。
「さて、マリリン。一つ聞きたいんだけど…?」
今俺たちは会場傍に設けられた控えのテントの一つにいた。俺は今回の試合にはスーツで参加することにした。だって火威もスーツだし。こっちだけジャージとか迷彩服とかだとなんか面子が立たないんだよね。なけなしのこづかいをはたいて新品の高級スーツを買ってきちゃったよ。
「なにかしら?」
「例によってセーラー服なのはいいんだ。…でもね…その猫のお面はいったいなに?」
マリリンはいつも通りお気に入りのセーラー服にニーソにツインテール。だけど顔には猫のお面をつけている。なおスパッツもちゃんと穿いている。俺と出会った頃は金が無くてスパッツを買えなかったらしい。
「この大会はマスコミが来てるもの。顔は隠さなきゃ」
「それはわかる。目出し帽じゃだめなの?」
「可愛くないから嫌!それにラタトスクはリスのこと。ようは鼠みたいなものよね…鼠を追いかけるなら猫でしょ…ラタトスクめ…今日このあたしたちが食い殺してやるわ…ククク…」
だそうである。似合う似合わないで言えば微妙だけど、本人がやりたいって言うのら止めやしない。
「株式会社ディオニュソス様!そろそろ出番です!よろしくお願いしまーす!」
「はーい!よし!マリリン!」
「ええ!イツキ!」
俺たちはお互いに手を叩き合って気合を入れ合う。
「「株式会社ディオニュソス!スタートアップ!
海兵隊式掛け声を2人で思い切り叫ぶ。そして闘技場に上がった。
ぶっちゃけて言おう。楽勝でした。我が社には元アメリカ海兵隊員とかいう生きた伝説が存在している。
「あたしを倒したければシールズを連れてきなさい!!Oorah!!」
今回の大会は各企業から腕自慢が集められて、集団で戦う形式だった。試合で使用するデバイスは不正と危険スキル使用防止の観点から大会運営側が配布した物を使う。そして試合場にはちょっとした迷路のような壁が設けられており、互いに姿が見えない状態で戦う形式となっていた。だけどね、うちのマリリンにはそんなもの通用しないんですよ。開幕速攻で邪眼の透視を使い、マリリンは敵の姿を確認。そして壁の間を猛スピードで走り回り、敵チームの構成員を片っ端から殴って沈めていった。
『『『おおおおおおおおおおお!!!』』』
会場は盛り上がっている。マリリンは顔こそ見せていないがスタイルがいいし、セーラー服は可愛い。その上華麗に男たちを薙ぎ払っていく姿は観客の心をつかむのには十分だった。
「Oorah!Oooooooraaaaaahhh!!!」
『『『『『うーーーーーーーーーらーーーーーーーーーーーー!!!』』』』』
「うーらー!うーーーーーらーーーーーーーー!ディオニュソス社の異能スキル駆動AR型手術練習デバイス『チュルソス』をよろしく!うーーーーーらーーーーーーーーーー!!」
マリリンは試合に勝つたびにマスコミや観客席に向かって自社製品の猛アピールを行ってくれた。SNSではなんか好反応だった。なお俺はさっきから一度も戦っていないことから、試合を配信している動画サイトのコメント欄には俺への熱いディスが沢山集まっていた。違うよ。ウチは女性社員が活躍するいい会社なだけだから!ってアピールしたら許される?さすがに無理か。女の子の後ろにぼーっと突っ立てるようなおっさんはきっと世間の人気を買えないんだよなぁ。ちなみに火威も俺と同じように、社員たちが戦っている後ろで突っ立ているだけだったのに、俺と違って『名采配』だの『リーダーは後ろでどっしり構えるものだよね!』とかそんな好意的な評価を貰っていた。なんかこう社長としての人気の差に若干傷つく俺だった。
「決勝進出おめでとうございます!今のお気持ちはいかがですか?神実社長!」
この大会の協賛をしているテレビ局のアナウンサーとTVカメラが俺の所へ群がってきていた。
「此処まで来れたのは最強の妻のおかげです。ありがとうマイハニー!」
本当はマリリンって名前を出したいんだけど、テレビで流れてアメリカ政府に感づかれても困る。でも視界の端っこに写るマリリンは仮面を少しずらして、嬉しそうな流し目を送ってくれたので、喜んではくれたようだ。
「ところで同じく決勝進出を決めたラタトスク社の
たぶんテレビ局的には同じラボ出身の起業家同士のライバル関係みたいなネタで盛り上げたいんだろうね。実際この間のコンペは業界紙だけでなく、少しは世間のワイドショーとかでも話題になったらしい。俺は世間的には火威陽飛のライバルキャラみたいな認識らしい。
「え?ないです。そんなもの欠片もないです。対抗心?それは俺と火威陽飛が対等であればこそ成り立つ概念に過ぎません。俺とあいつは対等な関係じゃないからね」
「神実社長は謙虚な方なんですね。つまり先に起業して大企業を創り上げた火威社長にあくまで挑戦していると?」
アナウンサーは俺の発言を好意的に解釈しているようだ。だけどそんなことはない。あいつは俺のライバルなどではない。ただの邪魔な敵である。俺は火威と勝負しに来たわけじゃない。討伐しに来たのだ。視界の端に映るマリリンが親指を立てているのが見えた。あれは合図だ。そして彼女はタクティカルベストを着こんで、光学迷彩スキルを発動させて会場から消えた。そう、作戦開始だ。
「挑戦?違うよ。俺はハルトくうううぅんにわからせに来てあげただけだよ。お前の夢はそもそも前提からして間違っているってね…」
周りのマスコミさんがざわざわと騒ぎだしている。まずはあいつの一番大事な物から汚してやろう。さあ、復讐を始めようか!
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