第67話 プロポーズ、そして勇者パーティーは立ち上がる
波打ち際に素足で立つマリリンの後ろに俺は立った。波が俺の足を濡らしていく。
「今のあんたは10年前の神実樹?それともあたしの知ってる人かしら?どっち?」
マリリンは俺の方に振り向かずにそう言った。どんな顔をしているのかわからない。けどわかることがある。今の彼女は俺に顔見せたくないってことだ。
「マリリン。これが俺の答えだ」
俺はマリリンの背中に抱き着いた。両手を彼女の正面に回して強く強く抱きしめる。
「…っあ…」
「約束したよ。ぎゅってするって…」
マリリンの体は最初何処か戸惑いのようなものでこわばっていたように感じられた。でもだんだんと俺の方へ体の重みを預けていってくれた。
「…そう…。そうなのね…イツキ…良かった…怖かったよ…過去は変えられないから…ずっとずっと重たいままだもの…あたしもあんたも…ずっと引き摺られたままで…痛いままだから…」
声が痛々しく震えている。彼女は俺が昔のことに執着してしまうことを怖がっている。それは杞憂で、でもマリリンも俺と一緒にいる未来を望んでいるって証拠で。だから心が温かくなるのを感じた。俺はマリリンの左手を取って、その薬指にキスした。
「あっ…イツキ…ねぇ…それって…」
「予約しておくね。ここには俺が贈る指輪を嵌めるって。マリリン。改めてお願いするよ。俺の隣にずっといてください。俺と一緒に幸せになろう」
もう偽装結婚は終わりだ。俺はマリリンの隣に。マリリンは俺の隣に。2人で幸せを目指すんだ。
「…うん!イツキ!あたしと一緒に幸せになろう!!」
正面に見える水平線はキラキラと輝いて見えた。俺たちにはまだ何もない。ビジネスは始まったばかり、金もないし、権力もない。それどころか安全さえなく、危険ばかりに晒されている。でも2人だからきっと大丈夫。俺たちは同じ夢を見るからきっと生きていけるんだ。
そして月曜日。俺たちは例によって、悪巧みの為に文矩の事務所にやってきていた。そこで学長から貰った火威の証拠動画を雲竜刑事を含めたいつもの4人で見ることにした。
「それにしてもあんたって全然老けてないのね。大学時代から顔が全然変わってないって…」
動画には若かりし頃の俺が皇都大学のとあるホールで研究のポスターを発表している風景が映っていた。確かにちっとも顔が変わってない。老けていないっていうのはいいことだが、同時に大人になれてもいないということだろう。
「結婚してないからだろうね。樹はこどおじやってて老ける要素がなかったからな。でも結婚したし、これからは年相応の落ち着きって奴を身につけて欲しいね」
「そうよね。妻としてはそこら辺はしっかりして貰わないとねぇ…ふふふ」
文矩君とマリリンさんがニヤニヤとしながら俺を見ている。結婚教の信者たちはこれだからいけない。まあ俺もとうとうその墓場に足を漬け込む覚悟を決めてしまったわけだけどね。それとこれとは別問題なのだ。
「しかしこれは面白い動画ですね。水無瀬先生。この動画があればクルル式アルゴリズムの特許は神実先輩のもとに取り戻せそうですか?」
「自信はある。これがあれば裁判で特許を取り戻せるはずだ」
枢が残していった動画。それは枢がボディカメラで隠し撮りしていたもので、中には俺が大学にいた頃、学内でクルル式アルゴリズムをポスターで発表していた風景を撮影したものだった。動画には俺が造ったクルル式アルゴリズムについての理論解説のポスターがばっちりと映っていた。火威が特許を申請したタイミングよりはるか昔に俺がこの技術を世間に公表していたという証拠としてこれは使える。なんと驚いたことに、このポスターを発表している俺のところに火威が来て、この技術を使って起業しようと勧誘する会話までばっちりと残っていた。つまり火威が発明したのではなく、俺のポスターを盗み見て、自分が発明したと偽って特許申請したという証拠でもあったのだ。
「それは心強いお言葉です。では動画の後半の方の、磐座教授と火威陽飛との会話についてはどう思われますか?」
そして問題は後半部分にあった。ポスター発表後に枢と火威が2人きりで会話をしていた映像が残っていたのだ。今現在俺たちには火威を10年は牢にぶち込める証拠があるが、火威の権力が強すぎて司法が起訴に踏み込めないなんていう状況なわけだ。この状況で必要なのは、火威は逮捕されても仕方がないという世論を作れるか否か。世論さえ喚起できれば政府は議員や官僚に逮捕者が出ても、起訴に踏み込めるのだ。
「判断に若干悩む。多分これを公開すれば、火威は面子を潰されたと思いこみ、なりふり構わず樹を殺しに来るし、ビジネスでの紳士ルールを撤廃してきかねない。なにせこの動画は火威の権威に傷をつけるからだ。磐座教授はとんでもない爆弾を置いていったね。…今俺たちのグループが火威に勝てないのは、あいつを逮捕するための政治的大義名分にかけているからだ。だがこの動画はあの男のプライドに間違いなく罅を入れられる。上手く行けばボロを出せる、そうすれば逮捕に必要な世間が納得できる政治的大義名分が立つはずだ。…雲竜刑事。転び公妨はできるよな?樹を危険に晒すことになるのは申し訳ないが…」
文矩は何処か渋い顔で雲竜刑事にそう問いかける。逆に雲竜刑事はすごく楽しそうに答えた。
「ほう!それはそれは!ええ!もちろんできますよ!しかし弁護士さんからそんな言葉が聞けるなんてね!神実先輩。申し訳ないのですが、結局はあなたを頼ることになりそうです。お願いしてもいいですか?」
雲竜刑事はすごく悪そうな笑みを浮かべている。そしてスマホを取りだして、とあるイベントのお知らせを俺に見せつけてくる。そこには【異能スキル格闘社会人リーグ 企業別団体戦ベンチャー杯】と表示されていた。そして同じページにラタトスク社が全面スポンサーとなっていることが書かれていて、火威も選手の一人としてラタトスクチームに参加することが記されていた。ようはあいつの世間向けイキリマウントイベントなわけだ。会場は六本木ツリーズビルの地上階の広場だ。
「ああ…わかった。確かに転び公妨だな。この動画を使ってあいつを挑発してボロを出させるなら、俺がまさしく適任だ。…はぁ結局俺が勇者になるのかよ…」
「ええ、愛と正義のベンチャー企業株式会社ディオニュソスには、悪徳大企業ラタトスク社の野望を挫いてもらいます。もちろん警察は何なりと協力いたしますよ!必要な資材や、バックアップにはいくらでも人員を回します!そして作戦の立案は神実先輩にお任せします!どんな作戦でも我々はバックアップしますよ!」
俺ってベンチャー企業の意識高い系オラオラ社長のはずなのに、気がついたら勇者とかいう役割を背負わされてる。人生ってわけわかんねぇな。
「であるか…。じゃあ俺たちもその大会にエントリーしますかね。マリリン。火威の性格から言って、俺とあいつがバトル試合はまちがいなく決勝になるけど、そこまで連れてってくれる?」
この大会は企業別の団体戦だ。人数の下限は2人。資格は正社員のみとなっている。つまり俺とマリリンのみでのバトルとなる。
「任せなさい…ククク…集団戦こそ私の本領よ…」
元米軍エリート兵士のマリリンさんは頼もし気ですごく獰猛な笑みを浮かべている。やだこわい!鬼嫁やで!でもやっと俺たちは火威の喉元まで迫れたのだ。この動画をうまく使えば、火威を逮捕するための大義名分が立つのだから。
「よし!では最終決戦だ!俺たちはこの動画を使ってあいつを逮捕するためのチャンスを作り出す!魔王を倒すぞ!勇者パーティー!!!!ふぁい!」
「「「おー!わあああああああああああああああああああ!!!!」」」
俺たちはエナジードリンクで乾杯して、同時に一気飲みする。そしてそれぞれが作戦遂行に必要な仕事をするために会議室を出て行った。いよいよ俺たちの最後の戦いの幕が落とされる。
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