第55話 産業スパイには気をつけましょう!!


「俺らのPCを放置して、隠れてやり過ごすのは無理だ…!マリリン!仕方ない!出たとこ勝負だ!作業着を脱ぐんだ!」


「わかったわ!」


 俺とマリリンはすぐに作業着を脱いだ。別にテンパってコメディーをしているわけじゃない。そしてすぐにサーバールームのドアが開いて、ラタトスク社の社員が中へと入ってきた。そして俺たちのいる作業台までやってきて。


「あれ?…え?あんたたちはいったい?!」


 忘れ物を取りに来た社員は俺たちの姿を見て、酷く驚いている。


「まさか産業スパイ?!くそ!今すぐに警察に…」


 社員はスマホをすぐに取り出して、電話をかけようとするが、俺はそいつの手を掴みスマホを取り上げた。


「やめろ馬鹿者め!!くだらないことで騒ぎを起こすんじゃない!!この無能者め!!」


「ソウヨ!ナニカンガエテルノ!コノムノウ!」


「え?!何?!オレ今無能って言われた?!ドロボーに無能って言われてるの?!」


 社員は俺にスマホを奪われた上、いきなり罵られたもんでとても混乱している。


「この馬鹿が!!このド無能め!よく見ろ!私たちをよく見ろ!この無能!無能!私たちはスーツだ!泥棒に見えるのか!?この無能!節穴!」


「コレヲミナサイ!visitorヨ!ワタクシタチハシゴトデココニイルノヨ!コノムノウ!」


 俺たちは作業着の下にスーツを着ていた。これはいざという時に、社員のふりをして逃げ出すための予備プランの一つだった。ちゃんと入構許可証とかもそれっぽいものを偽造して胸に張り付けてある。そしてさらに俺とマリリンは分厚い眼鏡をつけて顔の印象を誤魔化した。


「私の名は狐井きつい実未科ざねみか!情報セキュリティ経営戦術コンサルタントだ!!」


「My name is Madeleine Hartley! I am a cute consultant!」


 コンサルタントって肩書はいい。取り合えず何を言ってもそれっぽく聞こえるからね。つまりコンサルタントほど実体のない商売はないってことだ。経営者になってからつくづくそう思う。


「え?コンサル?…いや。ここはサーバールームだよね…勝手に入ったらダメでしょ…?聞いてないよ!そんな人たちが今日ここに入ってるなんて話!」


「馬鹿が!この無能!!無能者め!私たちが今日ここに来たのは社長案件だ!抜き打ちのサーバーセキュリティ監査の一環でここに来た!だが事前に有能な社員には監査をすることを伝えてあったはずだ!この無能!お前のような無能な社員には伝えられていないだけだ!この無能!でなければここに私たちがここに入れるわけがないだろう!!この無能もの!!」


「You are the MUNOU Syachiku!!aren't you?!!」

 

どう見ても怪しげな俺らだが、詐術を駆使すれば誤魔化すことは出来る。例えば取り合えず疑われたら、相手を罵倒しつつその場で真偽を検証できない話をでっち上げてしまえばいいのだ。


「いや。俺は無能じゃないぞ!結構給料もらってる方だし、重要な仕事だって任されてるんだけど!」


「馬鹿者が!だから無能なんだ!貴様は無能な社畜だ!愚か者め!!貴様はなんでこんな時間にサーバールームに足を踏み入れた?!なぜだ!言ってみろ!本来であればこんな時間にここに足を踏み入れる必要なんてないはずだ!!ラタトスク社は残業を削減しているのに!貴様はそれを破っている!!言ってみろ!なぜだ!!」


「Why?!Syachiku!?Why did you enter here?!」


 疑われたら逆にこっちが罵倒しながら質問すると効果的です!相手はとても混乱してくるし、むしろだんだん自分の方が悪いような気持になってきます!


「…えっと。明日から出張で…そこにあるノートPCが必要で…その…取りに来ました…」


「やはり無能ではないか!!出張前に忘れものだと?!小学生からやり直せ!この無能!ラタトスク社には無能者の居場所などない!!これは火威社長へ報告の必要があるな…!この無能者を雇い続けることには経営上およびセキュリティ上のリスクがあるとな!」


「Syachiku ha iranaide-su!! You are fired!!!」


 俺はコンサルに成りきって、目の前の社員に一方的に首を宣告する。それを聞いた社員はアタフタと恐れ戦き始める。


「そんな!?やめてくれ!社長には報告しないで!頼むよ!最近可愛い彼女ができたんです!!クビになったらフラれちゃうよう!!お願いです!見逃してください!見逃してぇ!!!」


「ふん!下らんな!貴様の事情など知ったことか!我々の仕事を邪魔し!あまつさえ泥棒などと疑うようなものはラタトスク社にはいらんのだよ!!」


「Syachiku kawaisou iikimi!」


 そしてとうとう社員はその場で土下座を始める。


「お願いします!偶々だったんです!普段はこんなミスしないんです!今日だけです!おれはいつも一番最初に出社してるし!帰るのも一番遅いんです!だけど彼女ができたんです!結婚も考えてるんです!!お願いします!助けてください!お願いしますぅ!!許してくださいィ!」


 流石に可哀そうになってきた。侵入者は俺らの方だし、この人は別に悪くはないのだ。ただタリスマン術式がラタトスク社の社員にはかけられてるからマリリンの暗示では誤魔化せない。どうしてもここで黙らせてしまわないといけないのだ。


「ふん。そうか。ならそこのノートPCを持ってとっとと消えるんだな。私たちはお前が来たせいで仕事のスケジュールが押してるんだ。私たちも火威社長の完璧主義でプレッシャーを感じている。ここでお前を監査中のサーバールームに入れることを許してしまったことを知られてしまえば、私たちも責任を問われかねん。ここで起きたことは互いに他言無用としよう。お前は監査が行われたことを知らないふりをし続けろ。上司や同僚に問い詰められても、必ず黙秘しろ。いいな?社長にバレれば俺たちは皆纏めてクビだからな」


「You are Syachiku.We are Syachiku too…」


「ありがとうございます!ありがとうございます!絶対に黙ってます!絶対に誰にも喋りません!俺は何も見てません!何も聞いてませんから!!」


 社員はノートPCを抱えて、小走りでサーバールームを後にした。


「可哀そうなことをしたわね」


「そうだね。だから帰って可愛い彼女に慰めてもらえばいいさ。どうせ男なんてそんなことでいやなことを忘れられる生き物だからね」


「あら単純ね。ふふふ。さて…イツキ。今の馬鹿騒ぎの間にデータの吸い上げはコンプリートしてるわ」


「おっしゃ!もうとっとと退散しよう!これ以上はここにいたくない!」


 俺たちは再び作業着を着て、荷物を纏めてサーバールームの外へ出た。そして当原たちのチームに合流し、撤収時間が来るのを待って、ラタトスク社のオフィスを脱出し、六本木ツリーズビルの外へと出た。仕事を終えたので約束通り当原の借金の証文を目の前で破り捨ててやった。そして俺たちは朝になって騒がしくなり始めた六本木の街を二人でぶらつく。


「朝陽が眩しいわね…なんか気持ちいいわ」


「ああ、なんかやり遂げた感あるよ。取り合えず牛丼でも食べに行く?俺牛丼屋の朝メニューって結構好きなんだよね」


「あたしはカフェの朝食がいいわね。ホットケーキが食べたいわ」


「ええ?!なにぃ!?ホットケーキ?いやいやここは牛丼だよ!」


「いや!ホットケーキがいいの!」


 俺たちは他愛もない言い合いをしながら、仕事を終えた喜びを噛み締めたのだった。

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