第53話 機密保持の為に社員管理は徹底しましょう!

 俺とマリリンは福永から部屋の鍵を奪って、彼の部屋の中に入った。福永は異能スキルのバインドでガチガチに固めて、猿轡を噛ませて部屋の隅に寝かせておいた。俺は部屋にあった福永のPCを開いて、ハッキングを開始する。


「どう?サーバー攻略に必要な情報はあった?」


「あったよ。これでサーバールームに入っても、何とか出来そうだ」


 俺はUSBにPCのデータをコピーしていく。


「むー!むー!むぐーーー!!」


 俺とマリリンがPCを順調にハックしていたとき、後ろから福永の呻き声が響いてきた。お目覚めらしい。


「やぁ。福永君。気分はどうかな?騒ぐなよ。騒いだら命はないからね」


 俺は福永の口を塞ぐ猿轡を外してやった。


「お前ら産業スパイだったんだな!!だけどPCなんて見ても無駄だぞ!そこには会社を揺るがすような情報は一切入っていない!重要な情報は外には出さない!それに俺を拘束しても無駄だ!俺は産業スパイ対策に暗示や幻術対策をコンサルタントから施されているんだ!!今すぐに俺の拘束を解いて自首しろ!」


 偉そうだなぁ。自分が殺されないって高を括ってる馬鹿は嫌いだ。現代人は暴力への備えがなさ過ぎていけない。だけどやっぱりというか、事前に調べていた通りだったが、火威は社員たちにちゃんと暗示や幻術などの異能への対策を施しているらしい。異能スキルで誰もが危険な術を使えるようになったこの時代において、一番怖いのは幻術系スキルだ。これらのスキルはそもそも民間には絶対に流通しないようになっている。さらに言えば市販の異能デバイスは違法改造しない限り暗示や幻術系の術式を起動できないようにOSレベルでロックを施してあるのだ。だがそれでもダークウェブ経由で暗示スキルや幻術スキルを手に入れて使おうとする者は多い。それに対しての対抗策として、いわゆる単一目的型の簡易異能デバイスを装着しておくことが、半ば常識として世の中に広まっている。それらを俺たちは総称として『タリスマン』と呼んでいる。このタリスマンを腕輪や指輪のようなアクセサリーとして身につけておけば、暗示や幻術などのスキルを使用されても、対抗術式が自動発動して、洗脳から身を守れるのだ。


「お前らラタトスク社の社員が普通の装着型タリスマンではなく、古典魔術に基づくカリグラファーを体に刻むタイプのタリスマンを使ってることは良く知ってるよ!悔しいくらいになぁ!!」


 ラタトスク社は機密情報の漏洩防止のための古典魔術系のタリスマン術式を社員の身体への刻み込みを行っている。暗示のような致命的な異能スキルへの耐性を獲得するために魔術を使ったカリグラファー系のワクチン術式を体に刻むのは各国政府も奨励している合法活動である。だがそれは同時に恐ろしく危険なリスクをはらんでいる。例えば俺たちに差向けられた刺野の体を焼いた術式。あれはまさにそのタリスマン型術式の効果だ。火威ひおどしはゴミカス野郎だ。他の社員にも、刺野と同じ術式を彫っていることがわかったのだ。それもたちが悪いことに、ちゃんとしたタリスマン型術式の裏側に、バレないように呪いの術式を彫りこんでいるのだ。公安暗部の雲竜刑事は、この術式の詳細を知って愕然としていた。タリスマン術式と呪いの術式は見かけ上は別の術式なので、呪いの方が起動して社員が死んでも、火威が彫ったという証拠にならないのだ。誰か犯罪者に彫られてしまった!と主張されたらそれ以上の追及は難しい。だからこそ俺たちは福永を拘束するためにこんなめんどくさい手順を踏んだ。マリリンの邪眼による暗示は民間レベルのタリスマンなら軽く超えられるレベルの強度を持つが、ラタトスク社のタリスマンへは歯が立たない。そこらへんの警備員や、普通のサラリーマンの当原なんかには通じた邪眼の暗示も、ラタトスク社社員の福永には通じない。だから少し工夫がいるのだ。


「ならいますぐに俺を解放しろ。そうだなぁ…マリリンちゃんを置いていってくれるなら…警察には黙っていてもいいぞ!」


「すごいね。命の危機より下心が勝ったか。まあマリリンを手に入れたいって気持ちはわかるよ。でもあげません。お前はここで俺たちの野望の為の尊い犠牲になってもらおうか。マリリン。準備はいいかな?」


「ええ、大丈夫よ。では始めましょうか!」


 マリリンは魔術用の儀礼短剣を逆手に持っていた。そして瞳を邪眼で淡く光らせている。


「ちょっと…やめて…警察には黙って…ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 短剣の切っ先が福永の胸に突き立てられる。そしてそこから青白い光が福永の体の中に染み込んでいく。それと同時に福永の目と口からどす黒い炎が漏れてきたのだ。


「うぉ。呪いの火が出てきた。何度見てもおぞましいな…」


「ええ、でも大丈夫!このあたしが一度見た技に負けるわけないのよ!我は知恵の泉に足を沈める者。我は知恵の泉に指を浸す者。我は知恵の泉に口をつける者。知恵の泉よ!我にこの暴君の呪いの正体を顕し給え!!」


 マリリンは何やらよくわからない呪文を唱えた。なんでも北欧神話のオーディンの逸話をモチーフにしているとかなんとか。俺は元科学者だ。古典魔術や呪術なんかの呪文を唱えたりお札を描いたりして超常現象を発動させるこの異能が超嫌いだ。そもそも魔力とか地脈とか信仰とかそういう目にも見えない数値化も出来ない意味不明な概念が現実に存在していると思い込めるのかがわからない。魔術師は俺の目から見ると、ないものをあると主張している狂人さんたちです。だけど一応目の前のマリリンさんは魔術が使える。マリリン曰く『信じるって気持ちが大切なのよ…たとえ夫の帰りが遅くても、シャツに口紅がついていても、浮気してないって信じるような健気な奥さんの気持ちになってやるのが魔術なのよ…』とのことである。事実はちゃんと見つめた方がいいんじゃないだろうか?困惑しかない…。


「ごおおおおおおおばおおおおあヴぁおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおがおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああ!!!」


 福永の絶叫が部屋いっぱいに広がる。一応防音フィールドはスキルで張ってあるので、安心して騒いでほしい。そしてマリリンがドヤ顔を浮かべて。


「見つけた!!」


 邪眼で瞳が輝くマリリンは虚空に手を伸ばして、何かを掴んだ。


「なに?何かいるの?」


「今あんたにも見せてあげるわ。ほら見て…。可愛い鼠でしょ?」


 マリリンの邪眼による映像送信のおかげで、俺の目にもマリリンが掴んでいる物の姿が見えた。それはドブみたいな色の鼠だった。全然可愛くない。


「使い魔って奴?」


「そうね。これは日本の使い魔型魔術の一種ね。はぁ!」


 マリリンはその鼠を握りつぶした。すると福永の目と口から噴き出ていた黒い火は消え去った。同時に胸についた傷も綺麗に塞がった。福永には傷一つ残っていない。儀式魔術が終わると、それまでに受けていた体の傷や建物や道具の損傷が綺麗にキャンセルされることがある。原理は不明。魔術師はそれを『この世界に結果が『確定』せず、因果が『拒絶』されたからだ』などとドヤって言うんだけどね。どうせ魔術師たちもわかってないんだろうよ。こういうファジーさが魔術の嫌なところだ。なんで火傷や切り傷が消えるのがさっぱりわからない…。


「ほら見て。これならあんたも知ってるんじゃない?」


 マリリンの掌に、人の形をした紙があった。


「Oh!fantastic!japanese SHIKIGAMI!ORIGAMI!OKARUTONIAKIAKI!」


「無駄に韻を踏むのね…。あんたのオカルト嫌いは大概ね…ニュースの占いすら嫌がるものね」


「だってオカルト嫌いだし…。意味わかんねぇもん魔術って。科学に喧嘩売ってるよね。色んな意味で」


「まあそれは否定しないわ。あたしだってなんで呪文が必要なのか、カリグラファーを刻んだら超常現象が発動するのかわからないもの…。でも現実にできるんだから、それは認めなきゃね」


「認めたくないなぁ…ふぅ。さて福永はこれでオッケーって事でいいのね?」


「ええ、これで大丈夫。予測通りだったけど、この術式は解呪しても、術者にその情報は伝わらないタイプだったわ。だからこのまま、この男に暗示をかけるわ。ほら!起きなさい!」


 マリリンは福永の頬を思い切り叩いた。すると福永は目を覚まして。


「今のはいったいなんだ?!どうして俺の体か火が?!」

 

 記憶はばっちり残ってるようだ。このまま火威の悪事について教えてやりたいけど、一介のサラリーマンがそんなことを知っても人生が壊れるだけだ。


「いい?あたしの目を見なさい。今日あったことは全部わすれなさい・・・・・・・・


 マリリンが邪眼を淡く輝かせて、福永に暗示をかけていく。


「…わかった全部忘れる…」


 福永は虚ろな目でそう返事をした。


「それと次はあんたは明日から有給を一週間とって海外旅行に行きなさい。その間社員証はあたしたちに預けておくこと」


「…わかった…。そうする…」


 これで作戦の目的は達成できた。欲しかったのはこいつのPCに入っているサーバーについての情報。それとラタトスク社の社員証だ。これで任務は達成。あとはラタトスク社に忍び込むだけだ。


「それと今日の合コンメンバーには、健気で貞淑なマリリンに指一本触れられなかったし、お持ち帰りも出来なかったと必ず言いなさい!あの後なんと旦那がかっこよく迎えに来て、自分は間男にさえなれずにすごすごと情けなく引き下がるしかなかったと言うの。あなたは可哀そうな当て馬。二人の愛を盛り上げるための憐れなピエロだった。そうちゃんと伝えるのよ!いいわね!!」


「…わかった…俺は二人の愛を盛り上げただけの可哀そうで憐れな当て馬ピエロだった。もちろん間男にさえなれない情けない男…」


 その暗示は必要なんだろうか?何はともあれ、俺たちはラタトスク社に侵入するためのすべての準備を整えた。あとは本番を待つのみである。

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