第37話 見よ!これが我が社の正社員の力だ!
刺野の作った分身が刀を構えて俺に一斉に襲い掛かってきた。分身の術はかなりやっかいだ。この間の
「おらぁ!いくらどれが本体かわかんなくてもなぁ!全部殴れば問題ないんだよ!」
だから俺は近づいてくる刺野の分身を片っ端から殴って潰していく。分身の術はあくまでも光学的に作り出した映像だ。それぞれが確かに本物のようにきれいに動くが、ぶん殴ればその映像は砕けて消える。
『体術も得意だというのでござるか?!おそるべし!だがどうせジリ貧であろう!いつまで殴る体力が持つでござるかなぁ!!』
その通り。いつまでも体力が持つわけではない。だからはやいところ隠れている本体を探し出して潰さないといけない。
「マリリン!すぐに邪眼で本体を…。何してるの?」
「見ればわかるでしょ?片付けよ」
俺が分身どもと戦っている間。マリリンはバーベキュー台の傍の道具で散らかるテーブルの上を片付けていた。襲い掛かってくる分身の術は眼中にないようで、刀で斬りかかってくる分身をシカトしていた。刀を振るう分身はマリリンに刃が触れるそばから映像が途切れて消えていくので、彼女は一切ダメージを負っていない。
「マリリン。本物が混ざってたらやばいんじゃない?」
分身の術のセオリーは分身の術の中に混ざった本体が攻撃を仕掛けてくることにある。だから万が一の事を考えて分身の行動は本物だと考えて対処する必要がある。
「こんな術を使う奴が、本体で殴りかかってくるわけないでしょ…イツキは心配し過ぎじゃないかしら、ふふふ」
そう言われればそんな気がする。確かに自分で殴ってくるような奴なら分身の術でこんなに虚像を作り出してくるはずもない気がするな。というか斬りかかってくる分身の中で後片付けしてるマリリンがすごくシュールに見える。そしてそれは同時に敵の刺野にとっては挑発的に見えていたようだ。
『馬鹿にするなでござる!!!』
その声と共にマリリンの背後から分身の一体が刀で斬りかかってきた。マリリンは刺野の振り下ろす両手を振り向きもせずに掴み、そのまま彼の体を背負い投げて、バーベキューの台に叩きつけた。
『ぎゃあああああああああああああ!熱い!熱いぃいい!』
なんと背後から襲ってきた刺野は本体だった。バーベキュー台の炭の火が彼の背中を焼いていく。それと同時に沢山いた分身の術がすべて消え去った。どうやら集中が途切れると使用できなくなるらしい。天然の異能にはこういう術者のダメージ発動がキャンセルされてしまうものがとても多いらしい。
「あんたみたいな馬鹿は挑発するとすぐに背後から襲ってくるから楽でいいわね。邪眼なんて使う必要もないわ。どうかしら?火の熱さがわかったかしら?」
マリリンは冷たい笑みを浮かべて刺野を見下ろしている。腕を極められた上、肩をマリリンの足で止められた今、刺野は体を動かせない。そしてマリリンはホットパンツと背中の間に挟んで隠していたハンドガンを取りだして、刺野の腹に向かって何度も引き金を弾く。
「ぎゃあ!やめて!やめてえ!痛い!いだいぃいだぃいいいい!!」
今マリリンが使っているのはエアガンだ。念動力でBB弾の威力を強化して使っている。流石に実弾銃は文矩に弁護出来ないから使用をやめるように言われたのだ。だから持っていたライフルなどはすべて海に捨てた。そのとき、憲法修正第二条だの、規律ある民兵だのとマリリンが宣って若干の抵抗を見せたのが、ちょっと可愛かった。
「お前はおじ様とおば様に何度も暴力を振るったんでしょう?ちょっとやり返されたくらいで、みっともなく泣きわめくの?情けない男ね!」
例えエアガンでも異能の力で強化すれば、それは大きなダメージになる。刺野の顔は苦痛に歪んでおり、口の端から血を流し始めた。
「ぐはぁ!このままやられるものでござるかぁ!!火遁の術!!ふん!」
刺野の体からいきなり火が噴き出す。異能の火が彼の体をつつんだのだ。一種の防御術のようだな。
「あら?まるでサーカスのピエロみたいね」
マリリンは火が燃え移ってくる前に刺野から体を離した。刺野はマリリンの拘束から逃れてそのまま、湖の方へと逃亡した。
「逃がさないわよ!」
俺とマリリンは刺野の後を追いかける。マリリンはその背中にエアガンの引き金をなんども引いたが、いずれも火力のせいで球が刺野の体に触れる前に蒸発してしまい、効果がなかった。
「あの火が多分俺の家を焼いた異能の火みたいだな…」
「みたいね。…絶対に許さない…」
刺野はとうとう湖に止めてあったボートの上に飛び乗った。そしてそのままエンジンを入れて、湖水の上でボートを走らせていく。
「ひとまず退散させてもらうでござるよ!!これもまたビジネスの戦術って奴にござる!ふはははははは!!」
「やべ!湖対策の術式なんて持ってないぞ?!逃げられる?!ちくしょう!!」
俺は湖岸で足を止める。これ以上は行きようがない。泳いで行ったら向こうの異能の良いカモになりかねない。
「安心しなさいイツキ!あたしを誰だと思ってるの?!アメリカ合衆国海兵隊を舐めるなぁ!!」
マリリンはそのまま走り続けて、なんと湖の上を走り続ける。そしてボートの追跡を続ける。
「嘘ぅ?!水の上を走ってる?!まじかよマリリンちゃん…海兵隊パネェ…」
水の上を走る異能スキルも当然あるが、すごく高価な上、デバイス性能や本人の適性がないと上手く扱えない。何故なら水の上は常に波打っていて不安定だからだ。だがマリリンはそれらを元もせずに走り続ける。それも持ち前の先天の異能力だけでマリリンは走ってる。流石に海兵隊だからってそんなことがみんなできるとは思えない。あれは間違いなくマリリンの才能だ。第三次世界大戦に本気で勝つ気でマリリンを創ったのはマジなんだな。すごすぎる。
「ひぃ!く、来るなぁでござるぅ!!!水遁のじゅつぅううう!」
刺野は湖の水を操作して、それらをマリリンにぶつけてきた。だがその水はマリリンに近づくとすべて一瞬にしてピタリと動きを止めて、逆に刺野の方へと押し返された。
「そんなどうして水が返ってきて…あぶぶぶ!」
ボートごと刺野は水に飲み込まれてしまい、湖に落ちて行った。
「念動力でも魔術でもなんでもそうだけど、何かすでに存在する物質を異能力で操作するときは、より干渉力の強い異能者の力の作用が優先される。お前の忍術モドキよりもあたしの念動力の方が出力が遥かに高かった。だから力の作用は上書きされて、水流はあたしの支配下になった」
そのままマリリンは念動力を操作する。右手を持ち上げて握りこぶしを作る。すると湖から大きな水の球が浮かんできた。その中に刺野の姿があり、必死に両手両足をばたつかせてもがいていた。マリリンは器用に水を操作して、刺野の顔のあたりだけは空気の層を作り上げて、窒息させないようにしている。
「このまま空気を抜いてやってもいいわ。だから降伏しなさい。そうすれば命だけは助けてあげる」
マリリンの降伏勧告が下された。刺野は恐怖で顔を歪めながら必死に頷いたのだった。俺たちはバトルに勝利し、晴れて刺客の一人を拘束することに成功したのだ。
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