第38話 社員のミスを決して許さない系社長の悪意

 刺野を気絶させてバインドでガチガチに固めたあと、マリリンが俺に尋ねてきた。


「こいつはあんたのご両親の仇よ。殺したいとは思わない?死体の処理位ならあたしでも出来るけど」


「いや。いいよ。こいつは警察に引き渡す」


「憎くはないの?あんたの復讐には正当性があるとあたしは思ってるわ」


「父さんも母さんもそんなこと望まないよ。それに筋が通らないと思う。こいつは所詮、道具に過ぎないしね」


 さっきみたいなバトルで殺してもそれは正当防衛って言えると思うけど、拘束した今殺すのはなんか違うと思うのだ。だからこいつを殺しても夢見が悪いだけだろう。俺はよりよい幸福な人生を送るために復讐をするのだ。


「そうね。それがいいわね。筋が通らない復讐は絶対に失敗する。あたしがそうだったように、神様が絶対に邪魔をするの。…いまさらだけどごめんねイツキ。あんたの命を狙ってしまって。あんたが論文を書いたことそのものに責任はないのに…逆恨みしてたの。あたしはズルかった。卑しかった。あたしたちカデットを粛正することを決めたのは政治家と官僚だったのに、あいつらではなく、狙いやすいあんたを狙った。…止めてくれてありがとうねイツキ。あたしはあんたを殺せなかったから、まだ人間でいられるんだと思うの。もしあんたを殺してたら、あたしも、火威ひおどしやこいつみたいなケダモノに堕ちていたはずだから」


 マリリンは俺の腕に抱き着いて体を預けてきた。その顔には悲しみの色が見える。復讐は何も産まない。それは残念ながら一面においては真実なんだろう。この子から大切な人たちを奪った力は大きすぎて、一人では立ち向かえなかった。でも感情はついていかない。生き残った罪悪感、後ろめたさ、悔しみ、悲しみ。それらを何処かにぶつける必要があった。俺はマリリンの肩を抱き寄せて、頭を撫でる。マリリンは俺の手を受け入れてくれた。穏やかな顔で俺の胸に頬を擦りつけてくる。俺が傍に居てこの子が穏やかになれるなら、いつまでも傍に居たい。


「さて、こいつは警察に渡すけど、どうせなら多少は状況をよくしたい。この間、警察であった刑事さん覚えてる?」


「ええ、ラタトスク社の案件を追っているみたいだったけど」


「あの人に通報する。あの人たぶん、ただの警察じゃない気がするんだよね」


「そうね。そうしましょうか…」


 そして俺は名刺に書かれていた番号に連絡した。名刺には『警察庁 公安部 異能力組織犯罪対策課 課長 雲竜義正 警視』と書いてある。そしてその刑事さんは東京からヘリでこのキャンプ場にやってきた。そしてそれと同時に県警の警察官もやってきて現場検証を開始する。


「お久しぶりですね。神実さん。私を呼んだってことはラタトスク社の火威陽飛の検挙にご協力いただけるってことでいいんですよね?」


 やって来た公安刑事、雲竜さんはにこやかな笑みを浮かべて俺たちのところへやってきた。


「まあね。だから取り合えず、火威から送られてきた刺客をプレゼントしてあげるよ」


「いやぁ。素晴らしい成果だ!神実先輩が起業したって聞いてこうなるんじゃないかって思ったんですよ!早速ラタトスクの尻尾に触れて見せた!さすがは神実先輩だ!」


「先輩?何で先輩?」


「あれ?やっぱり覚えてないですか?私も皇都大学の出身です。私は社会学部でしたが、神実さんとはサークルとか部活動で何度か会話をしてますよ。まあ全然老けてない神実さんと違って私はちょっと老けちゃったしわかんないのは仕方ないかも知れませんが」


「ああ…なるほどね。それは申し訳ない。同じ大学の旧交を温めたいところだけど、さっそくいいかい?仕事の話をしても?」


「ええ、大歓迎です!あなたが元検事の水無瀬弁護士と組んでるのは知っています。ラタトスクを潰す気でいる。そうでしょう?」


「その通りだ。あいつらをぶっ潰したい。だから警察のサポート貰える?捜査情報とか、あいつの弱みとか」


「ええ、いいですよ。なんならラタトスク社を追い込むためにあなた方がやるであろう犯罪行為を免責にしてもいい」


「免責?!そこまでするのかよ…」


 この刑事は多分まともな奴じゃない。おそらく警察の暗部の構成員だ。


「ええ、ラタトスク社の影響は今や政界にも強く及んでいる。生臭い話になりますが、ラタトスク社の提供する異能力関連利権に乗れなかった議員たちが、警察暗部のサポートに廻ってます。だから多少の無茶は揉み消しが出来ます。刺客さんとかを勢い余って殺してしまっても、こっちとしては全然かまいません。死体を消すお手伝いもしてあげます。何なら火威を今から殺してくれても、揉み消してあげます」


「警察がそんなに言うってことは、そんなに火威はヤバい所に手を突っ込んでるって事か?」


「ええ、やばいですよ。すごく突っ込んだところまで手を入れてる。詳細は流石に言えませんが、政権が吹っ飛びかねないレベルの疑獄があります。公安は火威を司法に引き渡したいと思うと同時に、国家防衛のためにあの男を消したがってもいます。それくらいあの男はヤバい。単純に金だけで動いているわけでは無さそうところが怖いんですよ。それがなかなか気味が悪い。時にあの男は採算や政治的成果の達成を度外視して、自社アプリ『ラタトレ』の売り込みなんかもしてます。何か恐ろしい妄執を感じます」


 ラタトレはクルル式アルゴリズムを使った異能力スキル術式マイニング兼異能力スキル術式取引マーケットアプリなわけだが、枢への気持ち悪いくらいの愛情があるならば実利さえ無視して世の中に売りつけるのは当然だろうと思う。あいつは自分の恋した女の思想を世の中に押し付けたいわけだから。


「…ヤバいのはわかった。だけど俺としては暗殺とかみたいな国家の薄汚い権力闘争の手伝いはしない。あいつは司法の場に引き渡す。…マリリン。いいね」


「ええ、そうして頂戴。…ありがとうイツキ」


 警察含めた政治闘争にははっきり言ってドン引きだ。マリリンはそういう国家権力の横暴さに兄弟を殺されたんだ。だから俺は権力の身勝手な暴力に協力することだけは絶対にしない。


「なるほど暗殺にはご協力いただけないと。潔癖…いいや。そちらのお嬢さんの為ですね。ふふふ、奥様の気持ちに寄り添えるなんていい旦那さんやってますね。偽装結婚とは思えない麗しい愛情だ」


「マリリンのこと知ってるのか?」


 少し身構えてしまう。だけど結婚バリアーは有効のはず。なにせ文矩のアドバイスなんだしね。


「ええ、ある程度は調べました。ですがそれで強請る気はありません。というか偽装結婚を勧めたのは水無瀬さんでしょ?私たちは確かに後ろ暗いことをする警察の暗部ですが、表の法律は尊重します。警察は民事に不介入が原則です。不法入国者の一人や二人くらいどうでもいいのです。ふふふ。まあもし結婚していなかったら、ちょっとご協力の要請を強くしちゃうことを考えていたかもしれませんがね」


 どうやら結婚バリアーは有効のようだ。マジで強いな結婚制度。裏側の暴力はともかく表側の圧力をこれですべて躱せるって考えると、結婚ってもしかしてコスパ無茶苦茶高い…?


「では今後は水無瀬弁護士と一緒に話し合いの機会を持っていきましょう。彼が検事時代には、組んだことがあります。お互いに協力して火威を牢にぶち込みましょう!」


 雲竜は俺に握手を求めてきた。俺はその手を握り返す。警察とパイプができたことは心強い。その時だ、刑事の一人が血相を抱えて俺たちの下にやって来た。


「大変です、雲龍警視!被疑者が突然苦しみだしました!!!」


「なに?!…まさか!?」


 俺たちは急いで刺野の下へ向かった。


「がぁあああああああ!!ぐぅ!ぼえぇ!!ええええええあがああああ!!」


 胸を抑えてのたうちまわる刺野の体には、まるでドブのような色の紋章が浮いていた。それは蛇に締め付けられているように見えた。


「イツキ!これは呪術よ!!!」


 邪眼を発動させて淡く瞳を輝かせたマリリンは刺野の首に浮いた紋章の上に指を当てて、何かの紋章を上書きしていく。


「破邪のルーンで上書きしてみるわ!…お願い…うまくいって!!」


 マリリンが紋章の上に新たにルーン文字を刻んだ。だが。


「ぅおおおおあおぉぼおおあおぼばあああおおおおがおおおおおおおあああああああああああああああ!!!!」


 刺野は口からどす黒い火を吹き出した。さらに目や鼻や耳の穴からも同じ色の火を噴きだしたのだ。マリリンはすぐに刺野から体を離す。


「ああ…なんてことなの…酷過ぎるわ…火威はここまでやる男なのね!くそ野郎!!」


 そして刺野は火に飲み込まれて全身を焼かれた。あっと言う間に灰も残さずに、刺野の体は燃え尽きてしまった。


「今のは裏の世界でよく使われる。証拠隠滅の為の自爆術式の一種ね。…あたしでも干渉できないってことは相当レベルの高い術者が向こうにはついてるみたいね。…たとえゴミクズみたいな奴でも、自分の為に戦った兵士にこんな呪術をかけるなんて…なんて卑しい…!」


 火威は人を容赦なく使い潰す。あいつにとって他人の命なんてものは、きっと経営資源の一つでしかないんだろう。マリリンは俺に抱き着いた。きっとやるせないのだろう。火威はまさにマリリンが嫌う権力の卑しさと恐ろしさを体現する男。


「…我々は火威に近づくたびに、こうやってすぐに証拠を消されてきました。あの男はまさに悪そのものです」


 雲竜刑事は憤りを隠さずにそう呟いた。この人たちが本気になって追いかけますのも当然だろう。


「ああ、絶対に許しておけない。あいつは俺が必ず潰す。必ずだ」


 そうだ。だから俺は立ち上がった。あいつは必ず潰してみせる。


 


 

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