第36話 打ち上げを邪魔するような人は正社員にはなれません!

 マリリンへのOJTが終わったので、夜はそのまま打ち上げとなった。キャンプ場から道具を借りてきて、バーベキューをすることにした。広々とした草原のキャンプ場でするバーベキューはなかなかに乙なものだった。遠くに見える美しい湖と澄んだ空気の中で輝く星々。世間のウェイウェイ族どもがこぞって夜のバーベキューをしたがるのもわかるもんだ。それにとても運がいいことに、このキャンプ場、なぜか俺たち以外のお客さんの姿が見えない・・・・・・・・・・・。現在の所貸し切り状態なのだ。つまり。


「いいわね。夫婦水入らずのバーベキュー…。いつもよりもおいしく感じるわ…仲間たちとわいわいやるのもいいけど、2人だけってのも悪くないのね…素敵…」


 鉄串に刺さった肉を頬張りながら、うっとりとした笑みでマリリンはそう言った。なんか話の話題に俺はビンビンに危機感を感じてしまったので話題を無理くり逸らす。


「ところでこのソース、マリリンが作った奴でしょ。すごく美味しいけどなに使ってるの?」


 マリリンは俺が外で台に火を入れたり、肉や野菜を串に刺したりしている間に、車の台所でソースを作っていた。おれが近づくとフシャーって言いながら威嚇してくるもんで、中に何を使っているのかよくわからなかった。


「ふふふ、企業秘密よ。バーベキューはアメリカ人の魂よ!その秘密を漏らすつもりはないわ!でも安心なさい!食べたかったら、いつでも作ってあげるからね!」


「左様か。たしかにアメリカ人ってバーベキューをよくするイメージあるな」


 なおマリリンはバーベキューのお作法にすごく五月蠅い。さっきから肉の焼き加減や火の入れ方、よそい方やソースのかける量までガンガン口を挟む。俺はマリリンに密かにバーベキュー奉行の名を進呈しようと思う。


「ええ、あたしも軍にいた時は兄弟たちと週末はよくバーベキューをやってたわ。このソースはその中で磨かれたものよ。このソースに至るまでに多くの試行錯誤があったわ…ふふふ、今となってはいい思い出ね」


 そのソースを口にできるんだから、俺は幸せ者なのかもしれないね。


「でもね。ふと思うの。この使い終わった串って、なんかかっこ悪いのよね。何処かにまとめておいてもなんか間抜けに見えてしまって、あたしは好きじゃないの」

 

 マリリンは食べ終わった串を、どこか悪戯っ子みたいな目で見てる。


「確かにそれはあるね。でもマリリンならイカす使い方を思いつてるんだろ?」


「ええ、そうよ。使い終った串はね。こうやって使うのよ!!!」


 マリリンは串を逆手に持って、背中の後ろに向かって思い切り振った。


「ぐああああああああああああああああ!!!!」


 するとマリリンの後ろから苦痛に満ちた野太い男の声が響いてきた。そして風景がブレたと思ったら、まるで漫画に出てくる忍者みたいな黒色の服を着た若い男が姿を現した。お腹にはマリリンが振ったバーベキューの櫛が刺さっていた。


「なぜだ!なぜ拙者が潜んでいることがわかったのでござるか!!?噂の邪眼の効果でござるか!?」


 マリリンの背後にいた男は光学迷彩を使って、彼女の背後に潜んでいたのだ。


「バカかお前は!このキャンプ場は関東でも有数の人気スポットなんだよ!なのにここには今俺たちしかいない!お前が人払いの魔術かスキルを使ったんだろ!そうすればだれかが襲ってくることくらいすぐに見当つくに決まってんだろうが!あほか!!」


 別にマリリンの邪眼なんて使わなくても、だれがか潜んでることくらいわかった。人払いの結界系スキルはターゲット以外の人がその場からいなくなるので、これから襲いますっていう宣言にならざるを得ないのだ。それに光学迷彩系のスキルは、気配まで消せるわけではない。探知系スキルをうまく使えば、その姿を補足することなんてわけないのだ。


「くそ!流石はハルト社長が恐れるだけはあるでござるな!その頭脳の冴えは確かにラタトスク社の脅威になるでござる!」


「結界の特性は常識だと思うんだけどな…。まあいいや。お前は火威ひおどしの刺客か。出来れば帰ってくんないかな?今打ち上げ中なんだよね」


 こんなアホと戦っても仕方がない。どうせここでこいつを捕まえたって、火威との繋がりの証拠もないだろうから、警察に引き渡す旨味もない。放置でいい。


「そうはいかないでござる!!ハルト社長に命じられているのでござる!そこの金髪の女を誘拐して来いと!!」


「あたしのこと?…ああ、そういうことね…くそ野郎…。妻のあたしを辱めれば、夫のイツキは苦しむ。卑怯者め…」


 火威は俺を苦しめてから殺したいようだ。だからマリリンを狙うのだろう。


「そもそもハルト社長ではなく、その男を選んだのが運のつきでござる!マリリン・クエンティン!大人しく拙者についてくるでござるよ!ハルト社長はお金持ちでナイスガイで優しいお方でござるよ!」


「ふざけないで!イツキのご両親をあんな惨いやり方で殺しておいて優しい?!何を馬鹿なことを!」


「ふん。あんなとしより年寄り夫婦が死んだから何だというのでござるか?息子がハルト社長に楯突かなければあんな目にも合わずにすんだというのに。まったく手間のかかる嫌な仕事でござったよ」


「…お前が俺の父さんと母さんを殺したのか?」


「そうでござるよ。もともとは殺すつもりはなかったのでござる。両親を人質にして、お前を拷問で苦しめてから自害させるつもりだったのでござるが、無駄に抵抗してきたせいで、時間を食ってしまったのでござるよ。やれ息子の迷惑にはならないだの、やれマリリンちゃんを守るだのと、綺麗ごとばかり…。結局は家に火をつけてお前への警告に予定を変更したのでござるが、結局はまだラタトスク社に歯向かい続けてる。本当に意味のない仕事でござった…」


 この男が実行犯の一人…!腹の奥が煮えたぎってくるのがわかる。


「神実樹。拙者を恨むのは筋違いにござる。ラタトスク社は世界の発展に貢献する正義の企業でござるよ!ハルト社長はその誇り高き偉業を成し遂げる英雄!おぬしはそれを逆恨みで邪魔する悪漢!だから親が死んだのはお主のせいでござる!」


「へぇ…ずいぶんな口を利くのね、犯罪者の分際で…ねえ、なんでそんなにあんな男に忠誠を誓うの?あたしにはあんな男の魅力がちっともわからないわ!あんな卑怯者のどこがいいのよ!!」


「小娘!ハルト社長を侮辱するな!!あのお方は拙者たちのような裏の世界の住人にも、表の社会に居場所を与えてくださる優しいお方なのだ!ずっとドブ攫いのような汚い仕事をさせられ続け、蔑まれ続けた天然異能者の拙者たちにラタトスク社の契約社員の身分を与えてくれたのだぞ!」


 天然異能者は世間に認知されていて尊敬されている歴史ある名家を除いては、恐れられて差別を受けているという現実がある。デバイスなしの上、回数制限なしに異能を行使できる存在は一般人の目から見たら極めて危険に写るのだ。軍や警察の実力組織に属せればいい方で、多くの場合、社会にうまく適合できず、犯罪組織にその身を拾われるなんていうケースが後を絶たない。こいつも多分そういうケースで、火威に拾われてしまったのだろう。


「契約社員…?それって不正規雇用のことかしら?」


「そうでござる!だがお前を誘拐してきたら、晴れて正社員にしてくれると約束してくれたでござる!!」


 社会に居場所がないことの苦しさは多少はわかる。だけどたかだか正社員の地位が欲しくて、俺の両親を殺したのかよ。本当にくだらなさすぎる。


「呆れた…そんなどうでもいい地位のために、お前ははあんな残酷な事が出来るっていうの…ああ、おじ様おば様…。なんて可哀そうな…」


 マリリンも俺と同じ意見らしく、怒りに目を細めて、忍者男を睨んでいる。


「たかがだと!聞いているぞ!米軍から逃げたお主は安定した身分と生活目当てでその男と結婚してるのでござろう?!表の世界で生きたい拙者と何が違うというのでござる!」


「あたしとお前を一緒にするな!!正社員の身分が欲しいのは会社に縋って楽に生きるためのものでしょう!!あたしは違う!あたしはイツキを支えたいから結婚したのよ!!お前みたいな薄汚くてみっともないエゴと一緒にするな!あたしの献身を空疎な言葉で穢すんじゃない!!」


 俺を支えたい。マリリンのその言葉が胸に温かく染み込んでくる。だからもう怖いものなんてない。


「忍者君。お前の主張はわかった。だけど頷くつもりはない。マリリンは俺の嫁さんだし、火威は憎いから潰す。だからお前もここで潰れろ」


「…ほう…。あくまでもハルト社長に歯向かうのか…痴れ者め…これを受け取れ!!」


 忍者君は懐から一枚のカードを取りだし、俺に向かって勢いよく投げた。俺は異能デバイスを起動させて身体を強化し、そのカードを掴む。それはなんと名刺だった。


「拙者はラタトスク社営業部特別クレーマー対策室所属特別処理班係長補佐見習 刺野草太さしのそうた。お主の名刺はいらぬ。中小企業の名刺など持っていても恥ずかしいだけでござるよ」


「俺はラタトスク社的にはクレーマー扱いなのかよ…しかも肩書が長すぎてウザい…。まあいいよさ」


「社長はお前を生かしたがっているが、抵抗するなら殺してもいいとも言われている。お前は会社の敵だ。ここで死ね!!」


 刺野はそう言って、背後に跳び、再び光学迷彩で姿を隠す。そしてその後、突然あたり一帯に沢山の刺野の姿が現れた。


『ふはははは!この大量の分身の中から、拙者を見つけることが出来るでござるかな!!』


 打ち上げから一転異能バトルのお時間です!よーし社長さんちょっといい所見せちゃうんだからね!

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