第27話 起業したと思ったら、人生の墓場に入った件

「2人は息ぴったりだな。これなら結婚してもうまくやれるな。結婚すればクエンティンさんの身分問題はすべて解決する。例え外国人でも妻の身分を得ているのであれば、この国で安定的に滞在するのに必要な書類はすべて簡単に確保できる」


「結婚?ちょっと待てって!いくら何でも結婚って!それは幾らなんでも重くないか?マリリンはまだ若いんだぞ。偽装とはいえバツがついたら将来可哀そうだろ!」


「そうよ!いきなり結婚は幾らなんでも…まずはお互いにゆっくりとわかり合って、きちんと段階を踏んでいくべきだわ!いきなり結婚は駄目よ!まずは手をちゃんとつなげるようなところから始めるべきよ!」


 俺とマリリンの抗議を文矩は鼻で嗤って流してしまった。


「お前たちの反応はスルーさせてもらう。…そう。結婚は重い。恐ろしく重い。何処の国でも結婚制度は国家によってとても強い権利として認められているんだ。だからね。結婚していると社会からの信用が得られる。クエンティンさんに疑いの目を向ける者は皆無になるだろう。それにいざというときに結婚してるという事実が有利に働く。婚姻関係の否定って簡単には出来ないんだ。両者の同意があれば、例え国であっても関係を引き裂くことは出来ないくらい強い権利だ。もしアメリカにマリリンさんの存在がばれても、樹と結婚していて、その生活実態がきちんと存在していれば、日本政府はアメリカ相手でも身柄の引き渡しには簡単には応じないはずだよ。むしろその時になれば結婚していることを世間に訴えて、世論を味方にすることもできる。アメリカは世論を気にする民主国家だ。裏ではともかく表立って平和に暮らしている市民に手を出せるわけがない。君たちが結婚するときには日本の役所を相手に偽造した書類を使うことになるが、どうせその出どころをいちいち地方の役所が問うことなんてない。そして例え違法な方法で結婚しても成立した後であれば、それを国家権力が覆すことは出来ない。法律家としては結婚制度の強靭さにかけることをお勧めするよ」


 なるほどなと思ってしまった。悪徳弁護士って本当に頼りになるなぁ。


「ええ…でも…あたしたちってまだ知り合って間もないし…イツキの事…嫌いってわけじゃないけどぅ…でも頼りになるところもあるしぃ…ちょっとは優しい所もあるけど…でもぉ…ちょっと強引なところとかぁ…でもでも…そういうところも悪いわけじゃないんだけど…」


 なんかマリリンはさっきから頬を赤く染めてモジモジしている。


「クエンティンさん。俺は既婚者としてアドバイスするけど、やっぱり結婚生活は楽しいよ。いつでも誰かが隣にいるって生活は楽しい。イツキの事きらいってわけじゃないでしょ?ありじゃないかな?」


 文矩は結婚という人生の墓場で楽しくゾンビしているナイスガイだ。家に帰れば子供たちと戯れ。妻の代わりに皿を洗ってしまうような現代っ子である。俺のようなこどおじではない。


「うーん。そうよね。仕方ないのよね。そう、結婚はきっと仕方がない運命だったのね…そう、仕方がないならするしかないわね。まったくやれやれね。ふふふ」


 仕方ないとか言ってるくせに、マリリンはなんか笑みを浮かべてる。大人としては少し悩む。果たしてこれはいいことなのか?マリリンは政府の政策で産まれて戦わされてきた少年兵の一種だ。今必要なのって社会への健全なコミットではないのだろうか?復讐に付き合わせる気満々な俺が言うのもなんだけど、折を見て学校に行ったりして欲しいのだ。


「文矩。他に手段はないの?」


「ないね。少なくともぱっと思いつかない。他に出来ることがあるとしたら、偽造パスポートの精度を上げるくらいだな。逆に言うけど、そんなことしてもバレる日が先に延びるだけだ。安定とは程遠いぞ」


 文矩は弁護士としてきっぱりと言い切った。つまりこの偽装結婚作戦しか現状取りうる策がないということである。ただなぁ。俺って過去に婚約歴があったわけよ。枢と結婚したかった。結局できずに死に別れてしまったわけだけど。未練なんだよな…。


「ねぇ。イツキ…。あたしじゃだめなの?」


「あっ…いやね…そういうわけじゃないんだよ。ちょっとひっかかってるんだ。大人として」


「磐座枢さんのこと?」


 マリリンが悲し気に俺を見つめてる。…これはちょっと弱っちゃうなぁ。


「イツキ。あんたがその人を愛しているのはわかってる。でもね。…そう。その…もう昔のことに囚われないで欲しいの…。あたしもね。兄弟たちのこと今でも忘れられない。でもね。生きていきたいの。あたしさっきあんたがいなくなったと思って悲しかった。すごく悲しかったの。だから思ったの、あたしはこの先の人生幸せになりたいんだなって。だってそうでしょ。傍に居る誰かがいなくなって悲しくなるってことは、その人が大切だって事よね?だから大切な人のそばにいないと幸せじゃないの。あたしは幸せになりたいのよ。水無瀬さんの助言通りなら将来への道が開けるの。例え偽物の関係でもあたしが幸せになるチャンスがきっといつか巡ってくるの。ねぇ。イツキ。お願い。あんたの手であたしに幸せの切欠を頂戴…幸せに向かって歩くなら、あんたに手を引かれたいの…」


 そう言ってマリリンは俺の方に左手を伸ばした。マリリンの目は潤んで濡れて煌めいて見えた。吸い込まれそうな綺麗な蒼。俺はその手を取って、マリリンの薬指を撫でる。


「すまんけど起業したてで給料さえ怪しい。三か月分の指輪なんてとても無理だ。だからここはしばらく空っぽだけどいいかな?」


「うん!かまわないわ!」


 マリリンは笑顔で俺のジョークに肯いてくれた。


「マリリンと結婚するよ。もちろん偽装だけどな!文矩。用意してくれ」


「わかった。腕のいい書類偽造業者を手配しておく。では結婚おめでとうご両人。仲人になれてよかったよ。病めるときも健やかなるときもうんたらかんたら、末永くお幸せに!」


「ええ、ありがとう水無瀬さん!あたしたち幸せになります!!」


 文矩の悪ふざけは丁重にスルーさせてもらうことにした。そしてマリリン。その反応、おじさんにはちょっと重いかなって…。


「マリリン。取り合えず俺たち別姓でいいよね?」


 実は枢と結婚する話をした時、若干姓の問題で悩んだ。枢は神実に変えてもいいとは言ってくれたが、研究実績の論文の名義と結婚後の姓の不一致などの不都合とかもあったのだ。論文数が少ない俺が変える方が合理的だと思って微妙な譲り合いが発生したというすごくあれな話。


「あれ?日本は夫婦同性が義務ではないの?別にクエンティンの姓に思入れはないわ。適当につけたものだし。しいて言うならハートフォードを名乗りたいけど、あれはスター・カデット隊の姓だしね…神実マリリンであたしはいいのよ?」


「はは、今どきは仕事するときは旧姓で通すものだし、それでいいんじゃないかな?あははは!」


 あら?マリリンさんこの国の結婚制度について知ってるのね。じつはまだ若干踏ん切りがつかないところがある。付き合うとかならともかく、枢以外との結婚にまだまだ抵抗感を感じざるを得ない。姓を一緒にしてしまったら、俺は後戻りができなくなってしまう気がするのだ。もちろんマリリンのことは命を懸けても守り抜く。取り合えずこの子が幸せを見つけるまでは、仮とは言え夫を務めよう。だけど一応姓は別にさせて…。後生だから…。


「クエンティンさん。国際結婚の場合は別姓でも平気だ。同姓にする場合は役所で申請するんだ。必要になったら相談してくれればいつでも対処するよ」


 文矩の助け舟らしき助言がありがたい。だけど将来的にマリリンが同姓にするとか言い出したら俺はどうすればいいんだろう?


「そう?わかったわ。そのときはお願いしますね」


 マリリンは俺のことを不思議そうな目で見ていたが、とくに姓の問題には興味がないみたいで、話はそこで終わってくれた。かくして俺たちは起業することになり、そして結婚することになったのだ。…人生ってほんとに何が起こるかわかんねぇなぁ…。

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