第26話 社名を決めるときは願いを込めて、意識を高くしましょう!

「で、会社名は決まってるのか?オフィスは?」


「オフィスはアイディアがあるけど、社名はまだだ。社名って後から変えられるんだろ?ならラタトスク絶対許さないからぶっ潰す社とかって名前にしておいてよ」


「やめろダサい。それに後から変えるのはめんどうくさいぞ。なあ、お前の会社は磐座先生のためなんだろ?ならそれなりに考えた方がいいと思うぞ」


「左様か…うーん。思いつかないなぁ…」


 俺自身は会社の中身が大事なので、外側はどうでもいいのだ。だいたい社名にこだわるのって意識高い感じがしてなんかかっこ悪い気がする。その時だ。マリリンが口を開いた。


「デュオニュソスという社名を提案するわ」


 マリリンはえらく真剣な目でそう言った。提案した社名に自信があるようだが?


「デュオニュソスってどういう意味なの?」


 ふふんと鼻を鳴らしながら、マリリンは得意げに語り始める。


「ディオニュソスとはギリシア神話の神の一柱。一般には酒の神と知られているけど、狂乱を司る神ともされているの」


「狂乱…ちょっとビジネスっぽくないかなって…」


「あんたにはぴったりだと思うわよ。状況を引っ掻き回すの大好きでしょ?それに名前と神話にも意味があるの。ディオニュソスは『死んで蘇る神』の一柱。オリエントにはオシリスやバアルのような死んでも蘇る神がいるの。これは季節の移り変わりを暗喩しているそうよ。死んでも蘇る。だからあんたにぴったりなの。あんたは今どん底から這い上がろうとしている。肖って欲しいの。何度でも立ち上がって挑み続けるような強さをね」


「へぇ。おもしろいね。なるほどなぁ」


「まだあるわ。ディオニュソスという名前の意味よ。ディオは『神』の意。そしてニュソス。これは『世界樹』を意味する言葉に由来しているという説があるの。死んで蘇る神は穀物や樹木の象徴とも言われているから、ディオニュソスも植物神としての側面があるのでしょうね。だからこのニューソスという言葉が世界樹に由来する蓋然性は高そう。対してあたしたちの敵であるラタトスクとは、北欧神話で語られる世界樹に巣食うリスの神獣の事よ。告げ口をして回って争乱を引き起こす嫌われ者。異能力の源である人類集合無意識は時に、世界樹とも例えられているわよね?異能力のマイニングをスキルツリーサーチなんて言う人も多い。異能力は樹木の様に伸びて実を結んでいるかのように振る舞っている。だからディオニュソスは異能力の源たる大樹を司るにふさわしい神よ。そしてラタトスクという害獣から世界を守るの。だからあんたの会社に相応しいわ。あたしはそう確信している」


「なんかすごく壮大だなぁ…。意識高すぎじゃないかな?」


「まだあるわ!」


「まだあるの?!どんなだけディオニュソス推してくるの?!」


「神実樹。すなわち神の樹、神はディオ、樹はニューソス。つまりあんたの名前はディオニュソスそのものを表すのよ!!!」


「ええ…何それ…いやぁ…こじつけすぎでしょ…。でもありだな!いいね!」


「でしょ!素敵でしょ!かわいいでしょ!」


「うん。かわいいかわいい!そして会社=俺!最高に意識高いね!採用!」


 俺はこのディオニュソスという名前をいたく気に入った。


「じゃあ社名はディオニュソスで決まりだな。じゃあ登記先の住所なんだけど、オフィスを借りてそこにしておくことをお勧めする。もちろん他に希望があるなら聞くが、あまりメリットはないぞ。もちろん樹の好みの問題には可能な限り配慮するけどな」


 登記の住所。それはきっと公的記録としてきちんと形が残るものだろう。ならば一つ希望を出してみたい住所がある。


「なあその住所って、俺の実家の住所にできない?」


「できるがオフィスとかの方がいいと思うぞ。仮に会社が大きくなると何かしら不都合が出るしな」


「それまででいいよ。両親との思い出の場所を登記に残せるなら、残しておきたい。もう家が残ってないんだ。ただの更地に過ぎなくても、これから始めることになにか痕跡を刻みたいんだ」


「センチメンタルだな。でも悪くないな。いいよ。それで申請しよう」


 会社の問題はこれでなんとかなった。そしてお次の問題は。


「文矩君ちょっと助けて欲しんだよ。このマリリンちゃんは、ちょっとどころではなく、ヤバい身分の持ち主でね。今この子は何処の国にも身分登録がないんだ。マリリン、パスポート見せてあげて」


 マリリンは文矩に偽造パスポートを渡す。それを見て文矩は眉を歪めて、唸っている。


「…これはまずいな。お巡りさんや役所の窓口くらいなら誤魔化せると思うけど、警察なんかに本格的に調べられてたらアウトな代物だな。その子はただの不法入国者じゃないんだよな?どういう子?」


「マリリン。説明してもいい?」


「弁護士相手ならかまわないわ」


「文矩。この子はアメリカ政府が創ったデザイナーズベイビーの一人だ。ちょっと色々あって軍を脱走せざるを得なくなって、さらにいざこざが起きて俺と組むことになった。で、俺の会社の名誉ある第一号社畜になってくれる予定なんだ。なんとか身分を安定させられないかな?偽造パスポートでびくびく過ごさせるのはかわいそうだからね」


「…お前はアラサーだろ?ラノベみたいな設定の美少女が転がり込んできた?…ちょっと自分の年を考えろよ…でもマジなんだな…。事実はラノベよりも奇妙なわけだ」


「そういうことそういうこと。俺がティーンボーイならきっとご都合主義でこの子がこのまま過ごしてても誰も突っ込まないんだろうけど、これからこの子にはバリバリ社会人やってもらうわけだよ。まともな身分がないときつい。なんとかしてくれ」


 社会人になるとわかるが、政府機関って言うのは国民をしっかり管理しているのだと気がつく。保険も住民サービスもちゃんと戸籍があるからこそ受けられる。外国人だって、きちんと登録を受けて行政の保護を受けている。マリリンはそういう社会のメンバーシステムに入れていない。このままだと何かあった時にこの子を守ることが出来ない。


「まず一つ。根本的にこの子の身分をどうにかすることは政府の承認がないと不可能だということだ。パスポートは偽造できても、政府の国民登録、日本であれば戸籍なんかを不正に作り出すことはまず出来ないからだ。現在となっては異能の力で暗示をかけて担当職員を操って戸籍を作らせるなんてことも出来なくなってしまった。戸籍システムの不正検知は犯罪者如きにどうこうできるようなものではない。だけど誤魔化すことは出来なくはない。…お前たち、結婚しろ」


「「はぁ?結婚?」」

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