第24話 俺だけの社畜になってください!
「ただいま。イツキ。今日のお昼は牛丼よ。チーズは店じゃなくてスーパーの方で買ってきたちょっとお高い奴にしてみたわ…あれ?なにこれ!!?」
ホテルの部屋に戻ってきたマリリンは異変にすぐ気がついた。ベットのシーツは乱れ、テレビの画面はひび割れていた。そしてイツキの姿が見えない。何者かに襲われたことを想像してしまった。すぐにイツキのスマホに電話をかける。だが枕元から着信音が響いていた。イツキのスマホがそこにあったのだ。ここで何かがあった。そのことがたまらなく恐ろしかった。
「そんなぁ!!イツキ!イツキぃ!!」
マリリンはすぐにベットの下に隠していたタクティカルベストを取りだしセーラー服の上から着込む。一応武器類には光学迷彩の超能力を使用して隠蔽を行う。そしてそのままフル装備でホテルの外に出た。
「嗅覚強化!イツキ!イツキの匂いは…あっちね!!」
超能力の一つに嗅覚を犬並みに強化する技能があり、マリリンはそれを使うことが出来た。部屋に置いてあったイツキのパンツの匂いを嗅いで匂いを覚えてから街の中の匂いを追いかける。イツキの匂いを追いかけると駅に辿り着いた。だがそこで電車に乗ったようで、匂いは途切れてしまった。駅員にスマホの中に保存してあったイツキの写真を見せて行き先を問いかける。
「この人は何処へ行ったの?!」
「え…?いやあちょっとわかりかねますねぇ…個人情報保護もあるんでお答えはできません。申し訳ありません」
「いいから答えろ!」
マリリンは容赦なく邪眼を発動させて、駅員に暗示にかけた。駅員はすぐに監視カメラと改札の記録と乗客のICカードのデータベースを検索して、イツキの行き先を答えた。
「銀座で降りた様です。そこから先は不明です」
「ご苦労!!」
マリリンはすぐに電車に乗って、銀座に向かった。駅を降りてすぐに彼女はイツキのパンツの匂いを嗅いで、残された匂いを追いかけ始める。
「人通りが多すぎて匂いが消えかかってる…!どこなの!どこなのぅ!!」
悲壮感に目を潤ませながら、銀座の街を走り続ける。そしてふっとイツキの匂いを強く感じた。
「イツキィいい!」
マリリンは十字路を曲がった。すると知らない男と正面からぶつかってしまった。
「きゃ!」
「うぉ!!あぶねぇなぁ!!あん!!?」
ぶつかったのは派手なスーツを着たガラの悪い男たちだった。男たちはマリリンを取り囲んで凄み始める。
「おいおいお嬢ちゃんよう!人にぶつかったらごめんなさいっていえや!!」
「ちっヤクザか…。鬱陶しいわね…ごめんなさいね。先を急いでるからどいてくれないかしら?」
「あん?通せねぇな…だってお前…神実樹の連れのマリリン・クエンティンだろう?お前に詫びを入れさせたいってお方が六本木にいるんだよ…ついてこいや!」
ヤクザの一人がマリリンの名を口にした。間違いなくラタトスク社の息がかかったものだ。
「へぇ…あの卑劣漢はあたしたちをまだ狙ってるんだ…。本当に気持ち悪い男ね…まずあんたたちを殺してその首を送りつけてやろうかしら?!」
マリリンの目つきが変わった。いつもの柔らかなそれではなく、歴戦の兵士のそれである。殺気に満ちた彼女の雰囲気にヤクザたちが気圧される。
「く…!いくら異能者でもこの人数なら…!」
ヤクザたちは各々がドスを取りだしてマリリンを威嚇し始める。その時マリリンの背後から声が聞こえた。
「やめておいた方がいいぞ。お前らじゃ絶対に勝てんからな」
「イツキ?!無事だったの?!」
そこにいたのはイツキだった。だが今朝見た時と違い、無精ひげはなく、髪型も綺麗に整っていて清潔感に満ちていた。そして品の良いちょっとお高めのスリーピーススーツを身にまとっていた。マリリンは自身の胸が少し跳ねたのを感じた。精鍛であり、自信に満ちた美しい男の姿がそこにはあったからだ。
「無事…?ちょっと出かけただけなんだけど…?はて?まあいいや。さてヤクザくん共。俺はウルトラ元気で超超やる気マックスカムチャッカーファイヤーだ!!見せしめだ!踊れ!『鎌鼬』!!」
樹はヤクザたちに向かって指を鳴らす。するとマリリンを中心にして異能スキルの激しい旋風が発生した。
『『『ぐぅうわあああああああああああああ!』』』
ヤクザたちの服がその風によって粉々に切り刻まれていく。そしてパンツ一丁だけになったヤクザたちがその場に残された。
「ほら。いますぐに消えろ。じゃないと今度はそのパンツごとお前らを切り刻んじゃうぞ。そして火威に伝えろ。枢の夢はお前には渡さんとな」
『『『ひぃい!わかりましたぁ!!』』』
ヤクザたちは一目散に逃げて行った。
「ばか!イツキのばかぁ!なんで何も言わずに出て行ったのよ!!ばかぁ!!うわーん!」
マリリンは涙を浮かべながら、イツキに怒鳴り、そしてその胸に抱き着く。
「あー。ごめんね。心配かけちゃったみたいだね。ごめんね」
樹はマリリンの肩を抱いて、優しい声で謝った。
「ばかばかばかばかあああああ!もうあんたしかいないんだよ!だから勝手にいなくならないでよ!あたしの傍に居てよ!もうやだよ!さみしいのはいや!こわいのもいや!いやなの!!」
マリリンは子供の用に泣きじゃくっている。樹はただただ背中を撫でて宥めようとする。
「あんたここで何してたの!?髭なくなってるし!髪の毛綺麗だし!スーツだし!どういうことなの!!?何があったの!ねぇ!ねぇってばぁ!!」
顔をあげたマリリンは今度は樹の胸倉を掴んで、前後に振り始める。
「高級な床屋いってきた!あとこのスーツいいっしょ?かっこよくない?結構値が張ったんだけど、高級品っていいよね。なんか仕事が出来る気がしてきたよ」
「確かにかっこいいけど!無職のあんたにスーツなんていらないでしょ!!」
「無職?ふふふ、違うんだなぁマリリンちゃん。俺はもう無職じゃないんだなぁ。マリリン。決めたよ。俺は火威に復讐するって決めたんだ」
マリリンはそれを聞いてきょっとんとした。そしてすぐにやる気に満ちた笑みになって、武装の透明化を解除する。
「そうなの?!じゃあいますぐに六本木に殴り込みに行きましょう!!あの男をぶっ殺して!そんでもってあいつのテナントを粉々に吹っ飛ばしてあげましょう!!」
ライフルの安全装置を解除して、殺気に満ちた笑い声を上げるマリリン。だが樹は首を振った後に、マリリンの頭の上に手をポンと置いて撫で始める。
「マリリン。君の気持ちは嬉しい。だけど殺しはしない。マリリン。俺たちは大切な人を失う悲しみを知ってる。そう悲しさと悔しみをよく知ってるだろ?違うか?」
「だから殺さないってこと?!でもイツキ!あの男はどうしようもなく卑しい悪よ!あれはだめ!慈悲をくれてやってはいけない悪よ!あんな男をこの世にのさばらせてはいけない!あたしたちの復讐は正義よ!間違いなくね!」
「マリリン。違うよ。俺は正義とか悪とかはこの際どうでもいい。俺は幸せを取り戻したいから復讐するんだ。奪われた物は戻らない。奪った奴の命を奪ったって戻ってこない」
「でも罪を贖わせるべきよ。神さまが見逃している罪は人間が祓うべきなのよ」
「だからこそあいつの命を奪う気はない。マリリン。言ったろ?人間には命よりもずっと大切なものがあるんだ。俺には父さんと母さん、そして婚約者。マリリンには兄弟たち。みんな俺たちの命よりも大切だった。違うか?」
「そうだけど。でもあの男はエゴイストよ。自分の命以上に大事な物なんてきっと持ってない寂しい男のはず」
「いや。あいつには狂気があった。叶わなかった恋への未練という狂気がな。あいつにとってラタトスクという会社は、片思い相手と結んだと思い込んでる尊い約束のつもりなんだ。身勝手極まりないが、だがそれはあいつにとって命よりも重いものなんだよ。だから…それを奪って壊してやろう!」
樹はマリリンの肩に手を置いて、顔を近づけた。キスできそうなくらいに近い二人の距離にマリリンの頬が少し赤く染まる。
「マリリン。決めたよ。俺は起業することにした!ベンチャー企業を立ち上げる!ラタトスク社を超える会社を作り上げる!そしてあいつの会社をぶっ潰してやるんだ!!」
「…え?何それ?…え?ええ?!!えええええええええええ!!???」
マリリンは困惑の声を上げる。樹が元気になったことは嬉しいが、それ以上に戸惑いがあった。復讐ならばいくらでも手を貸す。だけどこの男の言っていることには戸惑いしかなかった。
「だからマリリン。俺に手を貸してほしいんだ。俺の最高にクールでエモい復讐に手を貸してくれ」
「復讐に手を貸すのはいいけど、会社を創るのが復讐って…それであたしに何をさせたいの?」
「だからマリリン!俺の!俺だけの社畜になってください!!」
言っていることがまったく理解できなかった。だからマリリンは首を傾げることしかできなかった。
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