第23話 盗まれた夢
家が焼け落ちた後のことはよく覚えていない。気がついたら家の近くにあるホテルのベットに横になっていた。マリリンが俺を引きずって連れてきたらしい。目を覚ました時、最初に見たのはマリリンの顔だった。彼女の膝に俺は頭を預けていた。
「…マリリン…俺…」
「今は何も言わなくていいから…。ゆっくりして…。あたしが傍に居るから…」
マリリンは俺の頭を撫でる。その心地よさに涙が止まらなかった。それから数日間はそうやってホテルの部屋でぼーっと過ごしていた。マリリンはただ静かに傍に居てくれた。お互いに決定的な事だけを口にせず、ただただ時を共に過ごした。そして警察から呼び出されて、俺は聴取を受けることになった。呼び出したのは最寄りの所轄ではなく、なんと警視庁だった。最初は犯人だと疑われているのかと思ったが、警察官たちは俺にひどく同情的だった。
「お悔やみを申し上げます。本来ならばこのような時にお話を伺うべきではないと思うのですが、今回の火災は事故ではなく、事件です」
「事件…俺の両親は…殺されたって事なんですね…」
うすうすわかっていたとこだ。誰が家に火をつけたのかなんてわかり切ってる。だけど手が震えるのが止められない。隣に座るマリリンが俺の手を優しく握ってくれた。
「司法解剖の結果、神実さんのご両親の死因そのものは火災により発生した煙による窒息死だと推定されています。ですが…その…」
「かまいません。言ってください。俺の両親に何があったんですか?…教えてください…」
「…。ご両親には激しい殴打と大量の切り傷の痕跡がありました。当日出火前後に近所の方々が神実さんの家に3人の男たちが入っていくのを目撃しています。我々も全力を懸けて捜索中です」
「…ああ…そんなぁ…」
「神実さん。狙われる心当たりがあるんですね?証言してください!あなた方が事件当日に六本木ツリーズビルでラタトスク社の
担当の刑事は俺にそう懇願してきた。彼らはラタトスク社にキナ臭さを感じているそうだ。だけど…。俺は…。
「…すまないけど。…協力は出来ない…もう嫌だ…あんな思いをするのは…嫌だ…」
俺は殺されないために火威の所に乗り込んだ。動機はわかりやすかった。株式上場を目前にしたあいつは過去の自分の弱みである特許権の盗難を隠蔽するために俺を殺して秘密を守ろうとした。まるで三文ミステリーの犯人の動機だ。すごくわかりやすい。途中まではうまく行っていた。秘密の暴露と引き換えにして、適当に脅してしまえばあいつは多分俺の命を狙うのやめただろう。あいつは見栄っ張りだし、経営者だからリスクリターンの計算はきっちりできる。俺が簡単には殺せない奴だと知って、そこそこの金で取引できるんだと思わせれば俺は安全でいられた。だけどまさかあいつにあんな狂気が隠れているなんてわかりもしなかった。もし大学時代に俺と枢が付き合っていることにあいつが気がついていたら、俺はその時に殺されていたんだろう。もうあいつから逃げ出すことは出来ない。あいつの目的は金や世間体などではなく、俺が苦しむ姿なんだ。あいつは枢と付き合っていた俺に嫉妬している。だからもう俺は手遅れだ。何もかもがもう遅い。
「そうですか…。わかりました。ですが保護が欲しかったらいつでも仰ってください」
刑事さんは俺に名刺を差し出した。俺はそれを受け取って、警視庁を後にした。
それからしばらくはずっとホテル生活だった。フリーランスとして請け負っていた仕事はすべてキャンセルし、何もしないでいた。無職どころかニートそのもの。俺は家の近くをマリリンを連れてフラフラと彷徨った。
「俺は一人っ子だったんだ。そんで父さんと母さんは共働き。小さいころの俺はいつも学校が終わると近くの公園で遊んでいた。六時のチャイムを無視して遊び続けていたら、いつも仕事帰りの父さんか母さんが迎えに来てくれたんだ。そんでいつも叱られる。でもそれが楽しかった。寂しくなかったんだよ。俺はあの二人に愛されてたんだ」
「優しいご両親だったのね。…あの人たちはあたしにも良くしてくれた。いい人なのに…どうして…」
家の近くにある公園のベンチにマリリンと二人で座る。最近のマリリンはずっと俺の左手を握ってくれる。
「ごめんなマリリン。俺はお前にわかってやれるなんて言ったけど、全然わかってなかったよ。大切な人を他人の悪意で失うってこんなにも寂しいんだな…」
「そんなことないよ。そんなことない!あんたは十分あたしのことをわかってくれてたよ!…あたしだって…いやだよ。こんなのいやだよぅ。今のあんたの気持ち、あたしよくわかるの…それが辛いよ。あんたが寂しくって悲しいよぅ…ううぅ…」
マリリンは微かに泣いていた。俺はもう力が抜けすぎて涙も出なかった。
俺たちは答えを出せないまま街をフラフラとうろついた。実家近くを回りつくすと、今度は母校の大学のキャンパスにまで足を延ばした。
「枢とはこのキャンパスで出会ったんだ。教授になる前に彼女は一年次の教養科目をいくつか担当していた。3年次に彼女の研究室に入って付き合いだして、4年で婚約して。幸せだった」
だけど10年たった今になって、彼女のことがきっかけで両親が死ぬことになるなんて思わなかった。
「どんな人だったの?あんたの婚約者って」
「ミステリアスな女だったね。外面は完璧だったよ。飛び級を重ねた天才科学者で、おまけに美人。それでいて周りにも分け隔てなく優しかった。だけど、抜けてるところもたくさんあってね。可愛らしかった。よく二人で研究の議論を激しくやり合ったな。俺が論破するとすぐ拗ねる。そのくせ俺のことを論破すると、お姉さんぶって『おーよしよしかわいそうでちゅねー』とか言って煽ってくるんだよ。…くくく。ガキかっつーの。ははは…あは…は」
「そう…素敵な人だったのね…」
「俺に研究不正の冤罪がかかった時も、彼女は最後まで俺のことを見捨てなかった。大学を退学に追い込まれても、彼女は俺の傍に居続けてくれた。そんな女を忘れられるわけない。…だけど事故で亡くなってしまった。彼女はドライブが趣味だった。その日は海沿いの道を走っていたらしい。だけどハンドル操作を誤ってガードレールを突き破って落下。車は見つかった。運転席には大量の血痕が残されていた。だけど遺体はみつからなかった。海に流されてそれっきり…。あの頃は彼女も追い詰められていた。疲れていたんだろう。だから事故にあった。彼女の死も結局は俺に責任があったんだ」
「違うよ。イツキ。それは違うよ。あんたの婚約者はあんたをちゃんと愛していた。だから違うよ。絶対に違うの。そんなの違う。間違ってる…」
本当にそうなんだろうか。火威は枢に迫っていた。彼女を追い込んだのは、俺が作った技術の生み出す利権だ。もしあの時、火威の陰謀に気がついていたら、俺は枢を守り切れたのに…。故人の思い出を偲ぶために歩き回っても、やっぱりこれから先の生きる目的みたいなものは何一つも見つからなかった。だってすべては俺の仕出かしたことなんだから。すべては俺の行動が呼び寄せたこと。マリリンの兄弟たちが死んだのも俺のせい。両親が死んだのも俺のせい。枢が死んだのも俺のせい。俺は何をしても周りを犠牲にするだけ。なら何もしない方がいい。そう思いながら、ホテルに引き篭もり続けた。そしてある日のことだ。マリリンが昼ご飯を外に買いに行っている間、俺はぼーっとテレビを見ていた。よくある昼時のバラエティ番組が流れている。
『今日のゲストはあのラタトレを作ったラタトスク社の火威陽飛社長にお越しいただきました!』
『どうも、火威陽飛です!今日はよろしくお願いしますね!』
女子アナの隣に火威が座っている。高いスーツを着た火威は自信に満ちた表情を浮かべている。まさしく成功者といった風情。チャンネルを変えたかったが、手がリモコンに伸びなかった。それくらい俺には気力がなかったのだ。女子アナのくだらない質問と、それに綺麗事で答えていく火威。努力は報われるだの、感謝の心を忘れないだの、世の中に貢献するだの、そんな綺麗な言葉ばかりが飛び交っている。
『世界を人々にとってより良い場所に変えるのが、ラタトスクの使命です。おれはそのために全力を尽くしてきました。ラタトレをはじめとし、我が社が提供している様々なサービスは多くの人々を笑顔にしたと自負しています』
何を言っているんだろう?この男はいったい何を言っているんだろう?世界を変えた?何を馬鹿なことを言っている?人々を笑顔にした?世界を変えたから人々が笑顔になったといいのか?そんなわけない。俺はたった一つの論文で世界を変えた。だけど変わった世界は容赦なく人々を圧し潰し擂り潰し不幸のどん底にした。俺の隣にいるマリリンは、俺が変えてしまった世界で涙を必死に堪えているのに。
「気軽に世界を変えるなんて言ってんじゃねよ…」
さらにテレビの中の火威は続ける。
『もともとラタトスク社はおれが愛した人との約束でした。彼女のためにおれは世界を変えたかった』
『愛する人ですか?それはロマンチックですね!』
『ええ、ロマンです。おれは愛する枢先生のためにあの技術を作った。もっと人々に異能力スキルを身近なものにして欲しかったから。枢は生前いつも言っていたんです。『もっと人々に異能力に親しんでもらいたい。この力は怖いものではない。これは神様が人間に与えた喜びの力だから。困難に打ち勝ち、理不尽を踏破するための聖なる力をすべての人々の手に与えたい』。おれはその言葉に感銘を受けました。確かに残念なことですが、異能力で人々に害をなす者たちは沢山います。ですが同時に異能力スキルは環境問題やエネルギー問題、さらには医療問題などの解決にも利用され、多くの人々を助けているんです。彼女の夢を叶えるため。ラタトスク社はそのために創業されたんです。彼女の言葉を現実にするために。多くの人々を救うために』
俺はその言葉を聞いて、一瞬にして怒りを沸騰させてしまった。確かに枢は異能力の未来を信じていた。だけどそのために他人を追い落としたり、踏みにじったりすることを良しとするような人ではなかった。だからそれは。
「枢の夢はお前が触れていいものなんかじゃないんだよ!!」
俺は近くにあったリモコンをテレビに向かって投げつけた。テレビの画面はひび割れて、火威の顔が歪んで映る。その顔は笑っていた。歪でグロテスクに俺を哂っているように見えた。このままで終われない。俺はこのまま終わってやらない!!
「枢の夢は返してもらうぞ!火威陽飛!!!」
枢はもうこの世界にはいない。だけど彼女の夢はまだこの世界に残ってる。だから俺はベットから起き上がり、部屋を飛び出した。彼女の夢を守る為に!
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