第7話 ラブホテルにいるのにドキドキできない!

「…んっ……あれ…生きてる…!!バインドされてる?!!それにここは!!?」


 ベットで寝ていた金髪のセーラー服少女が目を覚ます。そして自分の両手首と足を見て異能スキルで拘束されていることに気がついた。さらに彼女の体は異能で発生させた光る鎖でベットに縛り付けられていた。


「おはよう、お嬢さん。ご機嫌いかがかな?」


 俺はベットの横に立ち、奪ったハンドガンを少女に向けている。罠に嵌めて気絶させたあと、俺は近くのラブホテルにこの子を連れ込んだ。そしてスキルでガチガチに体を拘束し、ベットに縛り付けたのだ。それでも不安だから一応銃に強化スキルを付与した上で、彼女にいつでもぶち込めるようにしている。


「殺すなら早く殺しなさい!!あんたに体まで汚されるくらいなら、今すぐに異能の力で死んでやる!!純潔を守って、名誉と誇りさえ失わずに果てたのならば、天国の同胞と神様だってあたしを赦してくれるでしょうね!!ほら早くしなさい!殺しなさい!その前に死んでやる!!」


 めちゃめちゃ混乱してるみたいだな。復讐しようとして返り討ちにあったんなら、きっと屈辱以外の何物でもないのだろう。


「人を殺そうとしたくせに、自分の貞操は大事だってか?腹立つクソガキだな。お前をここに連れ込んだのは、聞きたいことがあるからだ。それが終わったら警察に引き渡す」


 少女は黙って俺のことを睨んでいる。憎しみに満ちた悲しい目。この子とは今日初めて会ったのに、なんでこんな目で見られなきゃいけないんだよ。


「何で俺の命を狙った?マリリン・クエンティン?それともマリリン・ハートフォードかな?お前は何者だ?」


 俺はポケットからこの少女が持っていたパスポートとIDカードを取りだして、彼女に向かって見せる。パスポートはアメリカのものであり、名前は『マリリン・クエンティン』と書いてある。そしてもう一つあったIDカード。これが曲者だった。IDカードはなんとアメリカ海兵隊の身分証だったのだ。そちらの名前は『マリリン・ハートフォード』となっていた。


「IDに触るな!返して!返しなさい!それはあたしの誇りだ!返せ!返しなさい!!」


 マリリンという名の少女は、ジタバタと体を動かして、俺の方へ怒鳴ってきた。このIDはよほど大事なものらしい。だが解せない。この子はどう考えてもまだ学生くらいの年のはずだ。軍人のはずがない。だけどこのIDカード素人目で見ても偽造品では無さそうなのだ。異能による偽造対策までちゃんと入っていたのを確認してる。対してパスポートの方はなんか偽造品ぽい低クオリティなのだ。


「お前の身分証を見てますます訳が分からないんだよ。どうしてアメリカの軍人が俺の命を狙うんだ?さっぱり理由がわからん」


「いいから返せ!IDを返して!!」


「あーもう!うるせぇな!返してほしければ、俺の質問に答えろ!!」


 俺はIDカードに写るマリリンの顔写真に銃口を突き付ける。なんだろうねこの間抜けな構図。


「くっ!この卑怯者め!地獄に落ちろ!!…くそ…」


 マリリンは悪態をつくが、それでも静かになった。まじでこのIDカードが大事らしい。


「何で俺を狙った?何度も言うけどな。俺は命を狙われる動機が全くないんだよ。ただのしがないITエンジニアに過ぎないんだ。お前みたいな凄腕の異能者に着け狙われる動機に身に覚えがない」


「それって謙遜に見せかけた嫌味?それともあたしの口から世紀の大天才ドクターカンザネイツキ様が成した『偉業』を語らせてることで、あたしのことを痛めつけて楽しみたいってこと?あなたが変えた世界であたしたちを擂り潰したくせに?そこまでするの?あたしにはもう大切なものは何も残ってないのに…。ほんとに最低。どうしてこんなクズに神様は天賦の才能を与えちゃうの…ひどいよ…」


 マリリンは悲し気に目を潤ませている。悔しいのだろう。口をきゅっと引き結んでいる。涙を必死に止めようとしてるかのような顔をしている。その顔を見て俺は、きゅっと胸が締め付けられるような気がしてしまった。この子が俺の命を狙いに来た糞野郎なのは事実だが、この悲しみは嘘ではないと確信してしまったのだ。端的にいって憐れんでしまった。俺は海兵隊のIDカードを彼女の手に握らせる。拘束はもちろん解かない。だけどこれくらいなかまわない。


「…何で返すの?」


 マリリンはきょとんとした目で俺を見ている。不思議と年相応の可愛げを感じられた。


「大事なんだろ?人の大事な物を奪って悦に浸る趣味はないんだ」


「…意味わかんない…あんな論文を発表した天才科学者さまとは思えない態度ね。あの論文を発表したら世界がぐしゃぐしゃになって沢山の人が不幸になることくらいあなたにはわかっているはずでしょうに…それでも世界を変えたくせに…たった一年で世界のすべてが変わってしまった。変わってしまった世界は、あたしの兄弟たちを…みんな殺してしまったのに…」


 マリリンは涙を堪えた目で俺を睨みながらぽつぽつと話した。何かすごい論文を俺が発表したことになっているそうだ。だけどそんなことあり得ない。


「論文?なんのことだ?お前は俺を何か誤解してるんじゃないのか?そもそも俺は博士号どころか学士号さえ持ってない。科学者だったのは学部生だった10年前の話だ。もう研究なんてやってないんだよ。論文の発表なんて10年以上してない」


「論文なら出したじゃないの、一年前にね。あんたはダークウェブのマッドサイエンティスト共が集まる異能情報学フォーラムの掲示板に、論文を投下した。最初はだれも見向きもしなかった。でも物好きな誰かが晒上げてやるために、あんたの論文を検証した。だけどその結果。あんたの論文は正しいことがわかった。わかってしまった。そして世界は引っくり返った。既存理論はパラダイムシフトをよぎなくされ、異能情報工学は新しいステージへと移った。異能スキル技術に久方ぶりにきたブレイクスルー。皆がそれをカンザネ・ブレイクと呼んでるわ。でも面白い話ね。あんたドクターを持ってないの?でもあんたくらいの天才なら別に学位で箔付しなくてもいいでしょう。学位なんてものは凡人がすこしでも高い地位に行くために必要な踏み台みたいなものでしかない。あんたみたいな天の高みにいる奴にはいらないんじゃない?」


 皮肉気なのに、なによりも悲しい顔でマリリンは笑う。


「心当たりがない。そんなことしてない。掲示板に投下なんてしてないんだ」


「今更しらっばくれなくてもいいじゃない。あんたが世界を変えたのは事実なんだからね。『事象情報定義改変の発動における量子励起計算への新次元の追加の検討』。あんたが発見してしまった新時代への革命的理論。そしてあたしの兄弟たちを死に追いやった忌むべき法則」


「え…?マジかよ…そんな…」


 そのタイトルには聞き覚えがあった。マリリンが言う通り。確かにその論文を書いたのは俺だ。忘れられるわけがない。でもそれを書いたのはもう10年以上前の話なのに…!


「あら?顔色が変わった。ほら。やっぱり書いたのはあんたじゃないの。…でも変ね。どうしてそんな驚いた顔してるの?自分の成果でしょ?」


「確かにその論文を書いたのは俺だ。十年前、大学にいた時に書いたものだ。でもそれはジャーナルに投稿して、リジェクトされたんだ。査読したレビュアーたちが全員論文を真と認めなかったんだ。それでお蔵入りになったんだ」


 そして誰かが俺の論文を今更になってダークウェブに発表した。今の時代、ネットに投下した情報はすさまじい勢いで検証され拡散される。つまり俺の論文は、知らぬ間にバズっていたのだ。

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