第6話 復讐するなら手段にこだわってはいけません!



そして俺は歌舞伎町に辿り着いた。すると姿が見えなくなっていた彼女も俺の後ろに現れた。


「カンザネイツキいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」


 マチェットと軍用ナイフの二刀流で俺のことを追いかけてくる少女の姿はかなりのホラーだった。向こうも加速スキルを使っているので、あっと言う間に距離を詰めてきて斬りかかってくる。


「この野郎!!これでも喰らえ!!」


 俺は道端に出ているホストクラブの人気ナンバーワンの顔写真が写る立て看板を掴んで、少女に向かってぶん投げる。これで多少は怯めばいい。


「何この不細工男の写真!ウザい!今見たいのはあなたの死に顔よ!!カンザネイツキいいいいいい!!!」


 だが少女は看板を避けもせず走り続け、マチェットで看板を切り裂いた。わー俺ってすごく一途に思われてる…。これが恋愛なら最高なのに…。そして俺は追いつかれそうなたびに通りを曲がったり、路地裏へ入ったりして彼女の刃を躱した。だけどこのままじゃジリ貧だ。その時近くを通りかかった店の前で、打ち水をしている店員が目に入った。土ぼこりを流しているらしい。


「水…それだ!」


 俺は再び路地裏に入る。そして必死にあるものを探す。


「あった!これなら!!」


 見つけたのは水道に繋がった掃除用の散水ノズル付きのホース。ホースはビルの中から伸びていた。俺は散水ノズルを迫ってくる少女に向ける。彼女は一瞬だけ怪訝そうな目を俺に向けたが、構わず迫ってきた。


「しねぇえええええええええええええええええ!!!」


 マチェットを振りかぶって俺に向かってくる少女。俺はノズルの水流をストレートに変更し、グリップを引いて彼女に水をかけた。勢いよく水が彼女にかかる。だが。


「馬鹿にしないで!!こんな水!」


 少女は体の正面に光の膜で出来たシールドを展開して、水を防いだ。そしてそのままこちらに突っ込んでくる。だけど俺は散水を止めない。


「『高圧』スキル発動!!」


 俺はわざと声に出してスキルを発動させる。今俺が使った異能スキル『高圧』は名前そのままの性能を発揮する。流体に対して高い圧力をかけることが出来る。高圧のかかった水は、鉄板さえも切断することができる恐ろしい刃になる。


「即席のウォーターカッター?!ちっ!しゃらくさい!!」


 少女の足が止まった。流石に彼女が展開したシールドは突破できないみたいだが、足を止めることはできた。だけどこのままだとすぐに対処されてしまう。彼女は恐ろしく高位の異能者のはずだ。戦闘中に気がついたのだが、彼女はデバイスを一切使わずに異能の力を使ってる。つまり彼女は天然の異能者なのだ。天然の異能力者は一芸特化のスペシャリストか、あるいは超高度なジェネラリストかに分かれることが多い。彼女は後者のはずだ。さっきから使っている術式は非常に多彩だから。はっきり言って一瞬で殺されてもおかしくなかったと思われる。出会い頭でもいいし、あるいは隠れてもいいから、即死させることが可能なスキルを俺に向かって使えば良かったのだ。なのに彼女はさっきから俺のことを、銃やナイフなどの殺したことに実感が湧きやすい力で命を狙っている。


「あんたはさっき渋谷の駅まで面白いことをしたわよね。確かこんな感じに!」


 少女はシールドを展開しつつ、新たに異能を発動させた。彼女のシールドにかかっている水が、どんどん俺の方に向かって凍り付いていく。


「うおっと!あぶね!」


 そしてとうとうノズルにまで凍結が伝わってきたので、ノズルを放した。そして俺はその場で膝をつき、地面に手を付けた。俺がばら撒いた水に手が触れるのが気持ち悪い。そして彼女はシールドをといて、俺の方へと歩いてくる。


「観念したみたいね。もう何をやっても無駄だってわかってくれたみたいで嬉しいわ」


 少女は水たまりの上をパシャパシャと音を立てながら、こちらへ歩いてくる。さっきの氷結スキルで凍らせた水もすでに溶けていた。


「…ああ。やっと。やっとこれで報われる。やったよ。みんな…あたし皆の仇をとれたよ…!」


 彼女は何処か安らかな笑みを浮かべながらそう言った。だけどね。まだ殺せてないのに、そんな顔するのは早いとおじさん思うよ。


「なあ。復讐は何も生まないって思わないか?」


 俺はありきたりな説教を口にする。彼女はそれを聞いて、足を止めてにっこりと笑う。復讐者ってやつは手段にこだわる。相手が無様を晒せば、とても喜ぶだろう。だから復讐者がもっとも隙を見せるのは、獲物の命を刈り取れるその一瞬だ!俺は道路にできた水たまりに向かってあるスキルを発動させた!


「は?今更命乞い?へぇ。そんな可愛げがあったんだ。うれしい!もっと言ってよ!そうすれば殺しがいがあるってものよ!あはは!あはははは!あはは!っ!!ぎゃあ!っあ!あ”あ”あ”あ”あ”あああああああああ!がはっ!!」


 少女は体をはげしく震わせて、苦痛に満ちた悲鳴を上げて、その場に倒れ込む。


「…今のはいったい…どうして…追い詰めたのに…なんであたしが…見上げてるの…」


「復讐者は復讐のやり方にこだわる。だから隙が出来る。お前油断して気を抜いたよね。水たまりの上を何の対策もなしに無防備に歩いてきた。俺がやったのはベタもベタ!ただの電流系スキル!!警戒してたらちゃんとバリアとか障壁とかで防げたはずだ。お前、俺のことを至近距離で殺すのを肌で感じたかったんだろ?だから無意識に常駐型バリアもカウンター型シールドも、その他のありとあらゆる防御スキルの類を全部オフにしちまった。拘りが仇になった。駄目だよ。復讐相手の前で笑っちゃ。相手の命を絶つその瞬間まで気合いれてなきゃね。笑うんなら殺してからにするべきだった。だからお前は負けたんだ!」


 なんてことはない手でこの少女は俺に敗北した。水たまりがあるなら電気を流してくるくらい想定するのが異能戦闘の常識って奴だ。そんなのも頭から抜けちゃうくらいにこの子は俺への復讐を終わらせる喜びに油断した。それが敗北の理由のすべてだ。


「…そん…な…。あ…っあ…。ごめんね…ごめんねみんな…ゆるして…いまからそっちに…い…く…か…」


 誰かに許しを乞いながら少女は涙を一筋流して気絶してしまった。

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