10 電光石火 デンジャラス・ビューティー

 この騒ぎで僕に覆い被さる砂嵐が、何処かへ消えてしまった。

 過呼吸に囚われた肺は機能を取り戻し、急かすように息を深く吸わせる。

 慌てて酸素を吸引したものだから、むせ返ってしまった。

 意識をニュートラルに保つと、白い女性の影を探す。

 

 彼女はジャンプするように立ち上がり、頭を左右に強く振り、先程の醜態が無かったかのように表情を固めた。


 自分の目が信じられないとはよく言ったものだ。

 何故なら僕は彼女と出会っている。

 明確ではなく感覚的な意味合いだけど、恐らく、この女性は"白い幽霊"だ。


 僕の真ん前に背を見せながら仁王立ちすると、ほんの少し顔を傾けて小さな声で語りかける。


「よく耐えたわね。万城目・縁司くん。ここからは、お姉さんの仕事よ」


 僕の名前を知ってる?

 何かが明確になれば次の何かが不透明になる。

 常に混乱の渦中に放り込まれている。


 白いレザーコートを着込む女性は、袖を口元に寄せて喋りかけた。


「【ジャマー】消失ロスト対象者マルタイに接触しました。緊急マニュアルへ移行します」


 今度は手で耳を押えて何かを聞いた後、再び袖を口に当てる。


「了解。マニュアルに従って殲滅せんめつします」


 何かへ応答した彼女はコートの内ポケットから、一本のボールペンを取り出す。

 右手で握ったボールペンを左耳に近付けた後、空気を裂きながら振り下ろす。

 僕の目の前でペンは金属音を響かせて勢いよく伸びきった。

 アンテナのように伸びたボールペンは小枝くらいの細い棒となり、ペン先が三つに割れ花びらのように咲いた。


「君、私の後ろから出ないで」


 こちらの返答を待たずに、彼女が細い棒を突き刺すように前へかざすと、先端が微かに振動して三つに割れたペン先が発光。

 青白いレーザーが天井に刺さる。

 レーザーの先に水面の波紋が現れ、天井の空間が歪んだ。

 次の瞬間、天井に刺さったレーザーは左右に暴れ出し、吊られて彼女の身体も左右に振られるが、それに逆らおうと足を力ませ踏ん張る。


「この!」


 力の反発を受けた棒は半円状を描きながらしなる。

 今度はレーザーが床に刺さった。

 その光景は釣りをしているようにしか見えない。


「大人しく……出てこいや!」


 彼女は棒を強く引っ張った。


 床からロケット型の筒が発射されたように浮上、天井まで伸びると半透明の影が立ちはだかる。

 その形は異様で上部が鋭く尖り、下に行くほど円柱状にでっぷりと広がる。

 下半分は閉じた傘。傘の端には幾つものヒモが垂れ下がり、七夕の飾りで見る吹き流しに形状が近い。

 そして上部がお辞儀するようにこちらへ折れ曲がって行くと――――驚いたことに、赤く光る二つの目玉が現れ、鋭い牙を見せながら口が開いた。


 後ろから刀のような背びれが伸びると、サメの姿に似ていた。

 閉じていた下半身の傘が開くと異様さは増す。

 垂れ下がっていたヒモが生命を宿したように暴れ出し、ヒモが触手へと変貌した。


 こんな生き物は見たことが無い。

 タコやクラゲの頭にサメが合体しているようだった。

 異形の怪物は裂けた口を大きく開け、けたましい咆哮をあげる。

 幾人いくにんもの悲鳴を掛け合わせたように聞こえる遠吠えは、不快の極みだ。


 純白のコートに身を包む女性はアンテナを収縮させてボールペンに戻すと、コートの内ポケットへ仕舞いながら呟く。


「あ~ら、隠れんぼで見つかったからってムキになって? お恥ずかしいったらありゃしない」


 彼女はボールペンを仕舞う代わりにスマートホンを取り出し、怪物へかざす。


 僕は背後から一部始終を見ているが、スマートホンはカメラでまとを定め、画面に怪物が写りこむと、中心に十字のラインが引かれた。

 まるで狙撃用ライフルにとりつけたスコープの照準だった。


 彼女は何かを良い放ちながらスマホをタップ。


「Make my day! (良い一日にしてよね!)」


 次に起きることを誰が予想できたか?

 怪物めがけて窓の外から青い稲妻が貫通して、真横から殴り飛ばすように怪物を撃ち抜く。

 ただの稲妻ではない。

 太いガラス管に見える光線の中を稲妻が走り抜けていた。

 察するに、それ自体が強力なビームなのだろう。

 肉眼で捉えられない早さもあるが、廊下を目映い光で照らし、怪物を弾き飛ばす様は、電光石火そのももだった。

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