9 天使様がお通りになった

 な、なにアレ!?

 蛍光灯が割れた……怪奇ストレンジ現象フェノミナン

 それか、なんかのSFで見たスーパー自然的ナチュラル存在ビーイングか?


 学校はもう安全な場所じゃない。

 なんでもいいから外に出て、あのキモチ悪いスライムから遠ざからないと。

 

 無我夢中で廊下を走る僕は、パニックで逃げられる所は何処でもいいと考え、階段を下りて校庭に出ようとした。

 が、三階から一階へ下りる階段を慌てて下りた為、足を挫いて転げ落ちてしまう。


つぅー……足が痛い。

 転んだ拍子に捻挫したのか?

 目が……見えない。

 メガネがどこかへいった。


 視界を取り戻そうとメガネを探すが、悪い予感が的中。

 ボヤける視界の先に歪んだフレームのシルエットをとらえる。

 手で掴むとフレームから粉々になったレンズがこぼれ落ちた。

 メガネのレンズは割れて、使い物にならい。

 思考は停止寸前だったが、全身の毛が逆立つキモチ悪さを感じ取ると、恐る恐る背後を振り向く。


 砂嵐の怪物は流水のように階段をゆっくり降りてきた。


 メガネを失い校内は濃霧に包まれた世界に変わったが、何故か砂嵐の怪物だけは姿が見える。

 それどころかメガネを無くしたことで、より鮮明に形を捉えた。


 よく見ると砂嵐からほつれた糸が、いくつもはみ出ている。

 それは糸ミミズのように意思を持ってうごめいていた。


 立ち上がろうとするも、足首に激痛が走り立ち上がれない。

 痛みと恐怖から僕は涙を流し、みっともなく地を這いつくばりながら、尚も逃げようとした。

 だが砂嵐の怪物は獲物に辿り着くと、上から覆いかぶさった。


 砂嵐に呑まれると全身が焼けるように熱くなる。

 息が出来なくなり視界がぼやけ、意識が朦朧もうろうとした。

 まぶたを強く閉じて恐怖に耐えようとするが限界だ。


 死にたくない、死にたくないよ!

 嫌だ、イヤだ、いやだ!


 人生をやり直せると思ってた。

 失った時間を取り戻せるはずだったのに――――。

 笑いが絶えない両親の顔。

 気さくに話かけてくる親友。

 前を向いて生きていける人生。


 全部、取りもどしたはずなのに、なんで?


 あぁ……次も同じように転生できるかな?

 今度こそ、普通の人生をおくりたいな……。


 もっと、もっと生きていたかった――――――――。

 

 誰……か――――助――――け――――…………。



 刹那―――――蛍光灯が破裂する物音より、遥かに大きい音が響いた。


 ぼやける視界の中、目の前の光景に目をやると、窓ガラスをぶち破り飛び散る破片と共に現れた白い女性の影。


 外から入る、わずかな陽射しに照らされ、ヒラヒラと波打ちながら舞う純白のレザーコートは、まるで天使の羽か天女がまとう羽衣のようだ。


 髪はポニーテールだが異様に大きくエイやヒラメのように平たい形で、顔は女神のように美しく、その顔が宙に滞空するガラス片に映り込むと神秘的な印象を与える。


 キラキラとした、いくも浮かぶ半透明の鏡に、美麗な顔が反射を繰り返し、万華鏡を描いた。


 呼吸困難で酸素量が足りず鈍くなった僕の脳が、一連の光景をスローモーションで見せているのかもしれない。

 お陰で、ゆるりとこの神秘の世界に浸れた。


 そして、純白の女神が履いた黒いブーツが地につ――――――――かなかった。


「うぎょ!?」


 着地する直前、足をくじいてバランスを崩した女性は横転。

 恐らく外から勢いを付けて飛び込んだ弾みで、その勢いは死ぬこと無く、横転した白い物体をボーリング玉のように転がし、壁に叩きつけた。

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