5 マイナスONEから始まるリスタート
まさか、この歳で中学の勉強を再び受け直すことになるなんて、誰が想像できたか。
端から見れば今の僕は、三十人のクラスに紛れた十四歳の一生徒。
その実態は十年後の未来からやって来た、二十四歳の大人だ。
精神の上では中学生に紛れて大人が勉強するなんて、恥ずかしさが込み上げる。
とはいえ、元々、勉強は苦手だったから、今聞いている授業もあまり脳に入って行かないのだが。
授業に疲れを憶え始めてきた頃、窓に視線を移す。
カーテンを全開にして余すことなく差し込む日差しに目が眩み、まぶたを閉じると、その裏にカメラのフラッシュを焼き付けられた辛さを感じた。
久しぶりだ――――本当に久しぶりに陽の光に照らされる。
こんなに日差しが心地いいなんて。
これまでは十年も遮光カーテンで自室を閉じて、暗い世界に身を潜めた。
それもあって、目に映る物、耳に届く空気の振動、肌を撫でる風の揺らぎ、全てが新鮮に感じる。
僕はこんなに心地良い世界を自ら閉ざしていたなんて、人生の半分、いや全てを損していた。
目を閉じ
先生に「万城目、寝るなー」と注意され、思わず大きな声で返事を返す。
軽く謝ると近くの席にいる生徒が、くすぐられたようにクスクスと笑っていた。
気恥ずかしくなり僕も小さく笑って返す。
いいな。これが普通の日常なんだ。
忘れていたけど、僕は青春を謳歌していたんだ。
その日一日はなんのヘンテツもなく過ぎ、下校する。
親友と話すたわいのない話。
この年に流行ったアニメやマンガ、ゲームの話をしなから歩く。
忘れていた数々の作品の話を聞いているだけで、胸の内が高ぶってくる。
途中、親友と家の方向が違う道まで来ると、「また明日な~」と彼が言って背を見せながら去っていった。
また明日……今日と同じ明日があるなんて、未来の僕からすれば、幻を見せられているようだ。
家に帰る道すがら風景を眺めながら歩いた。
未来では更地となり僕の思い出にしか残ってない本屋やゲーム屋が現存していて、この風景自体が代えがたい絵画に思えて来た。
家に帰り夕方は家族で食卓を囲み、団らんとしながら晩御飯。
今日は母親の作ったクリームシチュー。
引きこもっていた未来では、まともに食べていなかった。
「いただきます」と言い終わる前にはスプーンを掴み、白い湖を掬い上げて彩り豊かな野菜を口へ運ぶ。
「美味しい、美味しい!」
お母さんは不思議そうに聞く。
「どうしたの? いつもは黙々と食べるのに」
「だって美味しいんだ。いや、お母さんが作る料理は何でも美味しいよ」
「も~どうしたの? 何か欲しい物でもあるんでしょ?」
「無いよ。お母さんの料理だけでいい」
さすがに母親も気恥ずかしくなったのか、顔を赤くしておかわりを進める。
お父さんは僕を見て同じようにスプーンでシチューを食べるが、小さい声で「いつもと同じだぞ?」と、言うので「父さんにはわからないよ」なんて、思春期
晩御飯を済ませると二階の自室へ上がる。
ベッドに大の字で横たわり物思いにふけった。
夢でも見ているようだ。
我ながら語彙力に乏しい表現だけど、過去に戻ってやり直せるなんて、夢じゃなければ走馬灯かもしれない。
ただ、現実味がある今に自信が持てる。
僕はこの時代で生きてる。
暗くなった窓へ視線を移し、未来で引きこもって以来、開けたことない窓をスライドさせ換気をうながす。
「寒っ!」
夜になると学校で感じた心地よい風は無かった。
もう風は満足できた。
窓を閉めよう…………。
いつの間にか外は厚い雲が景色を灰色に変えて、遠くで雷鳴を轟かせた。
明滅する発光現象が毛布のような雲を光らせる。
古来の竜が暴れているかのように、雷鳴は繰り返し起きて、雨がパラパラと降ってくる。
「降って来ちゃった……」
雨粒が入る前に窓を閉めて安心した、が、異様な空気感だけが胸の中に残った。
二階の窓から雨で視界がボヤける外を見下ろす。
「!?」
うっすらと輪郭を残す白い影。
黒か茶色か雨のせいでハッキリしないが、長い髪の女性が立ち尽くし、こちらを凝視していた。
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