2 トワイライト・ゾーン
薪が割れるような音が、僕の身体から聞こえた。
自分の足で立ち上がろうとすると、激痛が伴う。
スネを骨折したようだ。
引き篭もってから十年ぶりに出た外は、凍るような豪雨でパジャマ姿の僕を濡らし、濡れた硬いアスファルトが裸足を痛めつける。
久しい外の世界は僕を歓迎せず、冷たくあしらっていた。
雨で人通りがなくてよかった。
十代から籠もりっきりで髪の毛は腰まで伸び、恐怖に怯える生活をしていたから、髪は斑に白髪が混じって年寄りのようだ。
こんなの誰にも見られたくない。
後ろを振り返ると砂嵐の陰は、羽毛がゆっくりと地に落ちるように着地した。
僕は立ち上がり骨折した骨がきしむ音などかまうことなく、早足で逃げる。
よろける度にスネをナイフで刺すような激痛が走る。
長いこと恐怖と共に引き篭もっていたので、まともな思考が育つわけもなく、自分の選択が過ちだったなど知る由もない。
逃げることに必死で道を走行するトラックが、凶器だってことすら忘れてる。
横断歩道の信号は赤で車が猛スピードで突っ来ていたにも関わらず、道路へ飛び出した。
すると照らされた
同時にトラックがクラクションを鳴らし、急ブレーキでタイヤとアスファルトが激しく擦れる。
トラックに当たり身体が吹き飛ばされた。
景色が目まぐるしく移り変わり、叩きつけられるように地面へ倒れた。
トラックの運転手が豪雨へ張り合うように大声を出す。
「お、おい! 大丈夫か!?」
驚くことに僕は生きてる。
半身を起こし周りを見ると止まったトラックの片側が、潰したボール紙のようにへこんでいた。
車体正面の側面に半身が当たり、かろうじて生きていたのだ。
でも立ち上がろうと地べたに手を着くと、右腕の力が抜けて肩から地面に倒れ込む。
トラックに当たったのだから腕は複雑骨折しているかもしれない。
腕もそうだが口が開いたまま塞がらない。
アゴに力を入れると両耳の下に激痛が伴い、涙が出てくる。
さらには片目が見えない。
無事な方の腕を顔へ寄せ、手で見えない方の顔を抑えた。
雨で解りづらいが何かが流れ落ちている。
寒さと痛みで震える手を下ろすと、赤と白が混じったジェルが手の平に乗り、雨で今にも流れ落ちそうだった。
まさか……眼球が破裂して飛び出した?
それを見たトラック運転手は震える声で携帯電話で救急車を呼んでいた。
その運転手の側に、アレが近寄る。
あそこまで近くにいるのに運転手には、砂嵐の陰が解っていないようだった。
やっぱり、僕にしか見えないんだ。
電話する運転手は砂嵐の陰に飲み込まれるも、すぐに姿を見せた。
砂嵐が運転手をスリ抜けたのか、運転手が砂嵐をスリ抜けたのかは解らない。
しかもスリ抜けた後、携帯電話が故障したらしく、運転手は電話の画面を激しく叩いては耳元へ近づける動作繰り返す。
着実に砂嵐の陰は僕へ忍び寄って来る。
僕は棒のようになった足で立ち上がり、苦痛に耐えなから呼び止める運転手を無視して走る。
足が思うように動かず転倒すると、痛めた身体と骨折した箇所が悲鳴を上げる。
振り返ると砂嵐は手押し車に押されてるのではと思えるほど、優雅に近付いて来た。
痛みをこらえ立ち上がり階段へ向かい降りようとしたが、おぼつかない足では無理があった。
足が絡め取られたように組み合わさり、僕は階段を空き缶のように転げ落ちた。
ただでさえ身体は骨を折り皮膚や肉が破裂しているのに、全身を強打する階段落ちはショック死してもおかしくない。
それでも、まだ意識を保てるほど生きている。
追ってくる砂嵐との距離がどれくらいか解らない。
でも逃げる為、僕は折れた腕で地面を死に損ないの昆虫のように這いつくばる。
砕けたアゴが地面にこすれて尚も激痛に見舞われる。
雷鳴が轟、視界が青白く光った。
頭頂部が火を押し当てられたように熱くなる。
頭の先からつま先まで何かが駆け抜けたように痺れ、痙攣で身体の自由が利かない。
雷に撃たれた。
強烈な痺れで地面に伏せると、豪雨でできた水溜りに顔が浸り、呼吸ができなくなった。
まるで沼に沈んでいるような感覚。
あぁー……死ぬ。
白い陰がボヤけた視界に映る。
砂嵐とは違う、人影だ。
遠のく意識の中、女性の声が僕へささやく。
――――ごめんね。守れなくて――――
これは女神のささやき?
疑問は晴れることなく、僕の意思はカーテンを閉めるように、この世界から閉ざされた。
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