終章 星空と共に在れかし

第250話 エピローグはプロローグ


「あっつ……」


 じりじりと照り付ける猛射が半袖からスラッと伸びる腕や短パンから出る膝やうなじなんかを焼き、背中に籠った熱をどうにか逃がそうと胸元をパタパタしながら額の汗を拭う。


 店先の日陰に入ったところで、高温多湿であるこの季節の日本列島は手心というものを知らないらしい。地面からの照り返しもあるので、汗がひくのも待たずにとっとと【ミツシエ堂本店】と書かれた看板をくぐり店内へ。


 チリンチリーンと高級感あるベルの音が鳴る。木材とレンガを上手く組み合わせた内装は落ち着いた雰囲気を醸し出す。観葉植物の配置が絶妙だ。二人掛けのソファーとテーブルが幾つも並んでいて、まぁまぁ平日の真昼間だというのにお姉様方や奥様方で満席近い事。


「アニマ!こっちこっち!」


 優雅な雰囲気を台無しにする元気な声に苦笑しつつ、その発生源に向かって歩いていく。


「……え?え?アニマ君も来たわぁ……!」


「すごい……こんなに近くで見ちゃったぁ……実在したんだぁ……」


「話しかけてきなさいよ!」


「だめだめ!オーラが違うわ……」


「そりゃあそうでしょう!最速攻略パーティーのリーダーで最年少攻略記録持ちの英雄なんだから!」


 無理に殺到してこないし、聞いててあまりにも気分がいいこそこそ話だったので、ニコッと微笑んで小さく手を振り、奥の席に座った。


「見た……!?」


「一生推すわ……」


「私も」


 流石高級住宅地を擁する東王区、民度がいい~心地いい~!


「来たぁ!」


 向かい掛けのソファーから身を乗り出した拍子に、二つに結んだ銀髪がテーブルをくすぐっている。嬉しそうに尻尾を振る笑顔に、


「来たぁ!」


 僕も久しぶりの再会が嬉しくなって、満面の笑顔になっていた。


 あと三十分もすれば焼きたてが出来るらしく、先にドリンクを聞かれたので「ブラックで」とウェイトレスさんに告げる。


「アニマ歩くの遅すぎぃ!」


 随分待たされたと可愛らしく頬を膨らませ、ジト目のままストローで果実水を飲んでいる。


「一カ月ぶりの外なんだよぉ?もうへとへと!そう言うジェニは?」


「馬車!」


「けっ!」


「でも降りる時こけた!」


 笑いながらせっかく着飾って来たお洒落なワンピースについた小さな傷を「ほれ」と見せてくる。


「あーあ、似合ってるのにぃ」


「ふふん!」


 どうやら上機嫌だ。


「エルエルは?一緒ちゃうん?」


「酒盛り。エストさんと怪物と先にやってるよ」


「大人ずっちぃ~」


「ふふっ」


 運ばれてきたコーヒーをウェイトレスさんにお礼を言いつつ受け取る。この季節にアイスコーヒーが飲めるという贅沢!金持ち万歳!ぶえっっっにっがぁぁぁ!


「あっ!てかアニマ!エルエルにエッチな事しとらんやろなぁ!?」


「ぅえんむっ!っっったぁぁぁぁ……」


 うぇぇぇと舌を出して変な顔になっていた所急に言われたので、舌を少し噛んでしまった。


「大丈夫?」


「…………うん、大丈夫だよ。ありがとうジェニ」


 元気アピールがてら微笑みかけると、良かったぁとジェニも。でも直ぐに、じぃ~~~~~――――


「……してないよ?」


 少なくとも僕からは。


「……めっちゃドキドキはしてました」


「ほらぁ!」


「いやだってエルエルさぁめっちゃ介抱してくれるんだよマジで!お母さんもついててくれるからいいよって言ってるのにご飯は全部あーんだし!着替えも手伝ってくれるし!体拭いたりとかはお母さんがしてくれてたんだけど、たまには水浴びもしたいでしょなんて言って負ぶって井戸まで連れてってくれて、何故かエルエルも一緒に、」


「全部やる!」


「うぇ!?」


「ジェニも全部やるからっ!」


「……あ、うん」


 それは僕が恥ずかしいんだけど……


「ジェ、ジェニの方はどうだったの?あれから。色々あったんじゃない?」


「そうそう聞いて聞いて!」


 そうしてメインディッシュが来るまでの間、会えていなかった時を埋め合わせるかのように、思い出話に花を咲かせた。






「「お前の身体ねぇからぁ!!」」


 全身を斬り刻んだ上にラストはクロス首チョンパまでして魂が昇っていくのも確認したけど、まぁた臨死体験なんかしやがったら流石に困るので、絶対に復活できないようにキャンプファイヤーしてやった。


 残った松明やら木材やらを全部つぎ込んだ炎がごうごうと燃え盛っていったが、鎮座する首から、とうとう笑みが消えることは無かった。


 その炎で葉巻に火をつけたスモーカーさんが、長い、長い一息。


「……………………こいつぁうめぇや……!」


 渋い笑いを混ぜながら零した。それを見たタコンさんらも紙タバコをくわえ、


「ほほんっと美味いっすね!」


 傷だらけの身体には重い煙だろうに、晴れやかな笑顔を浮かべていた。


 やがて灰と燃えカスの山から恐龍の化石みたいな迫力の遺骨をわっせと担ぎ、いざ管理棟内の転移紋へ。


 僕、お母さん、ジェニ、怪物、エルエル、エストさん、ジャン。


 スモーカー一派のスモーカーさん、モドリスさん、サイスさん、ミサミサさん、アブドーラさん、ミッドレアムさん、タコンさん、ライさん、黒炎竜さん。


 サイモンやサッキュンを始めとし五人の大人も含めた猿の楽園組総勢七百七人が、この日、続々とクリーチャーズマンションを攻略した。


 明かされた保存館の存在。猿の楽園。そして骨だけとなってもなお異様な悪魔の全貌。規格外過ぎてギルドじゃ値段がつけられないと大騒ぎ。骨は一旦博物館へと運び込まれた。


 仲間の埋葬を控えたスモーカーさん達とは連絡先を交換して別れ、エストさんもその場で「いずれまた」と。プライベートが謎だらけのエストさんらしく、驚くほどあっさり帰っていった。


 ギルドでお祭り騒ぎしていると、町の騒ぎを聞きつけたブジンさんとカナリアさんが駆けつけてきた。


 その時のジェニの可愛がられようったらもう凄かったもんだ。「うちの娘は凄いんだぞ!!」って、親バカここに極まれりだったな。お母さんとカナリアさんの間には二人にしかわからないシンパシーがあって、微笑みながら泣いていた。


 猿の楽園の皆は、カナリアさんが一旦は面倒を見ると言ってくれた。


「姉様のグループの従業員として雇って貰えるよう話をつけてあげるわぁ~。寝食昼寝付き、基本給プラス成果報酬ありよぉ~。その代わり家賃やら食費やらは会社から借金する形になるからぁ~、皆ぁ社会を学んできなさい!」


 路頭に迷って浮浪児堕ちとか花街送りとかにならなくて本当に良かった。今では猿の楽園独自の文化や価値観を活かした、コンセプトカフェとかいう新事業の立ち上げで日々忙しくしているらしい。


 そう言えば魂を燃やした代償か、ブジンさんは十日ほど寝込んでいたようだ。


「王子もジェニちゃんも流石に魂を削り過ぎたわね!今はまだ興奮で動けてるけど、一度落ち着いちゃったらもう三週間から一カ月くらいは寝たきりになるかもね!」


 一カ月は何も出来ないと告げると、怪物はその間を利用して里帰りすると帰っていった。


 結婚当初二~三人は子供が欲しいと思っていたらしいので僕の家には空き部屋がある。そこにエルエルが居付き、実際言葉通り甲斐甲斐しく介護を受ける日々だった。エルエルの部屋には買い溜めたガスマスクがいっぱい並んでいる。今ではその日の服装に合わせて気分でデザインを変えているくらいだ。


 それと、エルエルが撮った写真集を画家達が模写しまくった『クリーチャーズマンション百景』がバカ売れしているらしい。百景なんて言ってるけど、その殆どは僕達が映ってるのがメインで、肖像画集みたいになっちゃってるのだがそれでいいんだろうか?世間はたまによくわからない。






「ぇえっへっへ!ブジンさんもあーんとかするんだ!」


 あの筋骨隆々のごつい体で小さな娘にあーんしている姿を想像し、アンマッチ具合にわらけてくる。流石はブジンさん!親バカ加減も伝説級だ!


「ほんでこの後は何するんやったっけ?」


「ジェニ、正直ここの事しか頭に無かったでしょ?」


「うん!」


「いい返事!この後はねぇ、学者さん達の所いってぇ」


「学者?」


「ほらっ第二層でボート勝手に使っちゃったじゃん?あれを謝りに行くの、ここのお菓子持って。それがメインだからね本来」


「ぁあ~ははは、あぁ~!」


「テキトー!それと墓参りとぉ墓参りとぉ」


「墓?誰の?てかなんで二回言ったん?」


「僕の運命の人達のだよ。友達なんだみんな。ネネさんでしょ、サリウリにぃ、アダンダンとエヴァーラン、それに白狼達キメラモンキー」


「白狼も!?友達!?」


「まぁ白狼は友達ではないけど、大切なんだよ。凄く」


「ふーん」


 露骨に興味なさそうな返事。髪の毛をくるくるしだした。


「で、その後はぁ~?」


「「レッツパーリィ!!イエェーーーイ!!」」


 流石に騒ぎ過ぎたので、んんんと咳払いして落ち着く。机の上にちょっと零れちゃったコーヒーをお手元でサッと拭いた。


「お待たせいたしました。こちらミツシエ堂本店でしか提供していない、プレミアムスペシャルスーパーデラックスバウムクーヘンです。お持ち帰りの品は御帰りの際にこちらから手渡しさせて頂きますので、ごゆるりとおくつろぎください。それでは」


「わああぁぁぁ~~~!」


「ちっちゃあぁぁぁ!でもめっちゃ美味しそう!」


 それぞれ自分の目の前に置かれたものをまずは鑑賞する。


「これホンマにアニマのおごり!?」


「おうともさ!好きなだけ食べてよ!」


「じゃあ、」


 最高級食材を使用し、職人が拘りに拘り抜いた結果逆に一口サイズというにも小さいくらいになってしまったバウムクーヘン。


 恐らく旨味が一点に凝縮されているのであろうそれを、ジェニはなぜか皿ごと僕の前に。そして自分の左手を差し出した。


 ほんのり赤く染まった頬が可愛らしい、してやったり顔な満面の笑みで。


「は~めてっ!」


 プシュゥゥゥ……


 その冗談に僕は顔を真っ赤にして、面白い返しなんて一個も出来なかった。






 暮れなずむ夏の空。一際明るい星達が我先にと光り出し、あちこちで焚かれている篝火やテーブルの上の蝋燭が、来場者の顔を教えてくれた。


「サイモン!サッキュン!こっちこっち!」


「おうアニマー!ジェニー!スモーカーさん達もいんじゃん!」


 二人はニコニコと手を振りながらも、手を繋ぎ合って歩いてきた。


「しー!早く!」


「スモーカーさん達も、」


「ジェニと墓参り中に偶然皆と会って一緒に来たんだ」


 超早口で疑問を解消してあげつつ、「ほらこっち!」と二人を近くに招き寄せ、大きな焚火の前に揺らめく二つの影を指す。


 一月の準備期間と攻略報酬の大金があったのだ。今日の為に仕立てたばかりの上等なシャツが、普段のダルチンピラな印象を大きく変えていた。


 シャルマン邸の使用人さんにお願いしたのだろう。いつにもましてガチガチにセットされたオールバック。装飾や薄く乗せられた化粧も相まって、五割増しでイケて見える。ちゃっと癪だけど、今日のジャンは普通にかっこいい。


 だが何といっても花嫁のアンさんだ。元々胸まであった茶髪を頭の上で巻き、宝飾がキラキラと炎を映す。吊り上がったキツイ目つきを活かしたアイラインやシャドー。薄めの白粉おしろいに一本の紅がよく映える。


 一緒に考えたのだろう。ジャンの好みを感じさせる煌びやかな赤のドレスが、ギャル特有のスタイル美人を反則的なまでに昇華させて無敵に見える。


「いいな……」


「ね、すごくきれい……」


 そんな二人を見てうっとりと零したサッキュンに、口を小さく動かして返事する。


 向き合った二人は、互いの頭に乗せていた花冠を交換し、熱い口づけを……


 一瞬見守る皆が息を忘れ、そして二人が同時に花冠を炎にくべた。


「「わああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」


「おめでとう!」


「幸せにね!」


「ぴゅーぴゅー!」


 周りの声に負けじと僕らも全力で。


 ジャンの母親とアンさんのご両親、更に取り巻きーズなどが感極まって抱き着いていく。


 大きな炎の祝福よりも、一丸となった歓声と拍手の方が、二人の頬を熱く染め上げていた。






「二人とも料理はもう食べた?他の子達も喜んでくれた?」


「そりゃあもうお腹ぱんっぱんだよ!」


 サッキュンは言いながら服を捲ってへそを丸出し、ぱんっぱん叩く。


「皆も御かわり狙って給仕さん追い回してるよ!」


「あはは!良かった良かった!」


 シャルマン邸で開かれたクリーチャーズマンション攻略記念パーティー。僕のパーティーメンバーを始め、スモーカー一派や猿の楽園組やジャンや職場の皆も来ている。


 そこに丁度皆が集まるならと、ジャンとアンさんの結婚パーティーも執り行われたわけだ。


 お母さんはカナリアさんとブジンさんを捕まえて開場以降ずっと話し込んでいる。あんなに楽しそうにお酒を飲んでいるのを見るのはいつ振りだろうか。


 広大な庭を利用して、沢山のテーブルには豪勢な食事が並び、ピエロや火吹き男や吟遊詩人など沢山の催し物も揃っている。【悪魔と戦う英雄達】という題で「小さき英雄アニマは剣を手に~~」などと歌っているんだけど、その……脚色が凄いからやめてほしい……恥ずかしい……


「おぉ揃いましたかぁ!アニマ君も飲みましょう!」


「俺様の酒を教えてやるよ!」


 エストさんとジャンが肩を組んできた。既にへべれけ酒くさガイズだ。エストさんは義手になった左手を肘から曲げる事で器用にジョッキを持っていた。


 後ろにはエルエルとアンさんも、互いの酒を味比べしている。


「そんな飲んで大丈夫なのぉ~?明日出るんだよ?」


「だぁいじょうぶだいじょうぶぅ~!私が全部治してあげるからぁ~ひっく!うぃ~へへへへ……王子も持って!はいカンパーイ!!」


「「「カンパ~イ!!」」」


 無理矢理グラスを持たされそのままぐいっ!皆もノリ良くぐいっぐいっぐいっ!






「だからぁそこでアニマが指揮権は僕が貰ったぁつって!いきなりだぜぇ!?なのに、これがびっくり!上手くいったんだよぉ!がっはっはっはっは!」


「マジか!肝座ってんなぁおい!」


 スモーカーさんが上機嫌にブジンさんの肩を叩いている。


「怪物様、グラスが空いておりますよ」


「あっあぁ、ありがとう」


 怪物はなぜか同じ招待客であるはずのライさんにさっきから専属で給仕されている。ん?えへへ~もしかしてぇ?はっは~ん?


「ミサミサぁ!ミサミサぁ!」


 モドリスさんが頭にリンゴを乗せたまま変な踊りを踊っている。ミサミサさんは溜息一つ。持っていたジョッキを一気に空にすると、立ち上がり、近くの警備兵の腰のレイピアを勝手に抜いた。


 サクッ!


「「「おおおおおぉぉぉ~~~!!」」」


「はははぁ!」


 笑いながらお辞儀するモドリスさん。巻き起こった拍手にミサミサさんも嬉しそうだ。


「ジェニ行きまーす!」


 流れを読んでジェニも御立ち台へ。「いいぞ~!」「やれやれ~!」と期待の声が上がる。


 ジェニは手拍子を要求すると、自慢の為に携帯していた宝剣を抜き、踊りながらくるくるバトンのように回したり、天高く投げてバク宙しながら鞘でダイレクトキャッチしたり、その度に「おおおぉぉ!!」と歓声が上がる。


 そして宝剣を顔の上に持っていき、手拍子の中ゆっくりと飲み込んでいく。最後まで飲み込むと、両手を広げ、どやっ!


「「「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォゥゥゥ!!!」」」


 引き抜くと、くるくる回しながら鞘に納め、綺麗に一礼した。


「次アニマ!声帯模写十連発いっきまーす!」


 拍手喝采の中、イェーイ!とハイタッチして、ジェニと御立ち台を代わる。


「ニワトリぃ!」


 尻を突き出し、胸を張り、腕を羽に見立てて、


「……コッッッケコッッコオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!!」


「「「ぎゃははははははははははははは――――!!」」」






 一発芸や持ちギャグ大会と化した面々を遠目に、お母さんと二人、同じテーブルに向かい合う。


「お母さんそれ美味しい?」


 傾けていたグラスを「これ?」と見ると、


「今日だけなんだからね」


 と。僕も一口。


「ふふっまだ苦いでしょ?」


「苦いぃぃ」


 けど、なんだか大人な味がした。


「ねぇお母さん!プロポーズってどんな感じだったの?」


「お父さんとお母さんの?」


「うん!そういえばそんな話聞いたこと無かったなぁって!」


「ジェニちゃんにプロポーズしたいんだ?」


「…………うん」


「ふふっ……お母さんね、昔っからお父さんと遊んでてずっと好きだったから、いつもどうやって告白しようかって考えてたわね。花占いとか星占いとかしたりしてね」


「えぇ!乙女ぇ!」


「そうなの!ふふっ。純情って言うか初心って言うか……とにかく遠回りしたわ。けどね、頭の中で考えてた言葉は結局何もいらなかったの」


 月を眺めながらその頃を思い出すお母さんは夜の精霊のように綺麗で、


「一言でよかったのよ」


 ニコッと笑ったその顔は、少女よりも可愛らしく。


 僕の頭をわしゃわしゃぁってしてから抱きしめると、


「さぁ、皆主役を待ってるわよ」


「うん!」






「いこ!」


「皆ぁ!そろそろ始まるよぉ!」


 ジェニが僕の手を引き、僕がエルエルの手を引き、エルエルが怪物の服を引っ張り、怪物がエストさんとジャンの襟を掴んで引き摺って、皆も各々集まってくる。


 アスレチック広場には特設ステージが作られ、さっきまでそれぞれが会場中を周って音楽を届けてくれていたランジグ随一のオーケストラ楽団が一堂に会してスタンバイしている。


 さっきまではパーティーの定番曲やクラシックだったが――――


 指揮棒が振り下ろされた瞬間、音の壁に叩きつけられた!


 メインはなんと大昔の名曲メドレー!ポップスに始まり、ロックにカントリーにヒップホップにエレクトロニック・ダンス・ミュージックまで!


 エルエルがクリーチャーズマンションから持ってきた楽譜集を事前に渡していたらしく、誰も知らない名曲達が今この時代に再現される!


 クラシックでは考えられないアップテンポや、奇想天外にして摩訶不思議なメロディー!


 自然と体が揺れる!足がリズムを刻みだす!隣同士手を取り合い、そこかしこで踊り出す!


 膝を三回パンパンパン、手を三回パンパンパン、くるっと回ってハイタッチパンパンパン!


 ヒュ~~~ドォン!!


「「花火!!」」


 ドンドンパラララドンドンドンピュ~~ドドドドドンドンパララドドドドドドンドドンドドンドォン!!


 火の花が夜空を彩り、赤青黄の輪郭と笑い合う。曲もクライマックスに入り、今日一番の盛り上がりを見せる!


「ねぇジェニ!」


「なぁにぃ!?」


 もう緊張することもない。この気持ちのままを伝えよう。


「愛してる!!」


 ヒュ~~~ドォォォン!!


 夜空に負けない大輪の花が二つ咲き誇った。






 朝。いつものように日は昇り、いつものように始まったなんてことはない普通の朝。


 だから今日も、ありったけの楽しいを見つけてやる!


「アニマー!アニマー!もう皆さん待ってくれてるわよ!」


「今行くー!」


 階下から聞こえるそれに大きな声で返事をし、慌ただしく階段を降りていく。


「忘れ物は無い?トイレは済ませた?お弁当持ったかしら?」


「バッチリさ!」


 心配性なお母さんに微笑みかけると、少し乱れた髪を手櫛で整えてくれつつ、


「じゃあ、お父さんのこと、よろしくね」


「うん!」


 きゅっと抱擁した後、だっ!と元気よく飛び出して玄関の戸を開けると、ジェニと怪物とエストさんとエルエルが馬を前に楽しくお喋りして待っていた。


 おーい!と走り寄って簡単に挨拶する。


「どうだった?初めての乗馬は」


「すっごく楽しいわ!」


 大きなリュックに翼を収納することで、不自然な膨らみ方をした外套よりは不審者感を減らす事に成功したエルエルの興奮が、しゅこーというガスマスクの音から伝わってくる。


「正直見るに耐えませんでしたよ」


 監督役のエストさんが疲れを前面に出すことで教えてくれている。それはそれは危なっかしかったんだろう。


 現に、エストさんが乗る馬に着けられている鞍が二人乗り用になっていた。


 僕の馬には怪物の巨大リュックが積まれ、ジェニの馬には毛布やら水やらが積まれ、大槍を背中に背負っただけのほぼ手ぶら怪物に目線を向ける。


「やっぱり怪物だけダッシュなんだ」


 半笑いで。


「仕方ないだろう。乗れる馬がいない」


 二・八メートルある怪物がちょこんと乗っている姿を想像して、可哀想だけど「あはははは!」と吹き出す。


「なぁ皆!せっかく西弓区通るんやでさっ、たたら踏んでこ!たたら!玉鋼手作り教室!」


 ジェニはジェニで観光気分でウッキウキだ。旅の栞とかこっそり持ってやしないよな?


「えぇ〜行くならサンシロウよ!ヤバいラーメンが西で流行ってるらしいわ!ライちゃん達が教えてくれたのよ!」


「急ぐ旅だぞ、なぁアニマ」


 怪物のツッコミに、キャッキャはしゃいでいた二人からえぇ〜と露骨なブーイングが出る。


「そうだね、全部行こう!」


「「ひゃっほーう!!」」


 二人の笑顔が皆に伝染した。


 先に馬に跨ったエストさんが、怪物の助けを借りつつエルエルを引き上げる。ひょいっと軽々しく飛び乗ったジェニに続いて、僕も飛び乗り手綱を掴んだ。


「アニマっ!」


 そろそろ出発しようかというその時、門の前に立つお母さんに呼び止められた。


 茜染めし直した冒険服、こなれたリュックサック、腰に差した一本の太刀。灰色の髪を朝の陽光とそよ風が揺らす。


「最高に、カッコいいわよ!」


 満面の笑顔と共に立てられた親指に、僕も最高の笑顔で親指を立てた。


「行ってきます!!」






 おしまい。


 本当に本当にありがとうございました。

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