第249話 英雄と英雄③


 黒色に魂を燃やしているからと、スタミナが無限な訳がない。無理のしわ寄せが来る時がある。必ずプチンと途切れる瞬間が来る。


 だからと言って期待はしないでおこう。


 敵のミスを前提に動けば立ち回りに甘えが出る!甘えたせいで負けましただなんてダセェダセェ、言い訳にすらなりゃしない!


鷲爪裂じゅそうざき!」


 特大剣と剣聖の技を得た事で、悪魔の攻撃力は一定水準を超えてしまった。最早数人がかりでも受けきれない領域に在る。警戒していても避けきれない速度と攻撃範囲も持っている。


 盾役が機能しなければ、百%が連続で飛んでくる。ミサミサさんみたいに避けれる人ならいいけど、怪物やアブドーラさんのような重戦士タイプは厳しい。


 その意味でも、技を芽の段階で潰せたエストさんの退場はデカ過ぎた。同時にその功績も、やはりデカ過ぎた。だって正解を示してくれていたんだから。


 猛禽の一撃を繰り出す構えを悪魔がとった時点で、右手に持った特大剣の柄頭を、奴の膝を踏み台に飛び上がって思いっきり突く!


 流石にすっこ抜けはしなかったけど、握り直さなきゃ技は撃てない!


「ジェニ!!」


 すかさず呼んだ。次の瞬間、空中を高速回転するジェニの宝剣が悪魔の上腕二頭筋を切り裂いた!


 ど、ドンピシャだぁ!!おまけに完璧なスイッチ!!やろうとした事がビジョン通りにいって、あの悪魔に対して僕の剣が効いている!


 いつの間にか頬が上がっている。ちらりと見えたジェニの頬も、悪魔の引き裂かれた頬も。


『もっと楽しめばいいですよ』


 ランコさん……ようやっとその意味が分かった気がするよ……!






**********






「ジェニちゃん強すぎておもんない」


 ただ勝ちたかった。全力やった。そんだけで言われた言葉。友の落胆。冷めた目線。


 遊んどっただけやのに……


 それが齢五歳にして味わった、初めてにして一生のトラウマ。






「ジェニちゃんにも出来ないことあるんだ」


 ジェニだって初見でなんでも出来るわけやない。新しい遊びに挑戦した時、友が素朴に呟いた。心底意外そうに。


 そして笑った。笑顔んなった。これなら、昔から何度もやってきたこれならジェニにも勝てると。


 でも一日が終わる頃にはジェニはその子に勝っとった。


「なんか……ジェニちゃんと遊ぶの嫌だわ……」


 子供故に純粋。嫌味や皮肉を抜きにした純度百%の気持ち。やからこそ、心に沈み込み、いつまでも沈澱する。


「よっしゃジェニ味方だ勝てる!」


「はぁ!?ジェニ禁止!――――もうええわ、帰ろうぜ!どうせ勝てやんし」


「ちょおい!はぁ!?マジで帰ったあいつら!――――萎えたわ、俺らもかーえろ!」


「あーあ、ガチつまらん!」


「……なぁ誰?今日ジェニ誘ったの」


 ……ボールを持ったまま、アップしてかいた汗が閑散とした風に煽られて冷えていく。公園の壁の誰かが書いた下手糞な円にボールを投げる音が一つ、日が暮れるまで響いていた……


 そういう出来事が増えて、積もって、積もっていって……もう一人で遊ぶようになった……


 まぁ別に苦やなかった。だってどうせジェニの興奮には誰も着いて来れへんし。他人が想像を上回ってくれやんのなら、自分自身が上回ってくしか無かった。


 それがジェニの遊びやった。ジェニに残された、唯一の遊びやった。


 興奮の為には、“これは出来やんかも”を超えてく必要がある。それはつまり、成功までの殆どを失敗するってこと。成功する度に高騰する難易度に伴って、怪我の度合いも増してく。


 普通やったらこれ以上は怪我するからやめとこうってなるんやろうけど、これしかないジェニにとって辞める理由にはならんかった。寧ろ日常化することで怪我に対する恐怖や忌避感が薄れ、消失していった。


 やからこそジェニは目的の前にリスクを恐れない。興奮を前にブレーキなんかかけたない。


 誰もが一歩足踏みしてまうとこを、 鼻歌交じりに飛び越えたる!


 ……それが、まともな感覚で育った人の目には、極めて異質なもんに映っとった……


 でも、アニマは違った!


 初めての手合わせの時、手も足も出んかったはずやのに、アニマは冷めるどころか誰よりも熱い目ぇしとった。


 その瞳の奥に燻る火は、何度ジェニに打ちのめされても消えるどころか火力を増すばかりで。


 孤高に足を踏み入れていたジェニの強さを、正面からちゃんと見てくれた!


 「たまたま天才に生まれて良かったね」そう離れてった皆とは違って、天才性を認めた上で、凄い凄いって褒めてくれた上で、食らいついて来てくれた!


 同じ土俵に立たんとしてくれた!


 ……!


 それが今、アニマはジェニですら届かん頂きに、ジェニですら思い描けんかった領域に、足踏み込んどる!


 正に、“想像を上回っていた”!!


 だから笑う!目を輝かせる!疲れも痛みも全てが興奮にかき消える!


 そして一度目にした超常は、ジェニにもできるかな?に変わる!






牛角突ぎゅうかくとつ!」


 後方にはエルエルと子供達、これ以上逃げ場はない。避けながら戦う内にもうここまで追い詰められていた。この攻撃をどうにか無効化しやんと……ミスは許されへん……でも、


『ミスしてもいいよ』


 その許しが、その余裕が、その安心が――――


「ホンマ、かっこええなぁ……!」


 ニッと頬を吊り上げ、思いついたままのアイデアを実行に移す。ミコン、オワコン、サッコン達の転がっていた剣をワン、ツー、スリーとテンポよく投げ、ジャンの射撃と合わせて宝剣も投げる。


 アニマに技を潰されたせいで、一、二を避け、対処的に三本目を弾いた悪魔の顔に驚きの表情が浮かぶ。ブラインド!わざと三本目を遅めに投げる事で軌道に宝剣を隠した!


 胸に突き刺さった宝剣を飛び上がって回収しつつ胸を斬り裂き、蹴りつけ、宙に舞っていた三本目を空いた右手にキャッチした瞬間また投げ、空中でアニマの足裏とジェニの足裏を合わせて跳躍!


 また胸に刺さった剣を踏み台に、顔の中心線を斬り上げる!


 プシッ!!


「何て顔してやがる……!」


 スモーカーが、


「あいつら、なんて楽しそうに遊んでやがる……!!」


 ミスっちゃいけない場面で人は遊べない!


 遊べない状況で百%は出ない!


 百二十%は起こらない!!


 未踏の一歩は、いつだって本気で遊んだ時に出る!!






**********






 悪魔の顔が中心線で斬り裂かれ、口が別たれ、鼻が割れ、前頭骨が露出する。斬り上げた勢いのままくるくると回って僕の隣に着地したジェニは、返り血のついた額を右腕で拭った。


 アイオライトのブレスレットが額に妖しく煌めく、まるで第三の目の様に!そしてその闘志と興奮をありありと感じさせる強烈な笑顔がただ一つの事実を植え付けた!!


 !!!


「「「あぁ……楽しいなぁ……!!!」」」


 悪魔が、ジェニが、そして僕が、同時に笑った!






**********






 アニマとジェニが阿吽の呼吸すら超えた理不尽な程の連携で、時に他の冒険者をも利用して縦横無尽に飛び回っている。悪魔もまた、剣術の枠に嵌らない奇想天外な動きで応戦する。


 サイモンには、この戦いは高度過ぎて何が起きているのか理解できていなかった。


 しかし、戦いが嫌いで、かつて仕方なく剣を手に取ったサイモンにだからこそ、見えていた。


「っぱ楽しんでる奴がいっちゃん強ぇ!」






**********






 僕とジェニと悪魔、身を突き動かす興奮のままに戦う三者の熱は加速し、この瞬間の全てに没入していた。


「いけ……」


 戦いをずっと見ていた子供達の誰かがそう呟いた。


「おらぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!」


「ドゥらあああああああああああああああああああああああ!!!」


 ボキッッッ!!


 蚊帳の外を上手く利用したアブドーラさんとスモーカーさんの振るった武器が軸足一本を打ち据え、弁慶の泣き所を派手に折った!


 流石はベテラン達!意地でも傍観者には成り下がらない!


「いけ!」


 誰かの小さな呟きを、また別の誰かが繰り返した。その波は一瞬で大波へと化ける。


「「いっけぇぇぇええええええ!!」」


 僕とジェニがそこに斬り込むが、地に着いた右膝を支柱に左脚の回し蹴りが、更にその脚を折りたたむことで回転力を増し、特大剣が迫る!


 間一髪しゃがんで躱すと、回転の軸は膝から腰や背や肩にコロコロと移り変わり、縦横無尽に特大剣が飛んでくる!


 リズムが乱された今、攻勢に出るのはリスクが高い!


 一瞬の躊躇!攻めあぐねた僅かの迷い!その肩にポンと手が置かれた!


「よく見てなさいよ天才君、」


 ミサミサさんだった。脚を前後に大きく開き、背中で弓を引くように、エストックを鋭く引き絞る。その目が一点に研ぎ澄まされていく。


「一日の長ォオオオ!!!」


 放たれた刺突が、迫る悪魔の特大剣の親指だけをピンポイントで撥ねた!!遠心力を抑え切れなくなった特大剣が指から離れ、地面をギャリリリリリリリリ!!


「おわっ!」


「おおっ!」


「うわっち!」


 それを大縄跳びのように飛んで躱す面々!


 その飛び上がった胴体に、悪魔の回し蹴りがヒットしていき、僕とジェニとモドリスさんが吹き飛ばされる!


宵渡落海月よいどれくらげ!」


 その脚をミッドレアムさんとサイスさんとタコンさんが同時攻撃!何度も攻撃を叩き込んできた箇所を更に抉る事でとうとう大腿骨を断ち切った!


 これにより両脚を封じられ、悪魔のブレイクダンスの勢いが死んだ!


「げほっ!」


 吹っ飛ばされた先で血を吐く、ジェニもあちこちから血を流してる!でもまだ笑みが消えてない!興奮が治まらない!


 同時に地を蹴る!


「いけ!!」


 サイモンが、


「やっちゃえ!!」


 サッキュンが、


「ブチかませぇ!!!」


 エストさんが!!


 走る脚の回転数が上がっていく!宝剣と太刀を握る手に力が増していく!


 今こそもう一度その胸を貫いてやる!!


「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」


 ドドス!!


「もっとぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!」


 確かに胸を刺し貫いた!だがしかし、咆哮と共に飛んできた悪魔の左腕による攻撃をまともにくらい、地面にはたき落とされる!


 更に追撃の左腕が振り下ろされる!


「頑張れぇぇえええええええええええええ!!!」


 エルエルの声援が、


魂穿たまうがち!!!」


 ドッパアアアアアアン!!!


 悪魔の左腕が大きく弾かれ、


「奴の防御をゼロにしたァ!!!」


 ジェニと、同時に、飛ぶ!!


 悪魔の眼光が光る!!人差し指と中指を纏め、刺突が迫る!!


 ドスッ!!


 ジャンのクロスボウがその指を止めた!!


 瞬間、大口を開け、鋭いギザギザの牙が眼前に迫る!!


「いっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」


 その牙が僕を穴だらけにするのが先か!!僕の剣が届くのが先か!!最後の最後の一騎打ち!!


 悪魔には心臓が二つあるぅ!?いくら胸を貫いても死なないならぁ!!


 僕が正面から喉仏を!!!


 ジェニが後方からうなじを!!!


 同じタイミング!!!同じ角度!!!同じ力で!!!


 スッッッパーーーン!!!


 ぶった斬った!!!


「「「…………よっっっ――――」」」


 ……やがて、魂が昇って逝く。


「「「しゃぁああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」」」


 僕もジェニも同時に走り出し、そのままの勢いで抱き着いた!怪物とスモーカーさんが背中をバシッと叩いてきて、


「「「しゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」


 担ぎ上げられ、投げられ、サイモンやジャンと拳を打ち合わせ、エストさんと腕をガシッと組み交わし、エルエルとお母さんに抱き着かれ、


「……しゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 両の拳を天に振り上げ、声の限りに叫んだんだ……!






【余談】

終わり良ければ総て良し。

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