第248話 英雄と英雄②


「……っっっはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ!!!」


 体中の空気という空気を全て失っていたかのように、砂漠を揺蕩たゆたう遭難者の元に恵みの雨が降り注いだかのように、無我夢中で新たな空気を取り込む。


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ!!!」


 太刀を杖代わりにし、辛うじて倒れ込みはしないものの、膝をついて胸を掴む。へそに負った裂傷など関係ないほどに苦しい。


 白狼が奥義としていた抜刀術『智天一閃ちてんいっせん』。注意深く見続けていなければ背景と同化する程の静から、一転、リミッターを外した爆発的な加速により音すら超える究極の一刀。


 それを元に、僕の体格や技量に合うように改良した『熾天一閃してんいっせん』は、小さな体でどうやって智天一閃ちてんいっせん以上の加速と威力を生むかという点に焦点を当てた。


 結論から言うと、外しちゃいけない深度までリミッターを外すことによって、極々短時間に限り百%以上の力を引き出す事に成功した。勿論、使用後は無理からくる絶大な反動で、筋繊維はおろか靭帯や関節も故障寸前まで痛めつける。


 このデメリットを魂を燃やすことによって無理矢理相殺しているのだ。こんな絶技、極まった達人が生涯を賭した修行の果てに行きつけるかどうかといったところ。剣士としてはひよっこの僕じゃ、絶対に飛び級出来ない距離。


 今にして思う。臨死体験は最高の体験だった……!どんな傷も一瞬で無かったことになるお陰で、本来再起不能になり得る練習できない練習を、出来るまで練習できたんだから!


「……天才だぁ」


 スモーカーさんの声だった。いやっ、それだけじゃない……他の冒険者や怪物達の声も聞こえる……


 誰かが叫んだ訳じゃない、口々に同じような言葉を呟いていた……


 違う……その賞賛を受けていいのは僕じゃない……打ちのめされたようなその顔を……悔しそうなその顔を……自然と口角の上がったその顔を……向けられていいのは僕じゃない……


 ずっと、そう思っていたよ……ジェニが眩し過ぎたから……


 どうしようもなく才能に絶望した日も、どうしようもなく才能に嫉妬した日も、どうしようもなく才能に惹きつけられた日もあって……僕はただ……ただ、ただ直向きに、その直向きさを……


 拳を握り締め、唇をキュッと噛み締める事で、目の奥に込み上げてきた熱いものを押しとどめた。


「…………はぁぁぁ……」


 震えてしまったか細い声。全身から余計な力が抜けて、やっと皆の方へと振り向いた。


「……ありがとうっ!!!」


 雲の一つとして介在しない夏の晴天の温かさと清々すがすがしさを彷彿ほうふつとさせるような、そんな気持ちのいい笑顔で。日照り雨が一滴、風に乗ってキラリ。


「まただよぉ?君ぃ、致命傷じゃなあぁい……!」


 零れた内臓をアピールしながら、それでも悪魔が向かってくる!


 奴が放ったのは智天一閃ちてんいっせん。一撃に文字通り全てをかけた熾天一閃してんいっせんと比べれば、数回撃てる程度にはスタミナ消費に余裕がある。


 僕だって、端から一人で勝とうだなんて思ってないぜ……!


 バシュッ!


 ジャンが静かに放ったボルトは顔を僅かに捻って躱された。


「大人しく後手に回るタマかよぉ俺達がぁ!!」


 しかしその隙に合わせてモドリスさんとサイスさんが右脚を攻撃し、それを躱して軸足一本となった左脚に、


「どっっっしぇええええええええええいいぃ!!」


 完璧なタイミングでアブドーラさんが特大槌をぶちこんだ。


 バナナでも踏みつけたかのように巨体が派手にスッ転ぶ。


「なぁブジン……俺ぁいつも探してたんだぜぇ。ずっと……」


 スモーカーさんが両手に直剣を構えて、側にはサイスさんとランコさんもスタンバっている。


「一番になれるチャンスってやつをよぉ」


 が、悪魔は手をつくと同時に思いっきり体を捻った。肩や背中を地面につけつつも、更に回転を増していく独特の動きに合わせて特大剣や腕や脚が飛んでくる。


 それは北闘区などのスラム街で最近流行りだした、間奏を盛り上げる為の激しいダンス、ブレイクダンスを彷彿とさせる、というか武闘用にチューニングされ更に磨きがかかった超絶舞踏。


「無理だろ!?」


 短距離選手は全力を出す為にゴールするまで息をしないが、魂を激しく燃やすことによりそのまま!無呼吸のまま長距離を走り続ける出鱈目なスタミナ!


「無理だぁ!!」


 予想のつかない角度とタイミングで飛んでくる致死の連撃!モドリスさんとスモーカーさんが叫び、たまらず距離を取ろうと、


「“無理”は嘘つきの言葉ですよ」


「「っ!?」」


 だがエストさんだけは進んだ!横から迫る悪魔の蹴りを躱、くらった!?運悪く悪魔の懐に飛ばされる。


 ズシュッ!


 刹那、臓物を撒き散らす傷口が更に大きく拡張された。


 違う!バックラーでわざと受けたんだ!左腕の骨が折れている。


 すかさず繰り出された追撃の膝が迫る。


 ガッ!


 それをまた左腕で受けた!折れた骨がぐしゃぐしゃになり、肘から先がだらりと垂れる。が、同時に大腿を斬りつけていた!


 これ以上懐に潜らせ続けまいと更に追撃の特大剣が迫る。それを躱し、斬り、当て身を受け、斬り、掌底を受け、また斬った!


 その剣に優雅さは無い。その戦い方に品は無い。エストさんを代表するそれらの要素が欠片も無い!


 悪魔の攻撃に体重と速度が乗る前にわざとくらい潰して剣を叩きつける。致命傷以外の全てを許容し、泥臭く、執念深く、今か今かと好機を窺う!


「はぁ……はぁ……師よ……今こそ……」


 肉を切らせて、骨を断たせて、臓を穿たんとギラついた眼で!


「……超えて、みせましょう……!!」


 いつの間にか、エストさんの全身からは湯気が立っているように見えた。 


 技の発動を阻止され続けた悪魔がじれったいとばかりに右腕の特大剣を振り上げた!


牛角突ぎゅうかくとつ!!」


 大振りの鋭い突きがエストさんに迫る!瞬間、エストさんがニヤッと笑った。


 この時を待っていたと!!


 肘から先の制御を失った左腕を鞭のようにぶち当て、衝撃で肘から先が千切れて飛ぶが僅かに軌道が逸れた!攻撃後の伸びきった悪魔の右腕は、その前で大上段に構えるエストさんにとって、俎板まないたこい!!


 スパァァァン!!


 斬撃の勢いのままに倒れ込む。その横に、支えを失った大きな右腕が特大剣を掴んだままドォンと落ちて。


「エストさん!!」


 同時に怪物へ回収するようお願いし、っっっ!!?……ははっ!心配してしまった自分が恥ずかしい!


 最早立ち上がれないくらいの重傷であるエストさんは、倒れ伏しながらもピースサインを作っていた。


「やってやりましたぁ!」


 怪物の小脇に抱えられながら、友へと見せた悪戯気な最高の笑顔。そのままエルエルの元へ。


 離脱する二人の後ろで、悪魔は落ちた右腕を思いっきり踏みつけた。反動で特大剣が飛び上がる。それを左手で掴む。


 しかし悪魔の左手は既に薬指と小指を失っている!三本だけとなった指では握れはしても振れないはずだ!


「そりゃあ無理だぜぇ!!」


 そこにジャンがウィンドラス・クロスボウを放った!顔面目掛けて一直線!最高のタイミング!


 ギャッ!!


 なんと悪魔は高速飛来するボルトを咥えて止めた!そして……


 特大剣を握る自分の左手にブッ刺した!!


「なっはっはっはっは――――!!」


 ブウン!!


 豪速で試し振られた音がやけに大きく聞こえた。二メートルを超える特大剣、相当の重さを持つはずなのに、その手からすっこぬける事は無く。


 満足に振れる事を確認した悪魔が笑う。


「無理じゃなぁああああい!!!」


 なんてこった……欠けた指を補う為に奴は……!ボルトを刺して固定しやがった!!






【余談】

アニマにとってはジェニ。

エストにとってはブジン。

最も近くで本物を見続けてきた二人。

本物に憧れた偽物がかつての自分を殺し新しい自分を愛せた時、それは本物よりも本物らしい輝きを放つ。

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