第247話 英雄と英雄①
「エルエルは渡さないよ。勿論、これ以上誰一人として死なせない」
人質に取られたところでエルエルは悪魔を治さないだろうけど、奴は人の心を折るのが上手過ぎる。どんな手でエルエルを虐めるか想像もつかない。
その間にジェニも怪物もスモーカーさん達も、それぞれの武器を構えていた。ここまで生き残って来た皆だ。気合が違う。
「今から死ぬのは、お前ひとりだ」
両手に握る太刀。両脇には信頼できる仲間達。
「僕はねぇ本当に後悔しているんだよ。あの時何故か消えていた少年がまさか君だったなんてねぇ。そうだって分かってれば、最初っから宿命のヴィランを気取れたのに!」
対するは悪魔。その口元が弧を描き、
「まさかまさかだよねぇ。僕の百倍も遡ってるだなんて」
最後の戦いが幕を開ける――――
もう怒りに任せた殺意は無い。気が狂うような激情も無い。皆の為に殺さなくちゃみないな正義も無い。
それでも殺すよ。
その生き方は到底理解できないけど、僕自身あの時人に戻れなかったら同じ道を行っていたかも知れなかった。
だからかな、その孤独と生き様は、痛いくらいに分かるんだよ。
これは同情じゃない。介錯ともまた違う。
――――幕引きさ。
身長約五メートルの巨体が地面に横たわっている。手脚の傷は更に深まり、腹部や背中や顔にも赤い裂傷が幾多と。それらからドクドク流れ出た鮮血が、浅い沼ほどの血だまりを作っていた。
「はぁ……はぁ……」
皆息も絶え絶え、でも誰も死んでいない。後はか細く漏れる奴の息の根を止めるだけだ。
「……ふぅ……ふぅ……」
その大きな手が、かつて苦し紛れに投げたブジンさんの特大剣を掴んだ。そしてゆっくりと体を起こしていく。
しゃがみ立ちの姿勢で、特大剣を正面に構えた。その鋼の銀光が、上へ上へと昇っていく。上段に構える事で、多量の傷を負い醜くなった左半分の顔を腕が隠す。
「ラスボスはラスボスらしく……
スゥー……と細く長く息が吐かれて、右の顔が鋭い雰囲気を帯びていく。人を捨て獣の身体となった悪魔から、一瞬感じた人の鋭さ。
その全身を黒い炎が燃え包む。
赤でも青でもなく、黒。
その黒は、魂が焦げる程の熱を物語っていた。
やばいっっっ!!!
「退けぇえええええ!!!」
「
数千年間
あまりの風圧に、地面に溜まった土埃がぶわっと舞い上がる。
「何故奴が剣聖の技を!!?」
間一髪躱していた怪物が
その風と衝撃に体勢を崩し尻もちをついたライさんの頭上に、「あっ死にました私ぃ」
「二連」
「ぶっ!」
またもや風圧で土埃が舞い上がる。
ライさんは、少し離れたところで脇腹を抑えて「かはっ!」と咳き込んでいた。あの刹那、咄嗟に手が届かないと判断した怪物が大槍を横薙ぎに振るう事で、ライさんを吹き飛ばしていたのだ。
手荒だけど死ぬよりはいい!
「ナァイス怪物!!」
白狼の衰え切った小枝のような細腕でさえ、受けた怪物に膝をつかせるだけの威力があった技だ。それをあの巨体で振るわれたんだ。威力は比較にならない程強い。武器で受けなかった怪物の判断は正しい。
「そうかっ!!悪魔は臨死体験で武術を学んできたんです!!それも最強の武術を!!剣聖の技を!!」
エストさんが叫んだ。それはある意味皆が最も聞きたくなかった、最悪の情報だった。
悪魔が笑う。
「刃物と刃物。ミスの許されないデスマッチさ!」
一撃必殺。悪魔の振るう特大剣にはそれだけの威力がある。対して悪魔も満身創痍。魂を燃やす事で辛うじて命を繋ぎとめている程度。一発でもクリーンヒットが入れば奴とて倒れる。
「
ほんの少しでも位置取りをミスれば、ほんの少しでも逃げ遅れれば、ほんの少しでも連携に粗が出来れば、確実に誰かが死ぬ!
その途轍もない緊張感が全員の顔を強張らせた。手汗で湿り、喉が渇いていく。のしかかる重圧が思考を狭く狭く押し込んでいく。
「
絶対にミスれないのだから、自分が最も得意とする技だけを、慣れ親しんだ動きだけを、無意識的に選択してしまう。
「
車輪が回転するかのように、炎が下から絶えず燃え上がっていくかのように、加速する延延の剣技を、間一髪躱してきたジェニが僕の隣に着地した。
既にもう一度魂を再燃させている。息も切らしかけ汗もだらだら、激しい消耗からその顔には険しい色が浮かぶ。
悪魔は特大剣を腰に溜め、大きく足を開き、重心を落とし、半身を捻っていく。その右目が、僕とジェニの姿を捉えている。
「ねぇジェニ」
そんな状況にはあまりにもそぐわないフラットな声音での呼びかけに、不思議そうに覗く赤紫のアメジスト。
「ミスってもいいよ」
そう笑いかけると、僕は全ての意識を腰に納刀し直した太刀に向け、目を瞑り、構えをとった。
光も音も何もかもが削ぎ落されていく。何もない水の中にいるかのように、心も感覚も澄んでいく。
あの時、白狼が恐怖に怯えながら仏像を彫り続ける姿を見て、戦いの中に毎日身を置く姿を見て、思ったんだ……
この先、寿命一杯使い切ってもこの剣を超える事は出来ないんだって。
遥か格上の才能が、これ以上ないほどの努力をし続けた結果が、あれらの剣技になっていた。
才覚も努力も劣り、ランジグに住む以上寿命も五十年と短い僕じゃあの極地には至れない。当然の理論だ。
でも諦められなかった。それでも諦めきれなかった。だってジェニなら、いつかその上すら飛び越えていくから!
僕も、隣に居たいから!!
だからあの日からずっと、只一点、コンセプトが好きなこの技だけを磨き続けた!!
鞘の中の勝。抑止力とすらなるこの技を!!
やがてささやかな波やそよ風も凪ぎ、水面が鏡面のようにぴたっと静止した。
この身を熱い炎が覆っていく。
やっと理解した……
“今生きたい”という思いが極まった時、一生に打てる心拍や細胞分裂を対価にして、未来を燃料に
短時間なら死をも誤魔化してしまう、あまりもに激しいそれが可視化されることで、魂が燃えているように見えるんだ、と……
瞬間、かっと目を見開き、今にも技を発動させようとしている奴の姿を捉える。
「
と悪魔が、
「
と僕が、二つが同時に姿を掻き消した。
次の瞬間、二つは互いに背を向けあった状態で剣を振り抜いて静止していた。
ドオォンッッッ!!!
遅れて衝撃と音と豪風が第六層を駆け抜ける。
プシッ!
僕の
焼けるような熱を感じて手で抑える。切れたのは皮と筋肉が少しか……
ブシャアアアァァァァァァ!!
悪魔の
両者痛み分け。しかし、悪魔の特大剣に対して、普通の太刀である僕の方が大きな傷を負わせていた。
【余談】
アニマが因果を辿ったように、悪魔もまた因果を辿った。
彼は他人との繋がりを捨てている。そんな彼に因果を持つ存在が一世紀弱ほど昔に存在した。
それが若き日の白狼だ。
いつかランジグに行く日が来ると、白狼は古くから伝わる禁足の地である第六層に一人で下見に行った。
その時、悪魔と対峙した。
当時肉体的には全盛の白狼でも悪魔には遠く及ばず、重傷を負って帰還した。
白狼は怪我の理由などを生涯話すことは無かったが、この一件が強くならねばという白狼の原点になり、後の剣聖を誕生させた。
妥協のない非情な程の軍拡もこの為である。
その常軌を逸した執念が悪魔との因果となった。
対して悪魔も白狼という強者を気に入っていたが、成熟した白狼やキメラモンキー達と戦わなかったのは、重傷によって既に死んでいるものと思い込んでいたからだ。
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