第246話 蘇生と甦生


 『僕が、このパーティーの英雄ヒーローになるんだ!!!』


 いつからだろう。僕の中で、英雄がヒーローになったのは。


 いつからだろう。僕の中で、憧れが混同したのは。


 いつからだろう?


 開いた眼に突然入り込んできた真昼間の日差しがきつく、一度死んでいた事も相まって、ぼやけた視界に明順応までの時間が遠く感じる。硬い地面の感触がやけに懐かしい。


「アニマ!!」


「王子!!」


「アニマっ!!」


「アニマ君!!」


「アニマぁ!!」


 ジェニ、エルエル、怪物、エストさん、お母さん、ジャンやサイモンや他の皆も。意識を取り戻した事に気づいた皆が僕を呼んだ声で、やっと自分が帰ってこれた事に実感がわいてきた。


 膝枕してくれているジェニ、大泣きのエルエル、あのエストさんが端正な顔に鼻水まで流してる。その光景に、小さな笑みがふふっと浮かぶ。


「奇跡だ!!……奇跡だぁ!!」


 怪物が僕の脇を持ち上げ、急遽視界が四メートル程の高さになる。そこから見る怪物の男泣きした嬉しそうな表情が一際印象的だった。


 そんな僕を見上げる顔たちと目が合う。


 『さぁやっちまえ!!!僕の英雄ヒーロー達!!!』


 そう思ってしまうのも仕方ないと、今なら可笑しくさえ思う。皆の存在は、僕にとって余りにも都合が良過ぎたから。


 いきなり激しく動かしてはダメかと再びジェニの膝の上に降ろされる。


 『……僕も……なれたかな……君の英雄ヒーローに……』


 だからあんな自己犠牲を美談としてしまったんだと。


 『英雄ヒーローってのは、全員助けて勝っちゃうんだ……!!』


 そりゃあ凄いさ、かっこいいさ。けどね、ヒーローってのは本質的に自己犠牲を孕んでしまう。

 

「アニマぁ、アニマぁ、アニマぁ――――」


「うん、うん、うんアニマだよ」


 膝枕しながら覗き込んでくる上下逆さまのアメジストの瞳から、涙がぽろぽろ落ちてくる。


「アニマぁ、アニマぁ――――」


「ちゃんとアニマさ」


 その手を掴んで僕の頬に添え、もう一方でその頬に触れる。


「アニマぁ――――」


「もう泣かないで。サイモンにまた殴られちゃうよ」


 冗談めかして微笑みかけると、不器用にふすっと笑うもまだ涙が抑えきれないジェニ。頬に触れた親指で涙を拭う。


「ランジグに帰ったらバヘン奢ってあげるから、ね?」


「う……うええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん……!!やくそくぅ……!!それ、やくそくぅ――――」


 なぜか更に泣き出してしまった。


「アニマ!」


 ひしっ


 お母さんに抱きしめられた。背中にしわが着いちゃうくらい強く、強く。濡れた頬が、僕の頬を滑る。


「お母さん……僕ね、いっぱい話したいことがあったんだ……」


「……」


「……いっぱい」


「……」


「……」


 あれ、本当に沢山あるのに、いざ口を開こうとすると何も言葉が出てこない……


「……お帰りなさい、アニマ」


「……ただいま……ただいま、お母さんっっただいまぁぁぁ……!!」


 お母さんの襟元がどんどん濡れていく。お母さんの背中の方が沢山のしわをつくっていた。


 …………


 ……


「だからね、あの時怪物を助けたのも僕だったんだよっ!」


「……不思議な事もあるもんだ……」


 お母さんに抱きしめられながら、僕は臨死体験中に見て来た事を皆に話していた。


 ジェニやエルエルは言わずもがな。


「おお、なんとっっっ!!素晴らしいっっっ!!」


 エストさんはすっかりテンションが上がっちゃってる。


 僕は誰かが近くに持って来てくれていたのであろうリュックサックから【時渡の王子様】を見せ、


「ねぇお母さん!この王子様のモデルが僕なんだよ!凄いでしょ!脚色も凄いんだっ!サリウリもノリッノリだったんだよ!」


「ふふふっ楽しい夢を見てきたのね」


 その笑顔は、子供の頃向けられたものと同じ、温かなもので。


「そうだ!ビッグニュース!生きてるよお父さん!」


「!?」


「魂の天の川に接触する時、死んだおじいちゃんやおばあちゃんたちの魂が見えた。でもそこに、お父さんの魂は無かったんだ!もう死んじゃってたらそこに居たはずでしょ!?」


 あれは魂の天の川に帰属することを拒んで、無垢にならずに僕らを見守ってくれていた魂達なんだろう。守護霊のように。


「だって、約束を果たさないままに、成仏してしまうような男じゃない!」


 僕を抱きしめていたお母さんから腕の力が抜けていく。


「四年も生きてたんだ!帰ってこれない理由があるだけで、今なお絶体絶命の危機真っ只中とは考えにくい!お父さんは必ず、生きてる!」


 お母さんは口に手を当て、声を押し殺し、何度も何度も袖で目元を拭った。


 ずっと一人で信じて来た。ずっと一人で頑張って来た。どれだけの心無い否定の言葉を浴びてきた事か。どれだけの不安に圧し潰されそうな夜を越えてきた事か。


 それが今、溢れて、零れて、解れていった……


 ドクンッ――――


 鼓動の音が聞こえる……


「アニマ君と同じ能力を持っていたという事は、」


 流石はエストさんだ。もうその考えに行きつくとは。グローブを締め直し、バックラーの持ち手に腕を通している。


 僕もエルエルとお母さんの腰に腕を回した。


 ドクンッ――――


「なにこれ、鼓動?」


 誰かが呟いた。


 ドクンッ――――ドクンッ――――ドクンッッッ!


「……はははははははははっっっはっはっはっはっは……!なーっはっはっはっはっは……!!」


 全身を蛆が這うかのような不快極まる重低音。ゆっくりと胸から起き上がっていく巨体に青ざめた視線が集まる。


「おはよう世界!!やろうか!!!!」


 禍々しい翼と大きな尾を失い、左目と左耳の半分と左角の半分と左手の薬指と小指を失い、脚や腕、そして穿たれた心臓から鮮血を流して尚、


「うそ……だろ……」


 その凶暴な笑顔が恐怖を掻き立て、皆の心を……挫いた。


 その近くにいたスモーカー一派の冒険者達の顔が絶望に染まる。


 スモーカーさん、モドリスさん、サイスさん、アブドーラさん、ミッドレアムさん、タコンさん、ライさん、ゼダーさん、ミサミサさんは、皆血だらけの満身創痍。黒炎竜さんに至っては瀕死の重症。


 戦いが終わり十分かニ十分か、正確な時間は分からないけど、既に戦いの興奮は冷め、疲労がどっとのしかかっているはずだ。今からもう一度など到底……


 対して同じく満身創痍といえど、あの巨体はぷちっと踏みつぶすだけで全てを殺してしまえるのだから。


「きゃぁ!!」


「うおっ!!」


 雑に振るわれた腕がミサミサさん、タコンさん、ミッドレアムさん等三人を纏めて吹き飛ばし、突進した脚に男どもが轢き転がされていく。


 悪魔は止まることなく、勢いのままその手がエルエルに伸ばされる。


 その腕はエストさんと、ミサミサさんが弾いていた。さっき殴られ這いつくばっていたはずなのに、もうここまで走って来ていた。


 僕はエルエルとお母さんを抱え、猿の楽園の子供達が密集する方へ。そこで下ろし、エルエルを振り向いて笑う。


「安心して、今度こそ離れないから……!」


 こんな危機だというのになぜか嬉しそうに笑って涙を流すエルエル。


 再び悪魔を向き直り、音が立たないように太刀を抜き放った。


 ――――誰かを助ける為に自分が潰れるのはまっぴらごめんだ。


 周りの誰かが同じように傷つくのも嫌だ。


 怪物やエルエルといった超人も、エストさんやジェニといった天才も、ヒーローであることを期待されたら潰れてしまう。


 だからもう、ヒーローはいらない。


 僕が憧れたのはそんな窮屈なものじゃない!


 もっと自由で、もっと独善的で、もっと強欲で、最高にかっこいい……!


 僕が憧れたのは、英雄えいゆうだ!!






【余談】

英雄は背で示す。


【もっと余談】

アニマは今臨死体験をしてきた事がトリガーとなり、生まれた時から特殊な魂を持っていた。

そんなアニマと同じ能力を持っていた悪魔は一体いつ臨死体験をしていたのか?

アニマが悪魔とリンクしてその過去を覗いた時、悪魔は既に強者だった。奪う側の人間だった。

そして獣化薬により本物の悪魔と化してからは、今まで続く不敗神話だ。

アニマが魂の天の川の旅を経て再び目覚める事が出来た瞬間に、アニマが描いていた仮説が証明された。

アニマが臨死体験をするのは悪魔のせいであり、悪魔が臨死体験するのもアニマのせいだった。

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