第245話 恩人と恩人
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第三層から第四層へ続く階段の前。空と大地を覆う鬱陶しいほどの大森林から解放された僅かな広場。太陽に晒された土は、ちゃんと乾いた色をしている。
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」
ビリビリとした咆哮が、取り囲むクリーチャーの群れを竦み上がらせた。振るわれた剛槍が胴を抉り、肉片が放射状に撒き散らされる。
それが地面に染みを作る前に、また次の肉片が吹き飛んで、吹き溜まった桜が春の嵐で舞い踊るように、血桜が狂い咲く。
死を覚悟した一人の男の、凄まじい戦いだった。でもそれ以上に、悲しい戦いだった……
最後の力まで搾り切ったとばかりに、満身創痍の怪物は地に倒れた。
「死んじゃダメだ!!」
僕は居てもたっても居られずに駆け寄ると、倒れ伏す怪物の腹の下に潜り込んで全身で、「ふん゛ん゛んんんんん!!」意識のない人間は重いと言うけど、怪物の巨体は比にならない!重すぎる!
ジュウゥゥ……
「い゛っっっ!!」
怪物の身体に付着したブスガエルの毒が、密着した僕の肌を溶かす激痛に、持ち上げかかった肘と膝がガクッと折れて「う゛っ!」巨体に潰される。
「死なせる……もんか……!!」
腹の底に力を入れ、奥歯をきゅっと噛み締めた。プルプルと全身の震えが傷ついた怪物をも揺らしてしまう。下手に動かしてしまったら傷口が悪化する、或いはさっき倒れたみたいに衝撃で追い打ちをかけてしまうかもしれない。
応急手当の大原則として、患者は動かさない方がいいと決まってる。素人仕事だ。僕がやろうとしている事が裏目に出てしまうかもしれない。そんな不安が鈍らせる。
「腹ぁ括れ……!!」
気合を入れ直すためにあえて口に出した。「ぐぎぎっ……!」一歩踏み出す度ずしんと重みがのしかかる。筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋み、関節が異常を叫ぶ。
「い゛い゛っっん゛ん゛!!」
瞬時に傷が無かったことになるせいで、僕の肌を溶かす痛みが常に新鮮な状態の激痛として襲ってくる。体の防衛機能が働かないせいで百%毎秒でだ。
だからこそわかるんだ……!
怪物の痛みが!苦しさが!一刻も早くこの毒を洗い流してあげなくちゃ!!
一歩進む度に骨が折れる。関節が外れる。倒れる度にあばらがへし折れて肺を串刺しにする。背中や首や腕は毒で爛れて激痛が走り続ける。
それでも!!
「絶対に……死なせる、もんか!!!」
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
いったいどれだけかかったか……体感的には数時間経っていてもおかしくない程の疲労感。けど、ようやく目の前に小川が見えた。
小川の上に怪物を仰向けに寝かすと、手で水を掬って全身に沁み込んだ毒を丁寧に洗い落としていく。
大丈夫だ……傷口に水が触れた痛みに反応があるし、体温も下がってない。不規則だけど呼吸も途切れてない。
小川から何とか運び上げると、怪物のリュックサックに入っていた救急箱から取り出した包帯を傷を負った全身に巻いていく。
一々体を持ち上げなきゃいけないから滅茶苦茶重労働だった。
その後は、濡れた体が冷えすぎてしまわないように火を焚いて、近くから食べられそうな果実や野草を集めて、その際中にも外敵が来ないようにずっと気を張って周囲を警戒していた。
そうしている内に浮遊感を感じた。
まだ寝床の安全が確保できてないし、もっと傷が治るまで看病していたいけど……それに、この時代の怪物とまだ一言も話せてないからちょっと寂しいけど……
でも、後はもう怪物が自分の力で頑張れるってことなんだね。
時は流れ、クリーチャーズマンションをまだダンジョンだと思っていた頃の僕とジェニが、第一層にやって来た。
「さてと。装備の確認は済んだ。準備は整った。それじゃあ行こうか、冒険に!」
「あいあいさー!!」
二人は元気よく巨蟻の洞窟を突き進んでいく。ははっ、自分をこんな風に俯瞰して見てみるってのは面白いな!
「巨蟻の洞窟は入り組んどるからルートだけは間違えやんようにな!落とし穴も多いからきーつけて!」
「大丈夫足元には気を付けてるよ!」
「それと、」
「うわっ!」
蜘蛛の巣に顔から突っ込んで……おいおいええっ?だっさ!僕あんな間抜けな顔してたんだ!やばっはっっっっっずぅぅぅぅ……
その後も事あるごとにジェニに見惚れてるわ、無防備な胸をガン見してるわ、ほんと……!ほんっと……!
二人は無事第二層へ足を踏み入れ、泳いで遊んで語って寝て――――
……まぁでも、そっか……やっぱりそうだったんだ……
「約束が口癖で終わりませんように」
あの願いには無事に帰ると言ったブジンさんとの約束と、もう一つ違う約束も含まれていたんだ……まったく欲張りで……笑っちゃうくらいジェニらしいや……!
背景ではメガロドンにドゴーンされて駆け抜けて、階段前の砂浜に倒れ込んで笑ってる。
ジェニはこの時からこんなにアピールしてくれてたんだ。いいから告れヘタレ!なにこてこての鈍感少年やってんだよ、そんなの見飽きたよ!食傷だよ!
「ん?」
「アニマ?」
え!?突如過去僕がこっちを見た。偶然にしては眼と眼が合い過ぎている。
「なんか誰かに見られてるような感じがして……」
僕すげぇ!
そうこうしている内に第三層へ。忘れるはずもない。サーベルタイガーとの逃避行。滝落下。絶体絶命で、怪物来た!そうだよ怖いんだよこの時の怪物ぅ!
服はボロボロだし、髪は伸ばしっぱなしのぼっさぼさで、顔は見えないし雰囲気は暗いし――――
ジェニの傷口に針を通していくその姿に。
でも、やっぱいいやつなんだよなぁ……
「……命の恩人。受けた恩義は、全霊をもって返す」
ははっ、きょとんってしてる。そりゃ分かる訳ないよなぁ。意味わかんないもんなこれ。同情するよ僕。
その後、とても奇妙なものを見た。それを見て何が起きているのか辛うじて理解できたのは、僕自身が奇妙な体験をしている最中だからなんだろう。
ジェニの身体から魂が浮き出て来たのだ。
ふわり飛び出した魂は、暫く付近をうろついたかと思えば、ゆっくりと天に向かって昇り始めた。
それは生物が死んだ時に、魂が昇っていく光景と同じに見えて……
いや、大丈夫だ。ジェニはここじゃ死なない。この後意識を取り戻したジェニと恥ずか死イチャイチャ口移しイベントが待ってるんだから。
それに言ってたじゃないか、なんか気障ったい奴が止めに来たって……あっ。
「そっち行っちゃダメだ!!」
その先へ行ってしまったら魂の天の川の一部になってしまうんだ!僕がバグなだけで、普通はそこで終わりなんだから!
そんな僕だってあの時ジェニの声が聞こえて無かったら自我を失ってたんだ!一人じゃ決して帰ってこれないんだ!
ジェニの魂を引っ張る。
「ねぇ!君は!?」
そんな風に声が聞こえた。
「君のことが大好きな亡霊さ!」
僕は素直な気持ちでそんな風に答えていた。
そして、ジェニの身体にダンクシュート!
よく見ると、胸がゆっくり上がったり下がったりし始めた。
うぉぉぉおおおおおおおおありがとう僕ぅぅうううううううううううううう!!!
ナイス判断!!
…………
……
「約束やで……ぐすっずるるる……約束、したんやからぁ……」
ジェニの声が聞こえる。泣いている声が聞こえる。聞こえるはずのない声。でも、この声を頼りに……
【余談】
臨死体験は魂が体を離れるトリガーの一つで、魂だけとなったアニマにジェニの声だけが聞こえたのは、ジェニも同じく魂だけになったことがあったからだった。
一度魂を体験した存在は、魂に干渉し得るのだ。
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