第243話 生産と清算⑥
**********
「いつの間にか、その場から消えてたんだぜ……アニマの存在がまるっきり嘘だったかのように……」
「ははーん!どっかに隠れてたんだろー!」
オスのキメラモンキーの膝の上にちょこんと座る小さなキメラモンキーが、父猿の語り口を見上げて言う。
「こらこらっ、話は最後まで聞くんだぞ~?」
うりゃあ!と脇をくすぐられ、子猿はうきゃうきゃ笑う。
「その後、パパたちもめっちゃ探したんだ!けど、見つからなかった!それに、それが正解なんだっておもったんだ!変だろ~?なんでか分かる~?」
「……え~!わかんない~!なんで~!?」
「アニマはな、神様だったんだよ。子供の姿をした神様、知恵の神様だったんだ」
「かみさま?」
「神様って言うのはねぇ~!めっちゃすごい、それこそ、自分には絶対出来ない事を出来る人の事を言うんだよ~!」
そこに、編み物を終えたエヴァーランが加わった。
「だって十二歳くらいの子供なんだぜ!?それが木を刀でザバッて切り倒したり、こ~んな大きな狼を倒したり、俺達んが知らないことい~っぱい教えてくれたり!」
「すごーい!」
「すごいだろ~!?お前の名前は、そんな凄い奴の頭文字を貰って付けたんだ!」
「えぇ~!すげぇ~!」
「だからきっと強くて優しいやつになるんだぜ、アナークン」
最後にそう締めくくって、アダンダンは我が子の頭を愛おしそうに撫でるのだった。
**********
魂の天の川を漂う……
アダンダン達の幸せそうな暮らしの光景が見えている……
もう……見せないでくれ……
僕には……こんな幸せを覗き見る資格なんてないんだ……
何もかもが間違いだった……
クリーチャーズマンションを攻略するんだ!英雄になるんだ!……なんて身勝手な夢を見て……その実、僕達がやったのは……
カラスモグラ、ミミーアキャット、キメラモンキー、サーベルタイガーや紅熊達でさえもそうだ……彼らはただそこに居ただけ……
ただ普通の暮らしをしていただけで……
彼らにとって、僕達こそが侵略者だったんだ……
食物連鎖や弱肉強食……そんな都合のいい言葉で言い訳して……勝手に住処に踏み込んで、荒らしまわって、殺しまわった巨悪……
怨んで然るべきキチガイ共だったんだ。
自分の為の戦い……?
ジェニを守る為……?
仲間の命を預かるリーダーとして……?
そんなのクソだ……!無意味だ……!
僕には何の価値もない……あるはずもない……
他人の幸せを奪った奴が、幸せになんてなっていいはずがない……!
正義?悪?
鼻で笑ってしまうよもう。
何もかも要らなかった。何もかも欲しがるべきじゃなかった。自分達が困らないだけあればいいだって?
その考えがもう既におこがましかったんだ。
腰の太刀を抜いて、首元に当てる。涙に潤んだ瞳でそれを見ながら、スッ……
……
次の瞬間には傷は元から無かったかのように消えていた。残ったのは一瞬痛みを感じたという記憶だけ。
「ううぅぅぅぅ……ぅぅっぅぅううぅぅぅ……」
何度も何度も太刀を引く。無意味だと分かっていても、何度も何度も。虚ろな瞳で太刀を引いた。
僅か一時の痛みだけが、僕の愚かに罰を与えてくれているようで……
アダンダン達が死んでから時間の流れは再び加速したようで、もうあれから何百年、何千年経ったのかさえも定かじゃない。
僕はただ膝を抱えていた。
後悔とか……自傷とか……どうでもいい……何もかも無駄なんだから、考える必要もない……
人生に意味は無いし……死ぬ意味も無い……
だからこうして何もせずに、何も考えずに、ただタイムラプス映像のように高速で流れていくクリーチャーズマンションの光景をぼーっと眺めている……
時の流れと共に各々の進化や適応を見せて、第四層、果ては第三層まで散らばっていたキメラモンキー達が、いつの間にか、第四層の僕達が作った簡易拠点が元となった始まりの村に集まっていた。
恐ろしいまでの強さとカリスマで部族を纏め上げた個が現れたからだった。
キメラモンキーとしては珍しく全身を白い体毛で包んだそいつは、木の棒や冒険者が落としていった剣などを使って、丁寧丁寧丁寧に武術を教え回っていた。
冒険者が身に纏う防具や鎧なんかも調べ上げて、自分達が使えるように改造したり、一から模倣してみたりしていた。
始まりの村では、逃げ遅れや負傷して戦意を失くした冒険者達の子孫を代々家畜として飼っていたが、消費より生産をと、積極的に子を産むように言いつけ、その規模をどんどん大きくしていった。
そしていつからか、大規模な冒険者狩りを始めた。
死屍累々の中を一刀の元に斬り伏せ、無傷で無双する姿に、その個はいつしか剣聖と、白き狼と呼ばれるようになった。
剣聖は剣の鍛錬を毎日欠かさず行っている。それだけにとどまらず、他の者の稽古や村全体への指導や人間達の教育やそれに伴う会議にまで出て、多忙な一日を繰り返している。
はずなのに、彼は殆ど寝ていない。
二十代かそこらの働き盛り。少しでも休息を取りたいはずなのに、夜、自室に入ると朝方まで何かをしている音がする。
ある日、僕はふと気になって覗いてみた。
カンッカンッカッカッカ……カンッカンッカッカッカ……
作業用に畳に轢かれた
視線は形になりつつある仏像をただ一点に見つめ、ゴリッゴリッと真摯に丁寧に彫り進めていた。
「「なんでこんなことを……?」」
不意に零していた呟きが、いつの間にかそこに居た誰かの呟きと被さった。
白狼がゆっくりと視線を上げる。そこには白狼とそう歳の変わらない若い女性のキメラモンキーが佇んでいた。
「……姉さん……」
そうとだけ言うと、「……」また黙々とノミを動かす作業に戻る。
二人とも、僕の存在は見えてないらしい。そりゃあそうか。僕は地に足をつけていない。
ゴリッゴリッゴリッゴリッ……
「今やあんたの肩に一族全員の命運がかかってる。こんなことがあんたがやりたかった事かい?寝る間も惜しんで」
「……」
ゴリッゴリッ、ゴリッゴリッ……
「冒険者狩りを始めた以上、狩れば狩る程強い敵が踏み込んでくる。買う恨みも大きくなっていく。今までとは違って組織的に狙われるようになる。あんたら男どもはまだいいさ。いざとなれば戦えるんだから。
……でも私ら女は守らなきゃいけない家があるんだよ。投げ出しちゃあいけない命だってあるんだ」
「……」
ゴリッゴリッ、ゴリッゴリッ……
ガバッ!!
「あんたが見せた夢だろう!!」
その胸倉を勢いよく掴み上げて。
「今あんたが倒れちゃ、誰が代わりに戦うんだい!!?私が戦えばいいのかい!!?ぇえ!!?」
手のひらから落ちたノミがコロコロと転がっていく。
「…………敵じゃない」
「……はぁ?」
「……人間達は敵じゃない……友なんだ……いつか同じ土を踏んで生きる日が来る……!!」
二人は視線を一切逸らさないまま、数十秒の時が流れた。
「あんた……」
「怖いんだ……姉さんっ」
っっなんだあれは……!?
幻覚だろうか?その時、白狼の全身に何本もの血塗れの腕が、亡者が、纏わりついているように見えた。
「……怖いんだよ……」
白狼ほどの偉丈夫が芯から身を震わせている姿に、「……」姉もそれ以上何も言わずに部屋から出ていった。
「……」
ゴリッゴリッ……ゴリッゴリッ……
白狼は何故毎夜毎夜仏像を彫っていたのか?
剣聖ほどの実力者が、なぜ怖いと身を震わせていたのか?
そんな疑問に取りつかれるように、僕は再び考え始めた。
背景では白狼たちの生活風景が流れている。
時に仲間のキメラモンキー達と稽古したり、時に冒険者と戦ったり、時に姉の子を高い高いとあやしたり、時に黙々と仏像を彫ったり……
やがて仏像の数も増え、猿神様を祭る祭壇の間に沢山並ぶようになった頃。
そうか……そうだったのか……
新しく出来た仏像をその並びにそっと加えている白狼の姿を見て思った。
『罪に潰され、業に滅ぶことなきよう、贖い生きろ』
そういう……ことだったのか……
ほろほろと涙が……涙だけが滴っていく……
何が正解だったのか、何が間違いだったのかなんて、後になっても分からなかったよ……
ただあの時こうしてればよかったなんて身勝手な後悔ばかりが募って、生きてる意味が分からなくなって、明日が見えなくなっていったよ……
既に奪ってしまったものに対して、加害者側が出来る事なんて何もないのかもしれない。謝罪も賠償も、被害者からしたら恨みを煽るだけのものになるのかもしれない。
だから、取り返しがつかないから、無限に辛い気持ちになるだけだから、もう何も考えたくないって、考えないようにしていたよ……
そうじゃ、無かったんだね……
正しさとは、自分の事を強く信じる事で。
生きるとは、考え続ける事だったんだね。
……もう、この命が無価値だなんて思わない。
人生に意味なんてものは無いけれど、この人生に価値が無いなんてもう思わない。
ジェニやお母さん、怪物やエルエルやエストさんやブジンさんやカナリアさんやジャンやサイモンやサッキュンやスモーカーさん達、皆の顔が浮かんでくる。
だって僕には、僕の帰りを待っていてくれる人達がいるんだから。
皆の為に何が出来るか、キメラモンキー達の為に何が出来るか……
考えて、考えて、考えて……
考えて、生きていくよ。
「……ありがとう」
僕は彼の技を、生き様を目に焼き付けるように、また剣を振り始めた。
【余談】
清算とは謝る事ではない。
一度で済ませるものではない。
考え、考え、考え抜いて、何度も何度も足を運び、面と向かい合っている内に、少しずつ、少しずつ、解れていくものだと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます