第242話 生産と清算⑤
「まだまだ日中だから直射日光で喉が渇くし体力も消耗する!取り敢えずテントの中へ移動しよう!僕が腕を持つから、アダンダンは脚を持って!」
「いぎっ」
二人で協力してエヴァーランをなるだけ揺らさないようにして持ち上げる。重たくなった体のせいもあって痛そうだけど、暫しの辛抱をしてもらうしかない。
テントの中、干し草で作ったベッドに寝かせ、僕は冒険服の中に着ていたシャツを脱ぎつつ、
「アダンダン、竹鍋を二つ、水を張ってよく沸騰させてくれ!沸騰したら片方は人肌になるまで冷ましてその温度をキープ!もう片方はこのシャツと布を数枚入れたまま火にかけ続けて!」
「お、おう!」
「……煮沸と……産湯の準備はこれでいい……ベッドも良し……あとは……あとは……」
「アニマ……なんか全然大丈夫になった……!なんか、えっ?てかお腹空いてきた」
自分で自分に半笑いになりながら、エヴァーランはそう言った。
…………
……
夕刻。
「また来た……!また来たよぉ……!痛いぃぃぃ!痛いよぉアダンダン……うぅっぅぅぅ……」
数時間前まで普通にアダンダンが採って来た果物とかを食べていたのに、今は数分おきに襲い来る痛みの波に、とうとう涙まで流してアダンダンに縋りついている。
「これが世に聞く陣痛……」
僕は壮絶な光景に小さく呟いていた。
煮沸が済んだシャツや布は干してある。一応用意した産湯はまだ必要ないらしい。話す余裕が出て来た時にエヴァーランが多分まだと教えてくれた。
「じゃあ僕は追加の水と何か食べやすいものを探して来るよ」
…………
……
日が沈んだ頃。痛くて寝れないかもと言っていたエヴァーランが、疲れからか普通に眠った。
「ふぅー……」
やっと一息……
テントの外に出ると、
「だあああぁぁぁぁ!!俺ん今人生で一番緊張してる!」
ずっとつきっきりで、しかも自分の愛するパートナーという事もあって、アダンダンにかかる負担とプレッシャーは相当のものなんだろう。
「今のうちに僕達も息継ぎしておこう。ご飯を食べて、歯を磨いて、水を浴びて、仮眠をとるんだ」
「いや軽く飯だけ食ったらすぐ戻るさぁ、心配だぁ」
「エヴァーラン言ってたでしょ?人によっては二十四時間以上かかる事もあるって!出産は体力勝負!それは、僕達も同じなんだ!いざって時にふらふらじゃあ誰が守ってあげられるんだよ?」
…………
……
交代で休息を取り、時刻は深夜に差し掛かった頃。
「いっっっっぅぅぅぅーーー……ぅぅぅぅ……つぅぅぅぅーー……」
目を覚ましたエヴァーランが痛みに唸りだした。最初は十分くらいだった陣痛の間隔が、今では三分くらいになっている。
「しっかりエヴァーラン!体勢変えてみる?何か口に入れる?」
エヴァーランは小さく首を振りつつ、「むりぃ……」
「どうすればいいの!?さっきからずっと苦しそうだし、どんどん酷くなってるよ!本当にこれであってるのかな!?」
「分かんねぇ……分かんねぇ……!……頑張れっ!!頑張れエヴァーラン!!頑張れ!!」
…………
……
それから二刻。
「うっおえぇぇぇぇぇ!げほっげふっおえええええええぇぇぇ!」
じょぼぼぼぼぼぼ……と小川に吐しゃ物が流れていく。アダンダンにしがみついて小川に跨り嘔吐している。
「はぁ……はぁ……なんか……この体勢が一番楽……かもぉ……あっウンコでそう……ふんんんんん!!」
「ダメダメ!!赤ちゃん出ちゃうぅぅ!!」
僕は急いでエヴァーランを止める。
「ウンコだと思って踏ん張ったら赤ちゃん出ちゃったみたいな話聞いたことあるよ!!ヤバいって!!」
…………
……
更に半刻。
「いぎっいいいいいいいいいいい……い゛い゛い゛い゛……アアアアアアアアアアァァァ!!」
エヴァーランはもうずっと痛みを叫んでいる。体が変に強張り、目も潰れるくらいにぎゅうっと。
「そんなにいきんじゃ体が壊れちゃうよ!!ていうか酸欠か!!酸欠のがヤバい!!エヴァーランよく聞いて!!ゆっくり息を吸って、痛みに合わせてゆっくーり長く息を吐くんだ!!ゆっくり、ゆっくり、なが~く、なが~~く」
「アニマ、俺んよく分かんねーけど……これ、もう直ぐなんじゃねーかな……」
「多分!多分そうだ!破水はまだ起こってないと思うけど、もういつ生まれてもおかしくないんじゃないかな!アダンダンは産湯と布の用意をお願い!」
「わ、分かった!!」
…………
……
「で、出来たぜ!!」
「おっけーじゃあスタンバイして待機!!」
ばしゃあぁぁ
「……なんか……漏らしちゃったぁぁ」
「破水だぁぁあああああ!!」
エヴァーランが悶えながらも必死に起きようとしているので手伝った。僕の腕にしがみつきながら大便座りの体勢を取っている。その下でアダンダンがいつ産まれてきてもいいように構えている。
いきむ度に揺れてちゃ邪魔してしまうので、僕は肩幅以上に足を開き、仁王立ちでどんと構える。
分からない分からない分からない分からない分からない、これ以上何をすればいいんだ!!何が出来る!!?この体勢でいいのか!?今いきんでいいのか!?
分からない分からない分からない分からない分からない分からない!!
「頑張れエヴァーラン!!!俺んがついてる!!!」
その時、アダンダンの大きな声が。
「頑張れ!!!」
僕も叫ぶ。
「俺達んがついてる!!!頑張れ!!!」
「ん゛ん゛っ!!ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!」
…………
……
「あっ……産まれた……」
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
最初は頭だけ、その後体全部がじゅるんと飛び出してきた赤ん坊を、アダンダンがキャッチした。へその緒がまだ繋がっている。
その時、まだ荒い息も落ち着かぬ間に、エヴァーランが赤ん坊の顔の周りを舐めだした。
「キィィィーーーーーーーーーーーーー!!キィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
赤ん坊が泣いた。
……羊膜を取ってたのか……!
十数分後、胎盤が排出された。それを見たエヴァーランがへその緒を自分の歯で嚙み切った。そのままへその緒を、更に胎盤も一緒に食べてしまい、口は血だらけになっている。
知ってたのか、本能的にそうしたのかは分からない。けど、物凄く合理的な生命の神秘を目撃している気分だった。
「あ……アダンダン、赤ん坊を産湯に、綺麗にしてあげて……僕は、」
食べきれず、だらんと垂れている臍の緒の残りを太刀の先で切ってあげてから、
「……男でごめんねエヴァーラン」
「気にすんなってぇ……これでお尻を拭き合った仲だね!」
ズキッ
『こいつらがおじちゃんの仇なんでしょ!?こいつらがおじちゃんを殺したんでしょ!?……なら俺も一緒に戦う……!!』
「……」
その冗談を、笑ってあげる事が出来なかった。
アダンダンがたどたどしい手つきで綺麗にした赤ん坊をシャツに包めてエヴァーランに抱かせている。
「すげぇなぁ、本当に命が誕生しちゃったんだ……ねぇ見てぇ!口ちっちゃぁ!」
赤ん坊はすぐさまエヴァーランの乳首に吸い付くと、泣き止むと同時に一生懸命吸いだした。
ズキッ
『僕達が正義ってことになっちゃったね』
「もう寝ちゃった……おっぱいあんまり出なかったけど、起きたらでいいのかな……?」
ズキッ
『……生きる……のよ……』
二人は見るも幸せそうに、柔らかそうな頬を触ったり髪を撫でたりしている。
「アニマ」
ズキッ
『僕達が正義でお前達が悪だ!!』
アダンダンが僕の方に向き直った。そして近づいてくる。僕の手を握り、強く握り、頭をばっと下げた。
「本当に……本当に、ありがとう……!!」
ズキッ
『真なる平和と一族の繁栄の為に』
上げられた顔は、涙と鼻水を流しながらも晴れやかな笑顔で。
「そうだ!ねぇアニマ、この子の名付け親になってよ!」
赤ん坊を優しく抱きながらエヴァーランがそう言った。
「いいじゃんいいじゃん!アニマが居なきゃ第四層に来ようなんて考えなかっただろうし、きっとこうして無事に産むことも出来なかったぜ!火の一つも起こせなかったんだから!」
アダンダンは握った僕の手をブンブン振って。
「かっくいい名前頼むよお願い!」
「アニマの『ア』を貰うのは!?アダンダンも『ア』だしぃ!」
「それだ!」と二人はきゃぴきゃぴ騒いでいる。
『いいか皆!一匹たりとも逃がしちゃダメだ!!駆逐するんだ!!』新しく手に入れた白狼の太刀を握り締めて、非武装のキメラモンキー達、年寄りやメスや子共達を追いかける。
『いやぁぁあああ!!』
『お願い助け…………』
『おがぁざん!!!おがぁざん!!!あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああぁぁぁぁぁ!!!』
『悪いことしません悪いことしません……!!』
『お願い、もうやめでええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!』
ザシュッ!ビシュッ!ザクッ!グサッ!ボトッ!
引いて斬るという新しい感覚に戸惑いながらも、お陰で中途半端な斬撃を繰り返してしまいつつも、速く慣れるように、確かめるように、色んな斬り方を試していった。
『なんでおにいちゃんをころしたの……?なんでおかあさんがしんでるの……?なんで……なんで…………ねぇ、わたしが……わるいこなの……?』
他のキメラモンキーの死骸に縋りついて涙を流す幼い子供のキメラモンキーの前に立ち、
『……正義は僕等に在り……』
ザシュッ!
飛び散った血が、床に、服に……太刀に……
「だからアニマが名付けてくれたら絶対頭良くなっちゃうぜぇ!ノーベルノーベル!」
「きっと優しい子になってくれるね!」
二人の声が……二人の笑顔が……
「………………ごめん」
ぼそっ
「いやそんな気負うなって!気楽に気楽に!」
アダンダンは明るく僕の背を叩く。
「……無理だよ……」
「アニマならいい名前つけれるって!あっ触ってみて!ほらぁこの子もアニマに付けて欲しいって!」
エヴァーランが赤ん坊の小さな手を優しく持ち上げると、その五指が僕の人差し指を弱々しく、けれども力強く握ってきて……
「……僕は……なんてことを……」
「アニマ……?」
「なんで泣いてんの……?」
「なんて……ことを……」
そこに……その小さな指に……
「……ごめん……!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなっ!!さっ!!うぅっうううぅぅぅ!!ごめんなさいいいいぃぃぃ!!ごめっざいぃぃ!!」
仕方ないなんて……仕方ないなんて!!
全部っ僕がこの手で殺した!!
正義だ悪だと言い訳して!!虐殺を正当化して!!目を背けてきたぁ!!
何の謝罪かなんてわかっていないはずなのに……二人の手が、戸惑いつつも温かく僕の背を撫でてくれる感覚だけがあって……
「ごめん……ごめんなざい……!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……!!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっあ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!あ゛あ゛あ゛あ゛――――――――――」
【余談】
胎盤を食べる、胎盤食は野生動物の本能行動だ。
野生では出産後、敵から襲われないように血の匂いを早く消すため胎盤を食べて処分する動物や、出産で失った栄養を補給するために胎盤を食べる動物がいる。
また、胎盤を食べず、へその緒も噛み切らない場合もあるが、胎盤は地面で擦れて無くなり、へその緒は一日で乾ききってしまい、自然に取れる。
人間でも胎盤食をする事があり、科学的根拠は無いものの、胎盤食には産後うつの予防や活力の向上、母乳の分泌促進、産後の出血抑制、プラセンタなどの美容成分による美肌効果などのメリットが挙げられているようだ。
ただ生で食べる場合、感染症のリスクがあるので気を付ける必要がある。
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