第241話 生産と清算➃


「エヴァーラン!!!」


 病み上がりの身体で全力で草木をかき分けてきたからかいつもより苦しいけど、かき分ける時間も惜しいと茂みにダイブした先には……


「あたしのテントぶっ壊れてるーーー!!!なぁんでぇーーー!!?」


 竹や細枝の骨組みに笹の葉を乗せたり縛り付けたりしただけの簡易テントがバキバキに壊れていた。その周りを、ショックからか、いやー!と叫びながら走り回っている。


 良かった、エヴァーランは無事だったみたいだ。


 辺りをよく見ると、壊れているのは二人のテントだけでなく、僕のテントも壊されていた。テントの残骸の近くにはかなり深くまでついているひづめの後があって、抜けた体毛も残されていた。


 ひづめの深さから見るに僕より余裕で大きな獣だ。どんなやつかは……分からない。怪物ならきっとすぐに分かったんだろうけど、素人でも分かる痕跡はこれくらいか……


 これ以上の調査は費用対効果が薄い。


 エヴァーランが無事で、皆の留守にテントだけ壊されていた。他の生物の巣にちょっかいをかけるというのはタブーだ。敢えてそれをするという事は、即ち宣戦布告。


 今まで無事だったことから、新たにこの土地にやって来た強い獣が縄張りを主張しに来たってところだろう。


 気性が荒く気の短い奴だ。僕達がここから立ち退く気が無いと判断されたらリアルファイト必至。


 出来るだけ早くこの場を立ち去る必要がある。持てる物だけを持って移動しなくちゃ。


「エヴァーラン!!!大丈夫だったか!!!」


 だきっ


 そんなエヴァーランをアダンダンが後ろから抱きしめた。


「え!?あ、ぶじぶじぃ~!てか見てよ!テントが、」


「あんま心配させんな……」


「……」


 ちゅっ


 不意を突かれたかのように恥じらったエヴァーランが後ろを向いてアダンダンにキスをした。二人はそのままあつーいキスを……


「おい何やってんの!!」


 アダンダンがエヴァーランの顎を指で自分の方へ固定して、熱烈に見つめ合う。


「まだ近くに犯人が潜んでるはずなんだ!!急いで逃げるんだよ!!」


 舌を絡めあって。


「しゅき」


「俺んも」


「だぁぁああああああああああああ!!!」


 二人を引きはがし、「はい持って!!」籠や「これも持って!!」道具を持たせ、「はい行くよ!!」背中を押す。


 ダメだこいつら……!僕が何とかしないと……!






「なぁんで川探してんだぁ?」


「第三層上部から流れるこの川は、本流がど真ん中を通るんだ。だから一番大きな川沿いに進めば転移紋が見つかるはずなんだ」


「んにょ?……ねぇ知ってるぅ~?実はねぇ、壁際にはねぇ、非常階段がぁ」


「正確な現在地がわかってれば階段を探す選択肢もあったんだけどね。クリーチャーズマンションは円柱状だから、真っ直ぐに歩けば必ず五キロ以内で本流を見つけられるんだ。こっちのが確実」


「ほえ?」


「空も太陽も殆ど見えやしない。本当見通しが悪すぎるよこの階層は」






「おおおおおおおおお!!ここが第四層!!食べ物いっぱいじゃーん!!ずるーい!!」


「サラダバイキングと洒落込みますかぁ?」


「洒落込まないよ。おい食べるな!とにかく先を急ぐんだ」


「うるせぇ!!食おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


「置いてくよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」






「あたし海が良かったなー。海辺のコテージで優雅に暮らすのとか最高じゃない!?」


「カニ食いてぇ!」


「それは……いいね!僕もカニって食べてみたいんだ!」


「じゃあさじゃあさ、いつでも行けるようにもっと転移紋の近くに住めばいいんじゃねーの!?おい俺ん天才じゃーん!」


「いや、それは危険だよ。これから暫くはまだ悪意ある獣や肉食獣が転移してくるはずだ。果樹園を抜けた奥なら見つかりにくいことは証明されてるし、いざという時階段から第三層へもアクセスしやすい」






「きゃんぷふぁいやああああああああああああぁぁぁぁあああああああああ!!」


「アニマありがとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!」


「「「イェーイ!!」」」


 ブドウを搾ったジュースを片手に、火を囲みながらハイタッチ。二人とも随分うまく火を起こせるようになったな。


「そいやそいやっさ!五層とか六層とかに戻っちゃダメなんかぁ?包丁とかライターとかあったら楽じゃ~ん?」


「あたしふかふかのベッドで寝たいわ~」


「絶対ダメだよ!!!」


 だらける二人は、突如大きな声を出した僕に驚く。


「あそこには悪魔が居るんだ!!君達が新種の生物だなんて知れたらどんな酷い殺され方するか……!とにかくっ、絶対近づいちゃダメだ!!絶対だよ!!」


 真面目からは最も縁遠い二人は、でも、僕がガタガタと震えている事に気が付いたのか、それが、僕のトラウマである事に気が付いたのか、


「……覚えとくね」


 …………


 ……


「ありがとうアニマ、めっちゃ助かったよ」


 元気そうに振舞っているものの、今日のエヴァーランはどこか調子が悪そうだ。だから集めた枝を八割くらい代わりに持ってあげたら、運び終わった後に優しく頭を撫でてくれた。


「エヴァーランはさ、何で助けてくれたの?」


 だから、打算も駆け引きも介在しない、凄く素朴な気持ちでそう聞いていた。


 テントウムシなどの不味昆虫から美味昆虫食に変わったイナゴをスナック変わりに食み食みしていたエヴァーランは、アダンダンが近くにいないことをさりげなく確認して、


「他所の子供を大切に出来ない奴は、きっと自分の子供だって大切に出来ないと思うんだ」


 特に違和感を感じる程でもなかったお腹をすりすり擦りながら、


「多分、アダンダンにはそんな女だって思われたくなかったんだっ」


 その表情と、優しい手つきで、多分そう言う事なんだろうと思った。






 二人と過ごして、二百八十日。


「この中に子供が入ってんだもんなぁ!うわぁ~!わぁ~!」


 木組みの椅子に腰かけるエヴァーランのぱんっぱんに膨らんだお腹を、アダンダンが興奮して撫でている。


「ふふっ元気に生まれて来てねって願いながら触ってあげてね」


 果樹園の奥に広がる草原の、岩に囲まれた小さな場所にテントが二つ。その周りは草抜きをしてあって、石を組んで作った簡易窯や木組みの椅子や、木の骨組みと編んだ蔓で作った机、硬い石で研いだ石器、巨竹を加工して作った器などが目に映る。


「アニマも触ってみろよ!すっごいぞぉ~!」


 アダンダンが明るい声で呼んでいる。


「……僕はいいよ」


 視線は斜め下の二人の影に。


「十月十日だから……だぁいたい、三百十日?あと一カ月くらいで産まれんのかな!?」


「ふふふっ違うんだよアダンダン。昔の言葉だから、一月は二十八日。二百八十日から十日以内に産まれてくるってことなの!だから……えぇっとあとぉ一週間?二週間?」


「おぉ!おおおお!!楽しみだなぁ!!」


「あいたぁああ!!」


「おぇ!!?」


「今蹴られたいたああ!!」


「おっえゅ、大丈夫!?」


「大丈夫、だけど……つーっ!こいつ元気すぎるわ~!ははっ、そのうちあばらいかれるかも!」


「笑いにくいわ!」


 そう言いながらも二人は笑顔で。


「……なんかね、でもこうやって蹴ったり寝返りうったりする度に思うんだ……小さくてもちゃんと命なんだって」


 感慨深そうに自分のお腹を撫でながら、「でも流石に重くてかなわんわ」と笑う。


 次の日。


「で……ぇ……」


「どうした!?」


 アダンダンが駆け寄る。


「でるぅ……!」


「「!!?」」


 辛そうな声に、僕も作業の手を止めて慌てて駆け寄った。


「え、まだ!あと一二週間は……!?」


「朝からお腹が変だったんだけど……あたしも、まだだと思ってたし……でも……い、っ痛い……!」


「「えええぇぇぇぇっっっ!!」」


「どどどどどうしよう用意なんて何もしてないし!!アダンダン何すればいいの!?」


「産まれる……!産まれる……!何すれば?え?何すればって?」


「お、おいしっかりしてよ!アダンダンが取り上げるんじゃないの!?」


「し、知らねぇよ俺そんなのわかんねーし医者っ医者……!」


「はぁ!?医者なんかどこにもいないよ!エヴァーランごめん僕達は何すればいいの!?」


「わっ……わかんないよぉあたしも……えこれが陣痛なのかなぁ、い痛いっちょと座るのきついかも」


「きついか!?なら俺んが、」


「い゛っっ!」


「ごごごごごめん!!どっどしたえ!?」


「ちがっ生理痛みたいなっ!あとお尻の穴が痛い!!」


「えぇそれってどうすれば!?取り敢えず椅子から降りるか!?寝そべった方が楽かなえとああああどうすれば……!」


 二人ともが混乱している……!ここは大自然だ……!医者も病院も無い!知識も経験も無い!


 医師や助産師の助けを借りずに自分一人で出産するのは、流産や最悪母親諸共死んでしまう可能性が高まって危険だって教えてもらった。


 誰かが助産師の代わりを務めなければならない……!


「い゛ぃ゛たい……!」


 椅子の上で目をギュッと瞑って痛みに耐えるエヴァーランに、


「頑張れ!!」


 その手を握って、


「僕も頑張るから!!アダンダンも!!」


 アダンダンの目を覗き込むと、アダンダンも覚悟を決めたようにエヴァーランの手を握った。


「三人で頑張ろう!!」






【余談】

アニマが目を覚ましてから、アニマは動けない間もアダンダンやエヴァーランに色んな指示を出して簡単な道具を作らせたりしていた。

元々こういう世界で生きて来たアニマの知識は、自然を殆ど知らないデジタルっ子の二人にとってそれは輝かしく見えたのだった。

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