第239話 生産と清算②


 口移しで水を注がれながら、オスのキメラモンキーは僕の額に手を添えている。


「さっきよりはましじゃね?マシンガーゼット」


「マジンゴー、マジンゴー」


「「マジンガー……ゼット!!!」」


 なんだこいつら……?意味わかんない。怖い。ヤバい。フー!とかいってハイタッチしてる。ヤバい。


 太刀……太刀が無い!!?当然武器は取り上げられてるか!ここは……第三層のどこかだろうな。こんな巨大樹の森はここしかない。


 今はいつなんだ?どれだけ時代が進んだ……?僕は……なぜこんな場所に倒れて……?


 尽きせぬ疑問が湯水のように湧いて出ては脳内の思考領域をパンパンにしている中、キメラモンキーのメスが何かを持ってきた。


「たーべてっ」


 大きめの葉っぱの上に乗っていたのは、大小さまざまな種類の芋虫だった。


「いや分かるよ~、分かるんだけど食べなきゃ死んじゃうからたーべないとね~」


 何を食わそうってんだ!!


 痛む体をおしてでも顔を仰け反らせる。


「そんな怖がんなよ~大丈夫大体土の味だってぇ~、火があればちょっとはマシンガーかもしんないけんどさぁ、はいイッキ!!」


「むごっ!」


 メスが持っていた葉をオスが下から持ち上げ、口の中に大量の芋虫が飛び込んできた。


 ぷちゅ


 勢いで噛み潰してしまったそれから、冷たくもねちゃっとした体液か何かが飛び出してくる。おえぇぇぇぇまっずううううううううぅぅぅぅぅ!!


 けど、好都合だ……!キメラモンキーは子供を育ててから食べる。今は怪我と熱で動けないけど、回復した暁には二匹とも彼岸へ送ってやる!


 例え素手でも油断した寝込みを襲ってやる……!今に見てろ……!!


 ぷちゅくちゅ


 おえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!






「なぁなぁなぁなぁなぁ!めっちゃ切れる!サムライソードジャキーーーン!」


「縦に斬るなって!かぐや姫帝王切開なるよ」


「発想グロっ」


 僕の太刀で童みたいにはしゃいでいたかと思えば、試し切りした若竹が入れ物として有用であることに気づいたようで、毎度繰り返される地獄の口移し水分補給が多少は文化的な物に変わった。


「もっと水場の近くに住まないの?」


 黙って警戒し続けるより、情報を集めつつ、相手の油断も誘おうと会話を始めた。


「川の近くはヤバいのがいっぱい来るんだ!」


「この前なんか虎見たからね!死ぬわあれは」


「犬歯が発達してた?」


「?」


「あー、前歯のここの歯、この尖った奴」


「これ?」


「そうそう」


「あー!あー!!こんなんなってたね!イーッって!」


 エヴァーランと呼ばれてるメスのキメラモンキーが指を下に向けて牙っぽくしている。


「サーベルタイガーだ。足は速いし、力は強いし、ちょっとの障害物なら飛び越えてくるし、木にも登る。見つけたら気づかれる前に全力で逃げた方がいい、獰猛な肉食獣だよ」


「へー、アニマ君物識りなんだ」


「戦ったことあるんだ」


「えぇーーー!!聞かせてぇぇーーー!!」






「なぁなぁなぁなぁ!この草ヤバい!見ててぇ!」


 アダンダンと呼ばれるオスのキメラモンキーが草にぶら下がった袋のようなものを潰すと、


「ねっちゃねちゃ!」


「ぬるぬる!」


 中から粘液的な液体が出て来た。一つの袋は手のひらサイズだけど、アダンダンは大量にこの草を抱えている。


「なるほどね、アロエみたいに怪我や火傷の治療に使えるかもしれない。それに皮膚に付けておけば葉や枝で皮膚を切るのを予防できるかも」


 指で伸ばしたりして遊んでいた二匹は僕の言葉を聞くと、名案だと言わんばかりに僕の体に塗りたくった。


 毒性があるかの確認もまだだけど、二匹の指がかぶれたりしていないからそれほど強い毒があるなんてことはないだろう。


 傷口に触れた時には流石に痛みを感じたけど、ジンジンとしていたそれが次第に気にならなくなっていった。


 まぁ今は動けないので薬になると信じて寝るしかない。


 僕が考えている間に、沢山潰して遊んでいたのだろう二匹とも全身ヌルヌルになっていた。


「なんかこれエロくね?」


「……」


 二匹は唐突にキスしだしたかと思うと、どちらからともなく体をまさぐり合い……


「あわわわわわわ――――」


 目の前で情事を繰り広げ出した。






「てんとうむっしてんとうむっし」


 テントウ虫は苦いえぐみがある。ナナホシテントウは鳥に食べられないように目立つ色をしている訳で、体から苦い液体が出る。


 けど虫の中では無しではない。何より捕まえやすい。


 オスのアダンダンは好奇心旺盛で活発な性格かと思いきや、どこに行くにもメスのエヴァーランを誘うかまってちゃんな寂しがり屋の側面もあるようだ。


「背中何か模様出来てるよ?」


 対してエヴァーランはノリと元気がよく親しみやすいギャルみたいな性格だけど、自己主張少なめというか主体性が無いというか、空気を合わせるのが上手すぎて陽気なギャルに見えているみたいな?


「なにこれ……黒くて……大きい……」


 アダンダンの背中にはナナホシテントウのように黒い斑点が幾つも浮かび上がっていた。流石はキメラモンキーだ。食べた側から体に変化が現れる。


「……おぉ」


 なぜか照れだしたアダンダンの反応に、


「……ちゃっっっ!!事故っ!!」


 かぁぁぁぁっとエヴァーランも赤くなって、バシバシ叩く。


 いつものようにそのままじゃれ合っていたかと思いきや、いつのまにか二匹は二匹だけの世界へ入り、イチャコライチャコラ……


「ひゃぁぁ」


 またしても目の前で行われているそれに、また熱がぶり返してきたのか顔が熱くなった。






「マジで!?アニマ、エルエルちゃんと友達なの!?」


「ソウルメイトさ」


「あの子マジ可愛いよな!エヴァーランとか金髪ぶふっ!きんぱっあっははははははははははははきんっっきんぱっっはははははははははは――――」


 噴き出すアダンダンをエヴァーランが口を尖らせてバシバシ叩く。


「えっなになに!?」


「こいつねっ髪染める前に脱色するの知らなくて、ぶふっ痛い痛いぶふふ、髪の毛に……ぶくすすすす金粉着けて来たのっあっ油でちゃんと混ぜたやつぅっしかもっ……初デートの時っ」


「えへぇ!?」


 エヴァーランの妨害と思い出し笑いを受けながら、


「ちゃってぇー!乙女の頑張り!なぁおい!お前も笑うなアニマ!なぁはは!」


「しかもしかもっ、油の量多すぎて……バケモンみたいに固まってっ……油粘土だっつって――――」


「油粘土っっ!あはははははははは腹痛い腹痛い笑わせないで傷口開いちゃうぅぅ!」


「おいそんなの言ったらこいつだってネギ巻いてきたから首に!!」


「ネェギィ!!?」


「ちゃっあれは微熱あったけど初デートすっぽかすわけにはいかないっていう男心――――」


「でもネギ巻いてくるぅ!?普通に風邪薬で良かったよねぇ!?あのカップルファッションリーダー過ぎだろって行く先々で笑われてたから!」


「ファアッッションリーダー!!」


「おい笑いすぎっ!お前もコスプレいかついくせに!」


「そうそう!銃刀法大違反!」


「えぇ!?僕の地元じゃこれが最先端なんだよ!」


「「嘘つけぇ!!」」


 二して冗談だろと笑ってくる。


「ホントだって!」


 ワイワイガヤガヤ、ワイワイガヤガヤ――――






【余談】

エルエルが可愛いことは周知の事実であり、それは聖女教の信徒でなくとも有名だった。

元が黒髪であるエヴァーランは、そんなエルエルの輝かしい金髪に憧れて人生初の髪染めに挑戦するも失敗。

中途半端に金が入った髪でどうしようかと考えた結果、金粉を塗すという、追い詰められたが故のイカれた発想になってしまった。

でも例え大失敗しようとも初デートに行っただけで、彼女の元来の性格が伺える。


【余談2】

いくら類人猿とはいえ、人間の目から見たら化物の類であるキメラモンキーの情事に顔を赤くするアニマ。

それは彼の性癖が歪んでいるからではない。

何故ならアニマにとって外見というのは本人の魅力を語る上で一番に優先されるものではないからだ。

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