第235話 天使とペテン師⑧
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「誰一人として同じ人間は居ません。でも私達は皆“人間”です。髪の毛の長い人、短い人、縮れ毛の人、直毛の人、二重の人、一重の人、二重の中でもアーモンド形の人、奥二重の人、眉が濃い人、鼻が高い人、福耳の人、唇が分厚い人、頬のこけた人、エラが張ってる人――――
色んな顔の人が居る中で、同じ人間であるが為に美醜の差が生まれ、美人は得だの、イケメン税を払えだの。また、ブスは喋るなだの、目に映るだけで不快だのと、枚挙すれば
かつて私達は肌の違いや人種の違いでいがみ合ってきました。それに懲りた私達は、今度は美醜でいがみ合っている。
それは私達が同じ人間だからです!
人間と人間だから比較して争うのであって、犬と猫なら、パンダとカラスなら、
今こそ、永き枷から解き放たれる時!
街頭の巨大モニターからは、今日も女性の熱い演説が聞こえてくる。
「好きな姿で生きていこう!いやぁー夢が広がるなぁー!俺はやっぱ強い奴がいいなぁ!サーベルタイガーとか!」
「ばっか、虎より巨大熊だろ!最強だぜ熊は!」
「サーベルがありなら俺ティラノな!」
「蛭って……いいよな」
「は?」
「エルエルちゃんの柔肌に吸い付きたい……」
「きっもっ」
「お前、赤は好きか?」
「?まぁ」
「赤と言えばなんだ?」
「?情熱?」
「そう、乳首だ」
「はぁ?」
「赤で思い浮かべるものは千差万別。しかし赤には気分を高揚させる効果がある。マタドールが赤い布で牛を興奮させるように、全ての生物は赤に興奮するように出来ている。何故なら赤は乳首だからだ」
「?」
「根源的に赤を求めているのだ。しかしおっぱいは白いんだ!!!赤で在れよクソがっ!!!ゴミカスがぁ!!!」
「???」
「聞けば母乳は血液から生成されるが、その過程で赤血球が取り除かれるらしい!!!分かるかっ!!?所詮お前らは赤の抜けた欠陥品を追い求めている垢抜けない赤子のままという事だ!!!」
「あかのぬけ……ぬけない……あか?」
「友よ目を覚ませ!!!真に求めるべきおっぱいは血液なんだ!!!」
理解が追いつかずに譫言を言う男の肩を、熱弁しながら何度も揺さぶっている。
「ヤバいなあいつら……」
そんな光景を尻目に、
「ねぇ、天使ちゃんは獣化薬でさぁっ何になりたいのー!?」
陽気な男子集団の一人が話しかけてきた。大衆に顔を見せる事も聖女の務めだと、大名行列のように街を凱旋していた所だった。
「えっと私は……」
「天使様にそのような得体の知れない物の話をしないで下さい。無礼ですよ!それに下品です!」
近くでボディーガードみたいなことをしている信者の人が、男子集団を遠ざけていった。
「でも実際いい話ではないですかな?バーチャルがコミュニケーションの主流となって久しい現代にはもってこいだと思うのですよ」
「というと?」
「いえね、アバターなんてものは美男美女上等でしょ?それに見慣れてしまってるからこそ、現実の姿を毛嫌いしている同志も多い」
「まぁ拙者たちのような陰の者にはねぇ。それにちょっと可愛いだけじゃ一秒も見ないのは確かだし、フツメンすらブス扱いだしねぇ」
「現実の自分が嫌いだから健康を保つのにも疲れて、不摂生が祟って廃人になってくのですよ。なら、現実のアバターを作り変えれるこの機会は正にもってこい」
「ほほう、拙者たちも美男美女に!エルフ!シルフ!サラマンダー!」
「でゅふ」
今度はオタクっぽい人達がそんな会話に花を咲かせていて……
「獣化薬なるものが近日中に全人民に配布されますが、くれぐれもこんな怪しい薬には手を出さないで下さいね」
見かねた信者の人が耳打ちしてきた。
今日、全ての人民に獣化薬が配布された。
信者達と外を歩きながら、こっそりとポケットの中に忍ばせた獣化薬を指でこねくり回して考える。
私も鳥になってみたい。
以前からそんな衝動はあった。
今なら……
王子も鳥好きだって言ってたしね。
勿論本当に使うつもりなんかない。鳥になったら恋人にはなれないもんね。でも任意で元に戻れるって言うし……ちょっとだけなら……
「わん!」
気付けば、いつの間にか柴犬が近くまで来ていた。ふさふさの尻尾を振って、はぁはぁと舌を出している。
「かわいい!」
「にゃぁ~ん」
足に柔らかい感覚があると思ったら、
「ねこ!」
吸い込まれるようにしゃがみ込んで顎を撫でれば、もうその魔力には抗えない。毛並みの手触りと温かさに釘付けになる。
「なんと…………」
「天使様!こいつら絶対人間ですよ!普段は近づけないからってこいつらっ!セクハラですよ!」
「いいじゃない~かわいいんだもの~」
「天使様!」
そんなやり取りをしている間に、変身を終えた色んな動物達で街はごった返していた。
「きりん!ぞう!くじゃく!すごーい!街が動物園みたい!」
データでしか見た事のない鳥や虫や動物達に、我を忘れて心が躍る。
「すごいすごーい!楽しそう!ねぇ楽しそうよ!」
懐疑的な目で睨んでいる信者の服を引っ張って、私は新たな身体に走り回り飛び回る彼らを指さしていく。
獣化薬を疑い、最初こそ使用を躊躇っていた住民達も、そんな非日常に胸を躍らせて次々と変身していった。
どんどんバリエーションが増えて、図鑑でよく目にする獣達から、絶滅したはずの獣、果ては空想上の獣や妖怪のようなもの達まで現れて。
誰も彼もが好き勝手に叫び、好き勝手に走り、自由を楽しんでいた。
「私も飛んでみたい!」
…………
……
「ワンワンワンワンワンワンワン!!!」
とても穏やかじゃない声に振り向くと、最初のあの柴犬が大きな熊に襲われていた。
「あ」
「きゅうん……」
首元を噛まれた柴犬から力が抜けて、だらりと垂れた手足から血液だけが落ちていく。
「混乱が広がってる……!」
誰かの言葉につられて辺りを見渡すと、同じような殺戮が至る所で起こっていた。肉食獣を中心に、我を忘れてしまったかのように襲い掛かっている。
蟻の群れをつついた時の如く知性を感じさせない形相で逃げ惑う小動物達。
「……ダメ……」
こんなの……!
「皆、人間に戻って!!!」
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「最後まで反対していたのは全体の二~三割程度、小さなデモも行われていたようですが、既に七割近くの人民が獣化薬を服用したようです」
「計画通りだな」
「あの、残りの三割はどうするんです?このまま配り損ですか?すっごく高かったのに……」
「貴方本当に話を聞いていたのかしら?脳みそがライオンのままなんじゃないの?」
「あ、あの……えぇっと……」
「……はぁ。人が残っていれば完全犯罪にならないではないか」
「えっえぇその通りですっ」
「では我々はどう繁殖するのかね?まさか獣を犯せとでもいうのかな?」
「いえっ!あの、」
「安心したまえ。獣化薬を開発したのはカーネル学派だ。アニマ氏は我々に真実とは異なる効果を教え、
「それは……アニマ氏に……ひいてはカーネル学派に全ての責任を擦り付ける……ってこと……?」
「……」
「ぁ、はい……」
「しかし、こうも混乱が広まれば、民の命が心配だ。我々は管理者として民の安全を守らねばならない。皆の者、麻酔銃は持ったかな?」
各々が麻酔銃を手に返事をする。
「君は腕のいいシェフを呼んでおけ。では、ひと狩り行くとしよう……!」
【余談】
好きな姿で生きていこう。
作中でも少しだけ触れたが、メタバースの発展と共にアバターが当たり前になっていけば、果たして我々は我々の身体を愛していられるのだろうか。
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