第231話 天使とペテン師➃


 そして、三年の月日が経った。


「お~うじ!」


 物陰からひょいっと姿を現しながら、その先の路地裏でビュンビュンと刀を振っている彼に声をかける。いつだったかふざけて王子と呼んでみたら、それがすっかり定着してしまった。


「いつもいつも、この平和な世界でなんで剣なんて振っているの?」


 私に気づいて刀を鞘に納め、首に掛けたタオルで汗を拭きながら近づいてくる姿は、あまりにもハマってるというか……カッコ良過ぎるというか……王子というあだ名が世界一痛くない人だから仕方ない。


「平和の中にこそ愛は芽吹き、平和は武を持たざれば成し得ない」


 手に持つ水筒が空だというジェスチャーをする王子に、満タンの水筒を渡して交換する。


「?」


 王子は気が利くじゃないかって感じのニュアンスで礼を言いながら、


「この刀の名前の由来だよ。先代の信念さ」


 王子は水筒を傾け、ごくごくと飲む。


「そんなに喉渇いてたの?」


「渇いてた……って言っていいのかな?実体が無いのに喉が渇くってのも変な話だ。多分飲まなくても大丈夫なんだと思う。魂の天の川に居た時は喉も渇かなかったしお腹もすかなかった。

 今の僕は記憶で存在しているから、水を飲まなきゃ喉が渇くという当たり前の記憶のせいで喉が渇いてる気になってるのかもしれない……」


 また王子がぶつぶつと自分の世界に入ってしまった。何言ってるか殆ど分からない。


「修行、楽しいっ?」


 話を遮るように質問した私に、王子はその真意を悟ったかのように微笑み、


「僕には二人の師匠がいるんだけどね、ちっちゃい方の師匠にはたったの一回、それもまぐれでしか勝てなかったんだ。

 負けっぱなしじゃ悔しいじゃないか。本当に凄いんだ……いつか僕も、肩を並べられるようになりたいんだ……」


 ぎらついた笑顔が、宵闇に映える。


「何か分かるな……」


 私が話しだすと、王子はちゃんと目を見て話を聞いてくれる。


「この三年間、転々と移動しながら、困っている人を沢山助けて周ったわよね……?その内にね、色んな人の怪我や病気を治していく内に、私もどんどん力の扱いが上手くなっていって……

 いっぱい笑顔が見れるようになって……今ね、すっごく楽しいのっ!だから、ありがとう!」






**********






「なんかお礼言っちゃったわね」


 はにかんでそう笑うエルエルは、この三年で更に綺麗になった。


 最初は本当に大変だった。滅茶苦茶嫌われてるし、常にツンツンしてるからこっちも自然と言い返しちゃって口喧嘩になって……


 エルエルは優しすぎるから、お父さんとお母さんの事ずっと気に病んでるし、信者たちも自分が放り捨ててしまったんだって思ってたんだろうね。


 一人にすると直ぐに隠れて泣いてるから、色んな場所へ連れまわして、色んな人と関わった。


 困ってる人を助けてもエルエルは対価なんて貰おうとしないから、食糧とかどうしようかって思ったんだけど、お返しとばかりにごちそうしてくれたり、お下がりの服をくれたり……


 人徳かな。可愛いってのもあるだろうけど。やっぱり、優しいエルエルには優しさが帰って来た。


 まぁ何かある度に喧嘩してたんだけど、多分それが良かったんだ。


 優しすぎるエルエルは、どんなことがあっても人に嫌いだなんて言わなかった。その人の事を好きになれない自分が悪いんだって、そんな優しさは理解されない。


 エルエルは良くも悪くも善人過ぎる。人を傷つける事は絶対しないし、常に誰かを助けようとしてる。真面目で、愚直で、ズルをしない。


 近くに居ればいる程、彼女の正しさが浮き彫りになる。彼女を見ていると、普段は目を背けている自分の醜い一面が浮き彫りになる。


 怖いのだ。こんな奴がいていいわけがない。こんな奴が自分と同じ人間なわけが無い。


 


 サリウリと容姿が似通った美人だという幸福が不幸に働き、彼女は聖女と崇められた。そこからは周りが作り出した聖女像を壊さないように聖女を演じていった。


 だから僕は、生まれて初めて正面から嫌いって言ってもいい奴で、このまま喧嘩相手で居続けようと思った。


「ふわぁ~あ」


 エルエルは欠伸すら可愛い。こんな時間だ。眠気が来たのだろう。


「早く寝なよ。それとも僕が居ないと寂しいのかな~?」


 いつもならとっくに寝てる時間だ。今の僕は寝なくても大丈夫だから、エルエルが寝ているこの時間に鍛錬するのが日課になっていた。


 わざと煽った僕に、エルエルは言い返そうとしつつ言葉が出てこなかったのか手を忙しなくわちゃわちゃさせて、


「寝るわよ!お休みなさい!」


 頬を真っ赤にして帰っていった。


 …………


 ……


「どうしてこうなったぁぁ!!」


 宵闇の路地裏に悲痛な声が轟く。


「頑張って嫌われるようにセクハラまがいの冗談とか言ったりしたのに!!なんで……!!」


 頭を抱える。


「完全に恋する乙女の顔じゃーん!!ねへへへへぇぇなぁーーーんでぇぇぇぇ!!?もおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」


 ぶんぶん素振りをして、気持ちを落ち着かせる。


 そりゃ本気で嫌われようとは思ってなかったよ!?やっぱりちょっとは好かれたいって気持ちもあったし!?でもそれはさぁしょうがないじゃんねぇ可愛いんだもん!!


 けど僕は浮気なんてしないんだ!!それに未来でもエルエルの気持ちには答えられなくて傷つけちゃったし!!なら最初からそこそこ仲いいくらいに留めとけば傷も浅くて済むじゃんって思ってたのにぃ!!


「どぉうしてだよぉぉおおおおお!!うわぁぁぁぁああああああん!!いたぁっ!!!」


 荒ぶっていたせいで皮膚を切ってしまったみたいだ。うぅ……ださい……


「あれ?」


 傷が無い……


 今確かに切ったよな!?痛みだって……はっ!


 今の僕というのは“そこに居たかもしれない”という人々の記憶で出来ている。つまり……試してみるか……!


 太刀を腕に押し当てて、ごきゅっと唾を飲み込む。


「いっ!……はは、やっぱりそうなんだ……」


 腕に傷は無かった。嘘のように。






**********






 ここは第六層の最奥に聳える管理棟。クリーチャーズマンションの擁する機能全てを管理し、不具合が無いか整備し、今後の方策などを議論し合う場である。


 そこに集うは、勿論人類の代表に相応しき能力を持った者達。


 リソースを把握し、どのように配給するかを管理する会議が行われていた。


「さて諸君。大変喜ばしい事が起きている。今年もまた人が増えた」


「それはそれは、おほほほほほ。素晴らしいですわ。貴方」


「はい!今年生まれた新生児は去年より十二%ほど多くなっており、十年連続で人口密度が百%を超過しております!」


「まぁ喜ばしい!」


「喜ばしい」


「喜ばしい……!」


「……」


「……」


「……」


 皆口を噤んでしまった。そのまま時が流れていく。


「……止そう。時間の無駄だ」


「!」


「……そう、ですね。ええ、今更建前なんて無意味ですとも」


「小麦の分だけ人は増えると言ってな。食糧がある限り際限なく人は増える。だが、クリーチャーズマンションで生産できる食糧には上限がある」


「人口密度が百%を超えて、ただでさえ質素な食事だというのに。このまま増え続けていけば美味しい食事なんて一生食べられませんわ」


 「私もっとお肉を食べたいですのに……」と続けて零す。


「そもそも、我々はAIにはこなせない大事な仕事を任せられたエリートです。それがどうして凡庸な民草と同じ食事で我慢させられているのでしょう?我々にはもっと贅沢をする権利がある!」


「そうだ!」


「いいぞ!」


「でもどうするんですぅ?我々が贅沢をすればするだけ食いっぱぐれる民が出てくるのも事実ぅ。批判は免れないわけでしてぇ」


 この議員の意見と共に、様々な反対意見が飛び交う。現実問題として、それが出来ないから今まで我慢してきたのである。優秀な彼らが問題点を見落とすわけもない。


「なぁに簡単な事だ」


 そんな中、議長の声に注目が集まった。


「増え過ぎたのなら、減らせばいい」






【余談】

クリーチャーズマンションは平等と平和の象徴だ。

全ての住民は武器を持つ事を許されておらず、また過度な貧富差も存在しない。何故なら労働は既にAIの仕事だからである。

人間は人に似すぎたAIには嫌悪感を抱くという研究結果から、人型の対人AIはあくまで案内や単純作業などの事務的な処理しか出来ず、高度な対人AIの搭載が許されたのはキカイヌなどの愛玩用ロボットだけだった。

能力に秀でた者は、バーチャル世界ではヒーローになれる。しかし、現実では自身の能力を活かせる場が少なすぎる。

如何に優秀な人材でも生身の体を持つ限り、肉体の欲求には逆らえない。

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