第229話 天使とペテン師②


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 魂の天の川を遊泳しながら、タイムラプス映像のようにして風が吹いても雨が降っても少しずつ出来上がっていくクリーチャーズマンションを眺めつつ、思考は完全に別に逸れていた。


 だって気分は上々!まるで高速道路を三百キロで爆走するレーサー!ハイ&ウェーイ!ウエーイ!!


 僕はこの世界のターニングポイント、歴史の転換点に居合わせたんだ!やっっっっっばいでしょこれ!


 サリウリが僕に憧れを抱いていたのはずっと見てきたから、ああして落ち着いた雰囲気を装おうとしてみたけど、もうね、内心やばかったよまじで!


 恥ずかしさなんてすっ飛んだよね!僕こそがあの時渡の王子様ですっつってね!サリウリ助けちゃったの僕ですーゆーてね!もうこれ一生の自慢話だよね!


 まぁ帰る方法も分かって無ければ帰れる保証もない現状じゃ、その一生が次の瞬間に終わりを迎えてもおかしくないんだけどね……


 ……後回しにしていたものをきちんと考えるとしよう。


 超難解なジグソーパズルも、分かるピースからこつこつの精神だ。


 まず大前提として、僕は今魂だけの存在で、記憶の集合体の中で世界の記憶を見ている。たまに体を強く引かれる感覚があると、次の瞬間にはまるで実体を得たかのようにその時代に干渉できる。


 実際に物に触る事も出来るし、そこに居る人達と交流することも出来る。そしてある程度時間が経つと足が浮くような浮遊感を感じた後に、僕が魂の天の川と呼んでいるこの場所に戻ってくる。


 時間制限のようなものがあるのは、僕が本来この時代に居るはずのない存在だからでまず間違いないだろう。滞在できる時間は一定じゃないけど必ず限りはある。


 ネネさんと出会ってからは記憶を映像として見れるようになって、割かし詳細に見れる時と、高倍速やカットが入ったダイジェストのように流れていく時がある。


 つまり、時間の経過は一定じゃない。この一定じゃないってのが引っ掛かる。


 今のところ僕が見たい所は詳細に見れてて、逆に戦争や何の変哲もない日常なんかはあっという間に過ぎていった。


 考えられる可能性は二つ。


 一つは、知らず知らずのうちに見たい記憶をコントロールできている。


 もう一つは、世界の意志や大いなる何者かが僕に見せたいものを見せている。


 ……けれど、なんかどうもしっくりこない。コントロール出来ている実感は全くないし、世界の意志とかの存在とか今更突飛すぎてこれも実感がない。


 ……行き詰ったら最初からもう一度。前提に間違いがあれば意味ないもんな。より鮮明に思い出してみよう。


 僕が詳細に見れていた映像はどんなだった?


 ネネさんのサクセスストーリーと研究者として老衰で息を引き取るまで。


 サリウリの時渡の王子様執筆から五十歳の大演説までと、その後クリーチャーズマンション建設の指揮を執りつつ肺の病気で息を引き取るまで。


 どちらの記憶も、映像の中心には常にネネさんとサリウリが居た。……!


 じゃあ僕にとってこの二人はなんだ?実際に会って、話して、仲良くなった二人だ。


 いやそもそも何故この二人には会えた?体を強く糸で引かれるような感覚があったから……


 じゃあそれって何だ?どうしてこのタイミングだったんだ?いやどうしてこの二人だったんだ?


『これは一際魂の波長の近い相手なら極まれに起こり得る』


 っ!!僕は魂だけの存在で、今見ているものは全て魂に刻まれた記憶の集合体だ!


『ヒヒッ運命の人と出会い、因果が混ざれば、思わぬところで再会したり、奇跡のような幸運に救われたり、磁石のように惹かれ合うようになったりするのじゃ……まるで神がそうしているかのようにのぅ……』


 つまり、つまり!あの二人は運命の人……!運命の糸で引かれてたから!?だから二人には会えて触れて、記憶だって見れた!?


『その人の人生を大きく変えてしまうほどのことじゃからのぅ…………

 本来混じりえない因果が混じれば運命が混じる。混じり合った因果は偶然を必然にする。偶然の出会いを、出会うべくしての出会いにするのじゃ……』


 でも何で!?遥か大昔の、本来なら絶対に関わる事のない人達だ!なんでそんな人達が運命の人なんだ!?


『ただ魂が近いから因果が混じるのか、因果が混じったから魂が近づくのか……卵か先か鶏が先かというのは誰にも分からんことじゃ……』


 何かが……何かが繋がりそうだ……!あと少しで……!


『普通は人生を大きく変えるほどの出会いなど一度あるかないかと言ったところ……ヒヒッ……じゃがお前さんは幾つもの因果が複雑に絡み合っておる……』


 僕はあの時既に因果が絡み合っていた……!


『ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!異常じゃよ!』


 異常な……


『……輪廻転生か……複数の人格を内包しておるのか……ヒヒッヒヒヒッヒヒヒヒヒヒヒヒ!』


 生まれの……


『なぁ……お前さん……何者じゃ……?』


 存在っっ!!


 エルエルは言ってた!!


『そうよ!王子はジェニちゃんや怪物と違って、かつて私が治療してきた人たちと同じ純粋な人間なのよ!!いいえ、更にもっと純粋な!!』


 そうだ!!僕は最初から純粋よりも純粋な魂を持った存在だった!!


『新たな器に適応する為に、魂は元の無垢な状態へ戻ろうとする。その肉体で得た記憶を記憶の集合体に渡して軽くなるんだな』


 僕はあの時、確かに体の半分以上は既に記憶の集合体に接続していた!僕の魂はあの時点で純粋なものへ変わった!でも!不思議な声に呼び止められ、僕は自我を保ったまま無垢になる事を拒んだ!


 そこで狂ったんだ!決定的に!


 魂の天の川は!そこに在るのは記憶だけで、未来や過去は思い込み!魂の天の川にダイレクト接続した時点でこの記憶が上書きされた!


『卵か先か鶏が先か』


 ああそうかそういう事か……!!


 僕がお母さんのお腹から出て来て、おぎゃーおぎゃー言ってる遥か何千年何万年も前に、純粋な魂を持った僕がネネさんやサリウリ達と出会ってる!


 だから帳尻を合わす為に、僕はラーテル獣人ではなく純粋な人間として生まれ、他の人には見れない魂が見れて、知らないはずの運命の人達の因果が絡まり合っていたんだ!!


 あはははは……!!こんなの……分かる訳ないじゃないか……!!あーっはっはっはははは!!いひひひひいひひひひいひひっっあはははははははははははははははは――――


 …………


 ……


 ババさんの反応から察するに、運命の糸は二本程度じゃないんだろう。思わず引いてしまうくらい絡まってるらしいからな……ジェニも含まれてればいいな……


 っていうことはだよ……?あと何人いるのかは分からないけど、僕はこれから運命の人達と出会っていくわけだ!


 あながちハーレムってのも間違ってないかもしれない!うんハーレムだ!ハーレム旅行だ!よっしゃぁぁあああああ!ボーナスタイムじゃん!!


 今のところ、運命の人と出会う、時代が進む、運命の人と出会う、時代が進むってきてるんだ。


 速く次の運命の人と会える時代にならないかなぁ。うへへへへへ……

 

 あと明瞭としてないのは、運命の人と会っていられる制限時間かぁ……こればっかりは考えても分かんないんじゃ……


……』


 何故今そんな物騒なワードを思い出した?死の運命?なんのことだよ。僕が実体を持てる時間には限りがあって、時が来ればここに戻されるってのは確定事項で、肝心なのはその時間が一定じゃないって……


 いや待てっ確定じゃないんじゃないのか……?前提が間違ってれば意味ないってさっき自分で言ったばかりじゃないかっ!


 制限時間ではなく、何かがトリガーになっていた?或いは、何かを達成したからもう存在理由を失った……?


 うん、これが近い気がする……じゃあ何を達成したんだ?ネネさんとはただ喋ってただけだ……いや、サリウリは殺されかけてた……!


 明確に命の危機だった!ネネさんは分からないけど、僕との未来談義のお陰で得意の占いに光明を見出してのサクセスストーリーだったわけで、僕と出会ってなかったら貧乏生活のままだったかもしれないし、千鳥足で車に轢かれてたかもしれない。


 ああ……そうだよ……そうだ……自分で正解を言ってたじゃないか!体を強く引かれたんだって!


 運命の人達に会えてラッキーとか思ってる場合じゃないぞ!!


 世界の記憶を歪めるくらい、魂が助けを求めてたんじゃないのか!?果ては死の運命すらもひっくり返してくれる運命の人を、呼んでたんじゃないのか!?


 記憶を歪ませるだけの因果があって初めて世界が歪むんだ!!僕は出鱈目に過去を見てるんじゃなく、この身に刻まれた因果を辿って旅をしてるんだ!!


 つまり、僕はこれから出会うであろう運命の人達を全員もれなく助けていかないと……ハッピーエンドの未来へは帰れない!!






 空中に体を放り出され、慣れたもので、上手いこと着地を決めて辺りを見渡してみると、どうやらここは何かの教会らしい。


 大きなステンドガラスからカラフルな光が差し込み、巨大な石像が色めいて……ってあれ大人になってメディア露出が増えてた頃のサリウリじゃん!すっげぇ!再現度たっかぁ!彫刻細かぁ!めっちゃ綺麗だ!


 って事はえ?何?祀られてんの?女神像みたいな感じで?僕が見てない間に一体何が……?


 教会内には聖歌隊っぽい服装の千人近くの人達が……息を飲んで僕を見てる……うわっめっちゃ眼見開いてる……こわっ……


 先頭に居る女の子は涙を流してまで……


「ってエルエルじゃん!!!」


 サリウリを見て幼くしたエルエルっぽいなって思ったけど、こうして見ると激似だ!


 白いローブに包まれた体は、僕が知ってるより幼く、十二歳くらい?多分同い年くらいだと思う。黄金の髪は丁寧に櫛を通され結われていて、薄く化粧までしている。凄く綺麗だ……


 お姉さんじゃないエルエル……可愛いなおい!


 ざわっっっ!!!


 僕が言葉を発した瞬間、教会内が滅茶苦茶ざわっとした。中には感涙している者もいる。


 エルエルはというと、背中にはいつものように白い羽が……ん?あれ偽物だ……鳥の羽を集めて作られたただの飾りじゃないか……?かなり精巧だ。実物を触ったことがある僕くらいにしか見分けつかないんじゃないの?


 そしてサリウリと同じ色の碧眼から涙を流して……感動の涙って感じでもなさそうだ。


 発する色は深い絶望……未来のエルエルからは一度も見た事がないような、悲しい色だった。


 もう完全に理解した。この時代の運命の人はエルエル。ミッションはエルエルを助ける事。でもそれ以前に、こんな悲しい眼をするエルエルなんてほっとけるわけない!!


 考えろ!ヒントはある!


 何がエルエルを苦しめる?


 この場所はなんだ?


 ここにいる民衆の異様なざわつき方の意味は?


 大きな教会に集う聖歌隊……祀られたサリウリ……天使の偽装をしたエルエル……空中から突如現れた僕……


 僕は時渡の王子様で、神格化されたサリウリを助けたのも時渡の王子様……サリウリを崇める者から見れば……


!!」


 声量とインパクトで誤魔化したとびきりのが、教会の造りも相まってやまびこのように反響する。


「見事な歌についつい誘われてしまった……」


 ど、どうだ……?


 民衆の反応は、「おぉ」と固まったり、泣き崩れる人もいる。よしっ悪くはなさそうだ。


「ありがとう、エルエル・レリークヴィエ。君に褒美を取らせたい」


 僕はそれっぽい感じを装って、つかつかとエルエルの前まで歩いていく。そして手を取った。


「さぁ、ついてきて!」


 顔中に混乱を浮かべるエルエルの手を引っ張って、動揺し膠着している聖歌隊の間を突っ切っていき、扉を開いて眩い光差し込む外へ飛び出した。






【余談】

ジェニと出会った時、アニマの運命は動き出した。

その為、ファーストコンタクト時のババはアニマの因果がどえらい事になっているとは気づかずに、共感覚についてだけ言及した。

そして二回目はジェニ関連の因果が主だった為に少し素っ頓狂な事を聞き、三回目はもう色んな人と出会って因果がぐっちゃぐちゃにこんがらがっていた為、詳しく因果の説明をしてくれた。

何故双子がどうたらだのと素っ頓狂な勘違いをしたのかは、神のみぞ知る事になる……

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