第225話 霊感と零環
ここが本当に過去の地球なのかとか、自分がどういう状況に置かれてるのかとか、そういうのは確かに大事かもしれない。
でもさ、結局のところ僕は負けたからここに居るんだろ。
悪魔の固い皮膚をズバズバ斬れるくらいの剣技を持っていたら、こんな結果にはならなかったはずだ。
悔しい……!
僕はそこらの
お父さんやブジンさん……そんな言い訳なんて一度もしなかったカッコいい人たちの背中が浮かぶ。
帰る方法も分からないけど、元の時代、ジェニ達の元へ帰れた時、弱いままの自分だったら許せない……!
致命傷が嘘のように身体は完全に健康そのもので、幸いな事に衣服や装備はあの時のままだ。
腰の太刀を抜いて構える。
僕が見た剣の極みを、エストさんやブジンさんや怪物やジェニ、そして剣聖の技を、細部までイメージして素振りを始めた。
「何やろあれ刀?」
「おっほほホンマや!」
「どっから沸いたん!?」
「撮影?」
「アホか、交通規制なしでやるわけないやろ」
「どこのヨウチューバーや。中二病拗らせすぎ」
「また迷惑系かぁ、壊れるなぁ」
「海外の子?めっちゃ美少年やん!バズるバズる!?」
「これねぇ……バズる!」
ブウウウウウウウウウウゥゥゥウゥ!!!ブウッブゥッブウウウウウゥゥゥゥゥ!!!
「わあぁ!?」
至近距離で鳴らされた爆音に振り向いて咄嗟に躱すと、大きな鉄の乗り物に乗った人がイライラした目で睨みながら通り過ぎていった。
何で急に動き出した!?皆止まってたんじゃ……赤かった光が緑に変わっている。あれが合図になってたのか!
「あ、え!?うわっ」
右から左から前から後ろから鉄の塊が行き交う。どどどどどどうしよう!?おおおちついてとにかく安全なところまでいかないと!
あの乗り物!中の人が前を見てない!僕に気づいてない!加速しながら真っ直ぐ突っ込んでくる!
あっ気づいた!
キキイイィィィィ!
「……おぉふ止まったぁ」
鼻先にごっつんこしそうな距離でギリギリ止まった乗り物。
「お俺知らねーかんなマジで!やっぱやべーよあんた、こわっ!」
バタンッ!
ふらふらと誰か、女性が出て来た。
「あはははぁ~いごくろうさまでぇ~すぅ!ありがとねぇ~ぉおっとと」
焦る操縦手だろう男へ、やたら能天気に何か言ったかと思うと、操縦手はその人を放置したまま少し下がって僕らを迂回して都会の街並みに消えていった。
「うぇ~~~いぃぃひひっ!何してんのぉ~~~?あ日本語分かる~?あいきゃんすぴーくいんぐりっ~しゅぅ!」
黒のタンクトップの脆弱な防御力では隠し切れなかった谷間が豊満に。それをネックレスが強調する。薄手のパーカーはほぼ脱げてるのと変わらない、袖だけを通したような状態で。
ホットパンツから伸びた脚が艶めかしく踊る……違う、千鳥足だ!ふらふらだ!
オレンジのおかっぱ頭を揺らしながら、美人だけどへべれけな顔で、多分僕に向かって話しかけてきた。
「君かぁわいぃねへぇ~お姉さんが
ヤバい人だ!
呆気にとられる内にお姉さんは僕を抱えて、というか僕が肩を貸しているような構図になって、道路を渡っていく……うおおおおお胸が!お腹が!酔っ払い体温たかっ!あったか!酒くっっっさ!
渡り切り、奇異な視線で薄板を構えざわつく歩行者たちの隙間を縫い、街路樹を囲う銀色の柵に腰かけながら、
「ふいぃぃ~とうちゃあ~く!どきどきしたねぇ~怖かったぁ~!」
お姉さんは胸を撫でおろおおお……えっちだ……大人の色香ってやつだ、アルコールの匂いだったんだ……
「危なっかしい子はお姉さんが何回でも攫っちゃうからねぇひひひひっ!」
あ、いい人だ……その屈託のない笑顔を見た瞬間そう思った。
「あの、ありがとう!」
「おおなんだ喋れるじゃん日本語ぉ~!よかったぁ~!あ名前なんていうのぉ~?私はねぇ~ネネ・カーネルって言うんだ~!日本人だよぉ~不思議だよねぇ~ひひひ!」
「あ、アニマです」
「アニマ君かぁ~、なぁそれ本物だろ~!かっこいいね!初めて見たぁ!けどいっぱい人いるからね~、危ないからね~、しまっちゃおうね~」
言われて確かに危険だと思いなおして鞘に納める。その挙動をどこか楽しそうに見つめるネネさん。
「いい子だねぇ~よしよししちゃうよぉ~!」
頭をわしゃられる。雑だけどどこか心地いい。ネネさんはどこからか取り出した片手サイズ小さめの瓶をパカッと開けて、
「ぷはぁ~!迎え酒ぇ~!アニマ君も飲むぅ~?いや子供やないかい!あれホントは大人ぁ~?やっぱ飲むぅ~?いひひひひひ!」
透明なガラスの酒瓶を差し出した手に指輪が光る。
「あぁ~しゃあわせぇ~!私ねぇ~来月子供が出来るんだぁ~!だから飲み納めってねいひひひまぁい日飲んでんだけどねぇ~!今日も悲鳴が聞こえてくるよぉ肝臓ちゃん頑張れぇ~!」
ほどほどにねとか体壊すよとか言う暇もないマシンガントーク。
やっぱヤバい人?ヤバい人……ではあるんだよな……
「あの!」
きょろきょろと辺りを見渡しながら。
「一気に色んなことが起こり過ぎて、わけわかんなくて、今もわけわかんないんだけど、取り敢えず二つだけ!ここはどこで、今って……いつ?」
ひひひと陽気に笑っていたネネさんは、
「西暦二千――年初夏の大阪。アニマ君、君はぁ時間の迷子だね」
酔っぱらって上気した頬はそのままに、糸のように細めていた目が開かれていた。
「ごめん三つだ。何者?ネネさん」
「占い師だよ、昔っから霊感強いんだぁ」
西暦というのは旧人類たちが使っていた暦で、ランジグの古称が確かオーサカって感じの名前だった気がする。
エルエルが言ってたのは本当で、旧人類は魔法使いじゃなかったし、ラーテル獣人を支配してるなんて嘘っぱちだった。でも車にテレビにスピーカーに飛行機!魔法って思っちゃうよ!本当に凄い!
カーネルは代々細々と霊に携わる特殊な家系で、特徴的なオレンジの髪なのだとか。流石に顔や体型に面影は無いけど、もしかしたらリリやババさんのご先祖様なのかもしれない。
「へぇ~じゃあ未来人ってわけだぁ~!ひひひひっ面白いねぇ~!もっとメカメカサイボーグな感じ想像してたんだけどなぁ~!案外質素なんだねぇ~!あお腹空いてない?フェミキチあげるよぉ~人肌で温めときましたなんってねぇ~!ひひひひひ!もう冷めちゃってたぁ?」
渡されたチキンを齧ってみる。確かに冷めちゃってるけど、「うまっ!」ただのフライドチキンに見えるのに何でこんなに美味いんだ!?
ぐびっ
「ぷはぁ~!ひくっひっひっひひ何だっけぇその魂の天の川?だっけ?それねぇ何かで見たことあるんだよぉ~ヨウチューブだったかなぁ~よく見るんだぁそういうの、ほらぁ私もスピ系の人間だからねぇ~いひひ」
道行く人達が僕に向けていたのと同じような薄板を取り出して何やらいじっているネネさん。
「ねぇそれなに!?」
「これはねぇ~スマホだよぉ~!文明の利器だねぇ~現代人の命ぃ~ひひひあ機種名?B.A.K.APPLEのアホフォン19PROMAXだねぇ~ちょけた名前だよねぇ~」
「へぇ~」
聞きたいこととはちょっと違ったけど相槌を打っておく。
覗き込んだ画面には、人が喋っている光景と音声が(動画というらしい。エルエルのビデオカメラみたいなもんかな)流れていて、
「えぇ現在!世界中の資産家達の間で日本のどこかに人類史上最大規模の超巨大地下シェルターを建設しようという動きがあります!
以前の放送でお話した高尾山を出入りする謎の作業員……ねっ点と点が繋がって来たでしょぉ~?
世界の実権を握っている彼らがシェルターを建造するという事が何を意味するのか!
そう、近い将来この地上に人類は住めなくなるのです!
信じるか信じないかは、やぁなた次第です!」
かちっとした黒い礼服?のようなものを着た人が特徴的な口調で喋っている。
「あぁ違う違うこれじゃないやぁ、えっとねぇ~あこれこれ!」
「まずは、魂について語らねばなるまい。
我々の本質は魂であり、魂が受肉して生活しているのがこの体ということだな。
勿論死せば魂は肉体を離れ、また新たな器へと入る。この時に接続するのが記憶の集合体。天の川のようなものだ。
新たな器に適応する為に、魂は元の無垢な状態へ戻ろうとする。その肉体で得た記憶を記憶の集合体に渡して軽くなるんだな。
では記憶の集合体とは何ぞやというと、答えは世界そのものだ。
この世は認知のすり合わせである。
魂を持った者たちの記憶の積み重ねであり、真実などは存在せず、そこにあるのは思い込みだけである。
故に過去は何度でもその姿を変える。人は信じたいものだけを信じて生きていくのだ。
思いを馳せる者の数だけ未来は存在する。故に誰にも完璧に見通すことは出来ないのだ。
全ては思い込みなのだ。
自らの体も、世界の形でさえも、思い込みでいくらでも変化する。
……なぜ私がこのような知識を持ち合わせているのか。常人に魂など見れないではないか。
世の中には不思議が残っている。その中に“臨死体験”というものがある。
死の淵から生還した者が口を揃えたかのように同じ景色を見たと語ったり、顔も見た事のない先祖と会ったと言ったり。
一際不思議なものが、“過去を見た”というものだ。それも見ただけに留まらず、実際に存在し、その証拠も残していると。
そうだ。私は過去を旅したことがある。
千五百二十三年、栃木の山奥、名も無き小さな洞窟に私の秘密を壁画として掘った。病室で目覚めた後、そのことを伏せたまま調査を依頼し、年数が合致した。勿論壁には『三年一組のチョーク入れのチョーク全部にコンドームを着けたのは私ですごめんなさいでした』と現代の日本語で刻まれていた。
このことから私はこう推測する。
肉体から飛び出した私の魂は、しかし完全に死亡した訳では無かった為に自我を残したまま記憶の集合体に接続した。
膨大な記憶の中で、私の形を保ったままの私は、一際強い記憶だった。その為、過去に私が居たという記憶を世界に残せたのだ。
繰り返そう、世界は記憶で出来ている」
「ねぇ~アニマ君が見たってのと似てるよねぇ~!」
「今僕は過去にタイムスリップしたんじゃなくて、世界の記憶の中に居るんだ……」
「でもねぇ~ひひひひ本当にそうかなぁ~?」
ネネさんはそう言いながら僕の体中を撫でてくる。妙に艶めかしい手つきで、ゆっくりと。
「柔らかい髪……ほっぺもぷにぷにぃあでも結構筋肉あるんだぁ、いい指だねぇ皮が厚くて温かい……それにほら、私の髪に息がかかってる」
「ぁあの」
「これがほんとに魂なのかなぁ~?」
「どどういうこと?」
「記憶障害かストレス過多か知らないけどぉひひ、今の時代変人奇人狂人なんて特に珍しくも無いんだよぉ~ほらぁ満員電車とかさぁ廃れた飲み屋街とかによくいるじゃん~?君も未来の記憶を持ってるって思いこんでるだけの激イタ妄想少年なんじゃないの~?」
「……」
「アニマ君が今まで現実だと思ってた未来の世界とやらの方がぁ逆に夢だったんじゃないかってね~あれ、胡蝶の夢ってんだっけぇ?いひひ」
「そんなわけないよ、僕の頭如きがジェニ達を想像出来るわけが無い」
うひうひにこやかに上機嫌なネネさんの薄く開いた眼と眼が合う。固まったようにそのまま数刻。
「っなんってねぇ~!信じるよぉ~!だってその方が面白そうじゃん!」
「……ネネさん!」
「いっひっひ!もっと聞かせてよぉ~!君が見て来た、最高の未来ってやつをさ!」
【余談】
【ネネ・カーネル】 二十一歳
霊感の強い家系に生まれ、現在は占い師としてバーで働きながら生活している。
バーの客として出会った男性との結婚式を間近に控え、昨日は友人同士誘い合わせのお祝いパーティーに出席していた。
そこで鱈腹飲んで酔いつぶれ、魔が刺した男にお持ち帰りされようとしていた。飲酒運転。だがしかし、それはアニマがここに現れる事を予知したからで、運転手は都合よく使われただけだった。
来月妊娠することを持ち前の霊感により予見しており、飲み納めの為に毎日飲んでいる。というのは言い訳で、基本的に毎日飲んでるし、飲む理由を探してる。
近所では変人として通っている基本的にだらしない酒飲みお姉さん。
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