第224話 魂の天の川


「アニマああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁ……!!!」


 気が付いたら、僕は僕を見下ろしていた。


 お母さんが覆いかぶさるように抱き着いて泣いている。この光景には目頭に来るものがあるけれど、そうか……ちゃんと治ったんだ……


 ジェニもくずおれてワンワン泣き叫んでる。エストさんも怪物も。エルエルは頑なに治療してくれてる。


 スモーカー一派の皆も、失った仲間達の遺体の前で涙を流してた。


 皆さぁ、そんな顔しないでよ!僕達あの悪魔を倒したんだよ!?もっとさぁ、ほらっ、気を使ってるのか知らないけど、暗い表情してないでさっ!ねぇ、もっと喜んじゃってもいいんだよ!?


 まぁ正直……正直だよ?正直そんなに泣いてくれるなんてちょっと嬉しいけど!でもやっぱりさぁ!悪魔を倒したんだ!伝説的栄光だよ!?ここにいる全員の銅像がクリーチャーズマンション前に建てられてもおかしくないんだ!


 今は、まぁ悲しいのも分かるよ……僕もちょっと、やっぱりちょっと……あーあ!悲しいさ!悲しいよまったく!悲しいに決まってるじゃないか!


 皆で夏祭りとか……川泳ぎとかキャンプとか、秋は紅葉見に行って、栗拾いして、色んなおいしいを食べ歩いてさ!冬には雪合戦とか、そりとか、かまくらとか!


 ショッピングも、バーベキューも、温泉旅行も!まだ全然やってない!せっかく友達になれたのに!!まだ皆と……もっと皆と居たい!!遊びたい!!


 ……ははっ……未練たらたらでカッコ悪い……けどね、不思議と後悔はしてないんだ。


 あの瞬間に戻れても、きっと同じことをする。


 僕はジェニを、お母さんを、皆を、守ったんだ。


 晴れやかな気持ちになると、体もふわふわと浮かびだした。


 空を見上げると、温かい光が差し込んでいて、そこに引き寄せられるように昇っていく。


 次第に視界の殆どを埋め尽くすほど光が強くなっていった。そしてその光を抜けた先には……


 真っ暗で、でも数多の光が煌めいていて、夜の星空のようなそこに、僕は漂っていた。


 水の中のようで温度も一切の抵抗もない。目の前には、虹の絨毯。大きな、全長なんて想像もつかないくらいとても大きな虹色の天の川が流れていて。


 そこに向かってゆっくりと進んでいた。


 近づくにつれてより鮮明に見えてくる。一つ一つの魂がカラフルに密集しているものなんだと直感的に。


 だって、小さいころよく面倒を見てくれた優しかったおじいちゃんおばあちゃん、離れ離れになってしまった小さい頃の友達、昔飼っていた犬が幸せそうにそこにいたから。


 ……そうだね……そっちにいって……皆を見守るのも素敵かもしれない……


 天の川に手を伸ばすと、温かさに包まれ、全ての感覚が次第にとろけていく。


「…………」


 ジェニがお星さまを好きでよかった……


「いっちゃだめぇぇぇぇええええええ!!!」


 感覚は無くなったはずなのに、ジェニの声が直接届いた。


 肩と顔の半分まで同化しかけてたが、カッと目を見開く。


 ……あぁ、こんなのがハッピーエンドな訳ないだろ!!!


 皆泣いてて、僕も死んで!!!こんなもんクソだドクソ!!!ビチグソ以下だ!!!湿った屁だ!!!


 死にたくない!!!冒険だってもっとしたい!!!後悔してんだ僕は!!!猛烈に!!!


 だって!!!まだ!!!


 『絶対……死なないで』


 ジェニとキスしか出来てない!!!


 死んで、たまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!


 抵抗虚しく、ズプンッと魂の天の川に飲み込まれた。


 何がどうなってる!?目まぐるしく景色が変わる!意味が分からない!圧倒的な映像と情報の濁流が脳みそに流れ込んで来ては定着せずに流れ去る!


 どれだけ藻掻こうとも魂の奔流ほんりゅうの中を泳ぐことは出来そうにない!けど、僕はまだ周りの魂みたいになっちゃいない!僕の形を保ててる!


 しっかり!自分を保て!見失うな!


 何が起こっていようとも、僕は僕で在り続けろ!!!


 帰りを待っていてくれる、皆が居るんだ!!!


 流され続けていつの間にか、糸のような何かで引かれている感覚があった。


 っ!!?強烈に引かれてる!!?






 ……ここは……どこだ?


 気が付けば、硬い路面に放り出されて倒れていた。


「けほっこほっ、空気わるっ」


 未だぐるぐるしてる頭を振り、とっちらかった状況を整理しようと辺りを見渡す。


「第五層………?」


 いや、レンガより上質な建材で建てられたガラスの輝く超高層縦長建築物の群れは、倒壊どころか昼の陽光をぎらぎらはね返して悠々ゆうゆうそびえ立っている。


 路面には継ぎ目がなくどこまでも平らで。意味ありげな、恐らく交通整備の為の白線などが定規で引いたみたいにまっすぐ伸びている。


 建物の根元には、マスクを着け、ひどく猫背で瘦せ細った人々が沢山歩いていた。


 何かの祭りか?


 だが衣服に統一感は無い雑踏とした人の群れ。中には独りでに動く車輪付きの椅子に座って専用道路を移動している人達もいた。


 ちらほらと周りの視線を感じ始めたかと思いきや、視線の波がどっと押し寄せて来た。


 ざわざわ、ざわざわ。


 何か手のひらサイズの小さな薄い板を向けてくる。


 何故誰も近づいてこないんだ?


 ゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォゥゥゥゥゥンンン!


 空を、超巨大な鳥のようなものが通り過ぎていく!


 白線と赤い光の向こうでは、沢山の鉄の乗り物に人が乗ってる。


 自分の状況を理解する。


 僕は交差点のど真ん中に居る!ここは恐らく馬車専用道路のような場所だ!


 そして誰もラーテル獣人じゃない!皆僕と同じ姿!


 まさか……いやそんな……


 旧人類は鉄の塔を建て、空をも自由に飛んだと言われている………


 まさかここは……


 遥か昔の地球だとでもいうのだろうか……?






【余談】

・魂

 生物の根源であり、その姿は千差万別。肉体に宿っている間は基本的にはその肉体に合った性能になる。

 肉体が死滅すれば魂は体から離れ、記憶の集合体=クラウドに帰っていく。(これがアニマには天の川のように見えた)

 クラウドに帰った魂は、自らの記憶をアップロードし、“無垢”となり、器を見つけ次第再び新たな器に入る。

 クラウドへの帰属を拒んだ魂は、魂の姿のままで世界を彷徨う。善き魂は守護霊などと呼ばれ、悪しき魂は悪霊などと呼ばれる。

 天国地獄という概念は無く、善き魂が集まった場所が天国のように、悪しき魂が集まった場所が地獄のように見えるだけである。

 前世の記憶などがある者は、記憶を完全には手放さず輪廻転生を果たした者のことである。解りやすく言うならばバグだ。

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