第223話 六十秒③


「あと十秒!!!」


 ジェニの顔に焦りが目立つ。


「アニマ!!!戻ってきて!!!」


 蹴り飛ばした瞬間。


「今だ!!!悪魔に止めを刺すぞ!!!」


 ジャンがきっかけを作り、カサブランコがこじ開け、ミサミサーラが繋いだこの好機!アニマをどうこうする以前の問題として、今やらなければ、悪魔を殺せる唯一の機会を逃す!!


 ジェニには一瞬の逡巡があった。けれど、怪物が少しでも時間を稼ぐ為に大槍でアニマを吹き飛ばし、それを見たジェニもすぐさま走る。


「五秒残す!!!」


 残る四~五秒で悪魔を仕留めて、五秒でアニマを取り戻す!!!


 走る脚に痛みを感じるくらいに加速する!手が真っ白になるくらいに握りしめた宝剣!


 この一撃で殺す!!!


 その背に影が覆い被さった。


 ドゴッ!!


 アニマの振り下ろした太刀がジェニの背中を打ちつけ、


 ズザァ!!


 背中が切れていなかったのは峰打ちだったからで。そこにアニマの意志があったのかはわからないままだが、なすすべも無くこけたジェニが腕をついて振り返る。


 どうしようもなく涙を流し、ぐちゃぐちゃに歪めた顔で、


「アニマ゛あ゛あ゛ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「ア、ニ、マぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 ゴツッ!!


 サイモンの拳が、アニマの頬を打ち抜いた!


 戦う力を持たない彼は、最前線に来てはいけない存在。それでもそこに留まった。アニマの反撃を受けてしまえば一撃で死んでしまうと分かっているのに。何度でも、目を覚ますまでという覚悟で……


「お前の!!!!!!」


 そんなやり取りなど悪魔には関係ない。未だ起き上がれずにいるジェニを確実に仕留める脚が踏みつぶしてしまおうと迫る。


 その前に、怪物が立ちはだかる。一人で止められる質量じゃない。それでも彼は動かない。


 大きな背中。大槍を手に、


 ドンッ!!!


「うぉぉぉぉぉおおおおおおおお俺ァアア最強の怪物だァアア!!!」


 押し返した!!


 けれど直ぐにもう一撃、追撃が迫る!!エストも来るが、これでは止めを刺せるだけの攻め手が無くなってしまう!!


 迫る踏みつけ!!


 ドゴォ!!


 アニマの蹴りがそれを逸らした!


 尻尾が生えていた場所からは血を流し、頬を腫らし、切れた唇と黒ずんだ肌はそのままに、


「外皮は硬いけど内側はそうでもない!!!胸の傷から刺せば心臓を貫ける!!!」


 けれどそのオーダーで、漠然ばくぜんと止めを刺そうと動いていた全員に明確な指標が出来た!それぞれが自分のやるべきことを即座に思考し、最適の行動を取り始める!


 スモーカー達は悪魔が逃げられないように脚と、抵抗できないようにミサミサが斬り裂いた腕を狙う。


 アニマとエストが鉤爪を防ぎ、ジェニと怪物が真ん中を突き進む!


 そのジェニに、五指を纏めた鉤爪が、有り得ない速度で迫る。


「ハッピーエンドには飽きちゃってんだ」


 初めて見せた速度。隠していたのだ。ずっと、自分の最高速度を。






**********






 ズブシャッ!!!


 五指が胴を貫いて、押し出された大量の血液が放射状に地面へ飛び散る。体に詰まっていたはずの内臓が無くなった喪失感と痛みと衝撃で気が飛びそうになる。


 ガシッ!!その手首をしかと掴む。死んでも離さない!!


「さぁやっちまえ!!!僕の英雄ヒーロー達!!!」


 飛び出した影が三つ。


 エストックが刺さったままの口じゃ噛みつけないから、頭の角での突きをエストさんが弾く。


「今ですジェニさん!!!」


 ぐちゃぐちゃの顔。食い閉めた口。キッときつく睨んだ赤紫の瞳。


 ゼロフェイント、ゼロアクロバット、愚直すぎる程に真っ直ぐな突きが、だがそれ故に力強く心臓に刺さる。


「浅いよぉ!!言ったじゃないかぁ!!子供の腕じゃ届っ、」


魂穿たまうがちィイイ!!!」


 ズパァァアアン!!!


 宝剣の柄頭を寸分の狂いなく大槍が押し込む!!


 カンッカラン……


 激甚げきじんな暴力に、宝剣は悪魔の背中を突き抜け、数メートル飛んで転がった。


 怨み言も負け惜しみも、悪魔は何を言う事もなく、笑みを貼り付けたままの顔で、バタンと倒れ動かなくなった。


 どす黒い魂が、確かに空へ抜けていく。


 …………


 ……


 誰かが歓声を上げるより先に、


 ズシャッ……


 悪魔が倒れると同時に鉤爪が引き抜け、支えを失った体が力なく崩れた。


 心臓を含め、その下の臓物をほぼ全て失ったんだ。薄れゆく意識の中、取り囲むように近づいてくる足音達が聞こえてくる。


「あぁぁぁぁぁあぁああぁ……!!アニマぁ……死なんよなぁ……なぁ?……最初にぃ……約束したもんなぁ……アニマは死なんよなぁ!?」


 ジェニが僕の手を握り締めた時にはもう殆ど音が分からなくなっていた。


 温かい……エルエルがぐじゅぐじゅと鼻水まで垂らしながら僕の体を治してくれてる。


 風化するように頭の角がほぐれていき、黒く染めていた色素が抜けて元の輝かしい白肌に戻っていく。視界を覆っていた黒靄も無くなっていく。眼も元の鮮やかな白と黄緑に戻ったんだろう。


 体は少しずつ修復を始めているけれど、体力まで戻ってくる訳じゃないから、終わりが近づいている事は分かっていて。


 不思議とありがとうだけが溢れ出してきた。


 ありがとうジェニ。大好きに正直な君の笑顔が、何よりも大好きだよ。


 ありがとう怪物。どんな時でも仲間想いな優しさが、本当にカッコいいよ。


 ありがとうエストさん。『貴方が俺を大切だと言ってくれたから、俺も俺を大切だと思えました』その言葉に、僕も救われてたんだよ。


 ありがとうエルエル。もし違う世界があったのなら、君の王子様にもなってみたかったな。


 ありがとうサイモン。凄い効くんだね、友達の拳ってやつは。


 ありがとうサッキュン。知らない土地。知らない考え方。君達が教えてくれた世界は、とても新鮮でとても刺激的だったよ。サイモンとお幸せにね。


 ありがとうジャン。パチンッ!あの熱は、この手にまだ残ってるよ。


 ありがとうお母さん。『笑って』何でああ言ったのか、今なら分かる気がするよ。


 ありがとうブジンさん。『本物はふと立ち止まったその時に、気づけばもうそこにある!!』夢を見せてくれてありがとう。


 ありがとうカナリアさん。僕を家族だって言ってくれて本当に嬉しかった。『ジェニを守ってね』大丈夫だよ。誓いは守る為に存在してるんだ。


 言葉には出来なかったけど、敵として戦った彼らも、味方として戦った彼らも、色んな人への感謝や想いが、まだまだもっと胸を駆け巡った。


 ありがとう……ありがとう……


 僕には沢山の“本物”があったよ……


 だから泣かないでよジェニ。最後の力を振り絞ってその頬に手を添える。


「……僕も……なれたかな……君の英雄ヒーローに……」


 最後の最後は、一番の笑顔を浮かべて……






【余談】

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