第221話 六十秒①


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「何だありゃぁ……人間があんな化物んなっちまうのかよ……」


 普遍的な剣をだらりと持つ手は、いつの間にか震えていて。


 エストの野郎やジェニちゃん達がアニマと戦いだした。


「はは……すげぇな……」


 迷いの少なさ、圧倒的な判断の速さ、即興のチームワーク。どれを比べても、まだ動けてすらいねぇ俺様は……二流だ。


「はは……」


 二流だ……


「は……くそが……」


 パチン!剣を納めた両手で頬を叩いた。


「やってやる!!!」


 ダッ!


 猛ダッシュでウィンドラス・クロスボウを拾い上げる。


 悪魔はずっとこいつをちらちら意識してやがる!ただ転がってたこいつをだ!つまり俺様が手に持った今この瞬間!受け取ったぜぇ!!熱烈な眼差しじゃねーかぁ!!


 ボルトをつがえ、脚で挟んで固定し、両手でハンドルをぶん回す!


 肉薄する悪魔。


 そりゃ遠距離持ちが目の前でリロードしてたら詰めてくるわなぁ!他の奴らを無視してまで、ドやべぇ拳が迫ってくる!


 ガチ恋距離って奴だ!トゥンクキャンセル!!


 ドシュッ!


 ちっ!左目をぶち抜いてやろうと思ったが、この距離で反応しやがった!


 尖がり耳に太い風穴があく。


「おニューのピアスで我慢しやがれ!!!」


 んな程度じゃあ、怯まねぇわなぁ……


 ドッッッ!!!


 防御は承知で捨ててたんだ。顔面を含む全身に、言い表せねぇ衝撃が走った。






 アニマが俺様の家を去った次の日。


 手が治ったから完全な職場復帰をと報告に向かった足で、僅か一日で街中を駆け巡っていたブジン・シャルマンによる悪魔に関する警告を、同僚達から耳にした。


 憧れの存在を冒険者引退にまで追い込んだ魔物クリーチャーが活性化しているクリーチャーズマンションに、幾度となく自分を助けてくれたまだ小さな友を、笑顔で送り出してしまった事に気が付いた。


 クラスメイト達を笑顔で見送ったあの日の光景と重なる。


 帰ってこなかった友たち、重ねた悔恨の日々が蘇る。


 手元にはアニマがくれた大金がある……行けないことは、無い。


 ふと隣を見た。幸せそうに笑む最愛の彼女。手狭で散らかった古部屋に文句の一つも言わねぇで……


 ……もう身軽じゃねぇ。


 今から走るにゃ俺様は、荷物を抱え過ぎてるみてぇだ。


 またやっぱり、俺様はこっち側なんだなぁ……


 失意に浸りかけたその時、胸の奥底の小さな呪いくすぶった。


(その未来さきぬるい)


 この部屋で夜を過ごして……


 子供が走り回って……


 壁や机やらに落書きして……


 遊ぶときは近くの公園まで一緒に歩く……


 そんな温かな未来を、想像して……


 いつしかきつく拳を握り締めていた。


「あぁぬりぃだろ……!まだまだ……足りねぇだろ熱が……!!俺は……俺様は、でけぇ呪いをおってんだろ!!」


 デカくて綺麗な庭付きの新築!キラキラの結婚指輪!アンにはもっとお洒落させて!俺に学が無い分、いつか生まれてくる子供達にはいい学校!


 寝物語には、本物の冒険譚を語ってやんだ!!


 躊躇いはあった。でも正直にアンに伝えた。


 静かに聞き終わると、アンは荷物をガサゴソ漁り始めた。


「……私分かってた……ジャンは、ほどほどで満足できるような男じゃないって……」


 向き直ったアンの手には小さな丸い宝玉が握られていて、


「お母さんが持たせてくれたの。願いは“必勝”」


 器用に紐で俺様の右手に巻き付けた。


「今はまだ路傍の宝石。でもジャンが帰って来た時には、最高の指輪石……なんちゃって!……重い……かな?」


 赤く染めた頬に不安げな色を宿した瞳。


 その頭に手を置いた。


「知ってっか?意志ってのは重い方がたけぇんだぜ!でけぇ家に住もう!」


 感極まったアンは潤んだ瞳で口づけをして……






 ズズッ


 数メートル程ノックバックをくらった。全身の力が抜けそうで、頭がくらくらする。でも何とか踏ん張った。


 右手には宝石が光る。それを握り締め、口の端から流れる血を親指でピッと拭った。


 唇に残った余熱が、くずおれそうな体を駆け巡っていく。


 友の為に命を賭ける……


 愛する女との約束……


 憧れ……


「あぁこれが……俺様の熱か……!!!」


 飛び道具なんか投げ捨て、直剣を手に、駆ける!


 振り抜いた奴の拳の横を駆け抜ける!


 アニマを助ける、アンの元へ帰る、大英雄になる……


 全ての目的が、奴を殺す事に収束する!!


 この剣じゃ心臓にゃ届かねぇ!!だから!!


 ザシュッッッ!!!


 トカゲが尻尾を切り離したかのように、ぶってぇ尻尾が根元から重い音を立てて地面に横たわった。


 無茶突だ。もうどうしようもない距離にまで悪魔の脚が迫ってやがる。出たとこ勝負だ。対策なんて一個もねぇ!思いつきもしねぇ!でも不思議と何とかなる気がして止まねぇ!


 だって、俺様はやったぜ……!やってやったぁ!!


「ハッッッハァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」






**********






「全く貴方という人は……」


 ギャリリリリリリリ……!!


 全ての意識を掻い潜るかのように、いつの間にかエストはジャンの肩を抱き寄せ、迫る脚にバックラーを擦りつけるように受け流した。


「フォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


「清々しいバカだ……!」


 その顔は、長年磨き抜いた完璧な微笑みではなく、無邪気な笑顔を浮かべていた。






 一方、エストを欠いたアニマ戦では、相応にジェニへの負担が大きくなることなど、誰の眼にも明らかだった。






(どうして皆邪魔するんだ!殺したい!邪魔が一人いなくなった!今なら悪魔を殺せる!殺そう!)


 ダッ!


 今までの稽古で身に着けた最初からの最高速。それに悪魔の体が生み出す爆発的な推進力が加えられ、ジェニと怪物の包囲など、簡単にぶっちぎる。


(足元にも邪魔がいるな!わらわらいるな!殺すか!殺そう!)


 悪魔の追撃を躱すエストとジャン。そして追撃を阻止するために武器を振るうスモーカー達も、接近するアニマに苦い顔をする。


「フォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


(五月蠅い!殺そう!)


 アニマが太刀を振るう。その太刀は空気を斬り裂き、興奮に身を任せるジャンの喉元へ、寸分の狂いもなく吸い寄せられていく。


 ガギィーン!!!


「大丈夫、ジェニが誰も殺させやんから」


 燃える魂。頬を流れる涙。太刀が宝剣に弾かれると同時に、既に全方向から七本の尻尾がジェニの体を貫かんと迫る。


 ザザザザザザザシュッッッ!!!


「そんなもんアニマにはいらんやろ」


 ぼとととととと、全ての尻尾が地に落ちた。






【余談】

ジャンは一度は全ての冒険道具を揃えていたノウハウを活かして爆速で準備を整えていき、アニマ達の後を追ってクリーチャーズマンションに挑んだ。

取り巻きや一度剣を置いた者共に、挑戦する程の熱などない。

一人でここまでこれたのは、アニマ達が道中の魔物クリーチャーを粗方倒して進んでいたから、というのも大きな一因だろう。

ソロの鉄則を忘れず、慎重かつ丁寧に戦闘を避け、時に大胆に駆け抜け、今に至る。

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