第220話 JOKER


「変身やん!!?」


 ジェニが目を丸くしている間に、悪魔が不意打ちの鉤爪をアニマに突いた。


 だが、アニマの回し蹴りが一撃でその腕を弾いた。


「パワーアップやん!!?」


 消えるような加速。


 バシュッ!


 次の瞬間には度重なる傷を負った悪魔の左膝が更に抉られていた。


 元々ラーテル獣人と比べて圧倒的に足りてない身体能力を、頭脳と視力と気力で補ってきた。逆に言えば、生物的に一・五~二倍以上ある身体能力の差を賄えていた。


 そんなアニマがラーテル獣人以上の肉体を手にしたのなら……


 ザスッ


 空中に飛び上がり、悪魔のへそを太刀で刺突。七本の尾が一つに束なり、


 ジュグッ!


 抉る。


「スーパーヒーローやん!!!つっよぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!」


 汗だくの髪がへばりつく頬に、ぎこちない笑顔を浮かべて。


 飛び出す。アニマの猛攻により、拾えるようになった宝剣を掴む。






「いやぁぁぁぁぁ…………」


 塞いでしまいたい視界に、走っていくジェニの姿が映る。


「だめよ…………」


 膝をつけたまま伸ばした手のひら。


 ドガッ!


 足を振り抜いた姿勢で止まるアニマからピントが移った、伸ばした手のひらをゆっくり下ろしていくと、「ジェニちゃん…………」痛みより驚きに困惑するジェニが転がっていた。


「バカなふりしても分かってるでしょ……」


 そのまま下ろせば撫でてあげられる手を、抱きしめてあげられる手を、力なく垂らしてキュッと握りしめる。


「王子はもう……王子じゃないの……」


 その言葉が引き金に、ようやく涙液が沁み出して来て。


「……悪魔なの……」


 呟かれた言の葉と共に、ぽたり落ちて滲みた。


 風は吹かない。沈黙が吹き溜まる二人の奥では、悪魔がアニマを伴って冒険者へ近づき、無差別に襲い掛かる音がしていた。


 アニマは基本的には悪魔を攻撃しているように思えるが、近くの冒険者達へも容赦なく斬りかかり、尻尾をけしかけ、蹴りを入れている。


 そこに絶妙なタイミングで被せられる悪魔の大質量の腕や脚。


「……あれは……」


 やがて、注意していないと聞き逃してしまうくらいの小さな声で、


「……JOKERや」


 沈黙は破られた。


「……おるだけで有利んなる……誰とでもより強い役んなる……最高戦力エースより多彩な攻撃出来る……その反面、利用されてまう事もある……」


 ゆっくりと、震える腕で体を支える。髪に隠れた口元からぶつぶつと語られる。


「最高の味方から……一転、最悪の敵にもなる……良くも悪くも番狂わせの一枚」


 がしっとエルエルの肩にジェニの両手が乗せられた。


「……悪魔なんかやない……!仲間次第でどんだけでも強なる、ジェニ達の切り札JOKERや!!」


 赤紫の瞳はぐにゃぐにゃに、頬を大粒の涙が伝う。


「手放すには百億万年早いやろ!!!」


 エルエルのじゅぐじゅぐの瞳に、僅かな熱が宿る。


「この剣が必要でしょう?」


 二人の間に、すっと宝剣が差し出される。


「エスト……」


 宝剣を受け取りながら、小さく零すジェニ。


……は野暮だな。もっと独善的に、自分勝手に。行こう」


「怪物……!」


「そうね……私ってば重い女らしいから、」


 袖を湿らせたエルエルは肩幅に堂々と立ち、


「こんなもんじゃ諦めてあげないわ!」


 ジェニ達へ向けて笑いかけた。






「アニマ君は最も攻撃しやすい者を無差別に攻撃しています。悪魔が子供達の方へと移動するだけで……分かりますよね?最悪の未来だ」


 カンッ!


 アニマと悪魔の間に入り、最早眼で追う事が難しくなった太刀をバックラーで受け止める。


「悪魔二人に好き勝手させては詰み!ですので、俺達がアニマ君と遊びます!」


 良く通る綺麗な声。黒髪長身の超絶美形が、


「その間、悪魔をもてあそんで上げてはどうかと」


 お手本のような微笑みを浮かべる。


「そいつぁ構わねぇがなぁ、俺達ぁ加減知らずの集まりだぁ……つい勢い余って遊び殺しちまうぜ」


 二振りの直剣を手にスモーカーも不敵に笑う。


 入念な相談や、事細かな決め事は必要ない。


 二者はお互いに距離を取るように展開していく。


 アニマの猛攻を全て防ぎ、躱し、弾き、基本通りにエストは構える。


「ジェニさんや怪物さんが羨ましかったんですよ、俺も、師匠と呼ばれてみたかった……」


 神速の剣がアニマの太刀を弾き、バックラーが尻尾を防ぎ、同時にジェニが胴を蹴り飛ばす。


 ノックバックした体に大槍の腹がめり込む。その間に、エストのこれまで負った傷を治していくエルエル。


「俺達が手本をお見せしましょう……!」






「エルエルさん、獣化薬とはどういったもので?」


 魂を燃やし、多少の怪我では止まらないジェニが前線を張り、そもそものリーチが違う怪物が後ろから重い一撃を叩き込む。


「今は戦いに集中……いえっそうね……!獣化と名前がついているけれど、その本質は魂の輪郭を一時的に取り払うものよ。だから獣以外にもなれる」


 そしてジェニの傷が増えてくるとエストが代わり、傷ついたジェニの元へエルエルが走っていき、癒す。


「魂の輪郭、ですか……?」


「健全なる精神は健全なる肉体に宿る。つまり精神は肉体に依存するわ。そして肉体は魂に依存する。魂がこう在りたいと望んでいる姿に、肉体は保たれている」


「ふむ……魂は人それぞれ違いますよね?」


「そうね、だけど人として生まれた瞬間に、魂は人の輪郭に収まるの。ほらっ、犬っぽい性格の人とか猫っぽい性格の人はいるけれど、見た目がそのまんま犬や猫の人はいないでしょ?

 それぞれ人の範囲の中で、魂の個性に寄り添っていく」


 みるみる傷が消えていったジェニがまた涙ながらに斬りかかる。


「魂は本来もっと自由なの。その人の最も深くて最も熱いものであると同時に、軽はずみに抜けたり戻って来たりするし、その日の気分で色も形もあやふやに変わる」


「その枠を“一時的に”取り払ってしまうのが、獣化薬と……」


「本当に理解の速い人ね……大丈夫よ、王子の輪郭が完全に固定されるにはまだ少し時間があるはずだわ。恐らくそれまでに“心の底から元に戻りたい”って思わせられたら……前例は見たことないけれど、原理的には可能なはずよ」


「しかし、そうもいかない」


「……羨ましい頭ね。そう、今の王子は、ごうや力に憑りつかれてる。一度強引に意識を断ちでもしない限り、まともに言葉が届くとは思えないわ」


 エルエルの言葉を咀嚼そしゃくするように一度頷くと、


「具体的な時間は?」


「……“六十秒”ってところかしら」


 エストは戦う二人の方を向き直り、


「ジェニさん、怪物さん、あなた方のやる事は!?」


「殴るぅ!!」


「しめる!!」


「完璧です!!」






【余談】

・獣化薬

 魂の輪郭を一時的にあやふやにすることで、魂の本来の形やその者が強く願う姿へと、姿を変えることができる。

 また、七大罪と七美徳の比重により姿が変わり、他者を傷つけたり奪ったりする者は攻撃的な外見へ、協調や穏和を愛する者は小動物などへと変化する傾向にある。

 自由になりたい者は鳥や魚になり、変人は虫になったという。

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