第217話 死闘⑤


 悪魔はまるで僕たちなど眼中から消えたかのように右目を抑えて止まっている。


 その隙に無茶な突撃をしていた皆も散り、陣形を整えて、


 パチンッ!


 駆け寄って来たジャンと手のひらを交わした。擦り傷などはあるが骨や筋に問題はなさそうだ。


「meeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!」


 悪魔がボルトと共に白布を取り払って叫んだ。右目は潰れ血を流し、現れた黄緑色の左目は理性を飛ばしたかのように焦点が定まっていなかった。


 それは最早人の声などではなく、ただただ悍ましいけだものの咆哮だった。


「怯むな!!!」


 スモーカーさんの喝と双剣による左脚の傷口を抉る攻撃が、思わず竦みかけていたこの膝に勇気をくれた。強張っていた皆の顔にも、気力が再燃する。


 悪魔は負傷した脚では体重を支え切れなくなったのか、膝を曲げ前傾し、背骨を更に湾曲させ両腕を地面につけた。


 四足の白毛を鮮血に染めた、破壊と殺戮の狂獣。


「皆!!!ここがこの戦いの正念場だよ!!!!!!」


 ヤケも覚悟も高揚も坩堝に混ぜた皆の咆哮が、獣の咆哮と衝突する。






「gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」


 ドン!!


「ぐぬぉ!?」


 我武者羅に振るわれた前腕による薙ぎ払いがミッドレアムさんを襲った。続けざまに全体重を乗せた横向きタックルがスモーカーさんにヒットする。


「……っ秩序がねぇ!!出鱈目な攻撃が来るぞ!!」


 今まで理性的に展開されていた攻撃が、突如として無秩序になった。ただ一番近くの者から手当たり次第に攻撃している。


 そして自己へのダメージを恐れない攻撃が、実はこの体格差では一番嫌な攻撃だ。なんせ、奴から見れば僕らは小動物。


 戦闘を楽しまず、ただ殺す事に特化されては、最悪の殺戮者となる。


「アニマ君、お気づきですか?」


 定位置のように僕の隣に居るエストさんがバックラーで隠しながら耳打ちしてきた。


「臭いよね」


 頷きつつ返した言葉に、エストさんも微笑を浮かべ、


「「劇的が過ぎる」」


 悪魔とリンクした僕と、人生を演じ続けてきたエストさんだから分かる。奴は、狂獣を演じている!


 自らを“享楽きょうらく求道者ぐどうしゃ”と名乗るあいつが、理性を飛ばしてまでその楽しみを放棄するわけが無い。


「そんなに楽しいかよ……ラスボスのロールプレイが……!!」


 オーラの色まで怒りに染める奴の演技力は迫真に迫るものがある。


「何とか逆手に取れませんかね?」


 現状悪魔は僕達が気づいている事に気づいていない。ただそれがどうした?戦闘に大きく差し障るようなものでもない。アドバンテージと呼んでいいものなのか……


 エストさんだって核心は持ってないからこういう聞き方をしてきたんだろう。でも、そうだな。彼の天才的な頭脳は何かの欠片を掴んでるのかもしれない。それは、何だ?考えろ、ピンチは常に逆転の芽を宿している……!


「あの人の協力がいる……!」






「頭突きや突進、乱暴に振り回される腕は厄介だけど、凶悪な足技は無くなった!!もう手足を執拗に狙う必要もない!!」


 前後左右への機動力を増した悪魔に悪戦苦闘する皆に、


「届くよ今なら!!直接急所を叩く!!」


 踏ん張りの効かない空中では有効打にならなかった臓器などへの攻撃が、今なら全力で撃てる。このチャンスを逃す手は無い。


 奴も、そう思ってるはずだ。だからこそ狙うは……


「高火力のジェニ、怪物、アブドーラさん、スモーカーさん、ミッドレアムさんを援護するんだ!!」


 敢えて名前を上げなかった男の存在にこそ、最も注意しているんじゃないか?なんせその演技を始めるきっかけを与えた男だもんな。


「三、二、一!!!」


 カウントダウンに合わせ、全員が一斉に動いた。


 ミッドレアムさんとアブドーラさんとスモーカーさんが右から走り、怪物とエストさんと僕が正面、ライさん、ゼダーさん、タコンさん、ジェニ等が左から走る。


 三百六十度を囲い込むには人手が足りない現状、精々左右に別れるのが関の山。それに、欲をかいて孤立し過ぎるとそこを狙われる危険もある。


「おらぁくたばれ!!」


 ゼダーさん等の攻撃を躱しつつ、右側のスモーカーさん等へ突進を含めた薙ぎ払い攻撃が迫る。


 けたたましい咆哮と共に放たれたそれを、「だぁしゃぁああ!!」屈強な男たちが両腕に青筋を浮かべながら武器で抑える。


 しかし、二人で抑えれる質量ではない。ぶっ飛ばされた二人の間から、


「ど・す・こぉ・いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」


 ドガンッ!!!


 アブドーラさんの特大槌が叩き込まれる。相当な威力だったはずだが、だが四足!踏ん張りが違う!山羊の角が重厚な胸当てにぶち込まれ、「かはっ!」アブドーラさんも衝撃に膝を折る。


 シュッ!


 屈強な三人が作り出した僅かな隙に、ジェニが胴を斬り、浅いか!ばたついた神父服に切れ込みが入る。


 ダンッ!


 踏み込みの音が心地よく鼓膜を揺らす。


 見えてる!その赤紫の瞳には、次のビジョンが映ってる!!


 ザシュッ!!


 ポール無しでポールダンスしたかのようなえぐい身体の捻りで振るわれた宝剣が、今度こそ肉を断った!


「スイッチ!!」


「まだやぁ!!!」


 !!?


 ダダンッ!


 己が魂を炎色に燃やす白銀の少女は、そこから更に鋭い踏み込みで身体を回転させる。


 入りすぎだ!あれでは誰もカバーに入れない!スイッチしようにもふところすぎる!作戦には無い独断専行!危険すぎる!


 今までの僕なら焦って取り乱してた。けど仲間は信じ抜くものだ!使いどころはここだろう!


「ジャン!!」


 バシュッ!!


 ハンドルで巻き上げきりきりと張りつめた弓の、全ての力が籠ったボルトが飛ぶ。


 キンッ!


 流石に二度目は無いか!悪魔は頭を逸らし、その巻角でボルトを弾く。少し欠けたか。


 そして同時に四本の足をフルに使って飛び退いていた。ジェニの気迫が奴を動かした。


「ここだ!!!」


 僕は叫ぶと同時に走った。その両翼を、ウィンドラス・クロスボウを投げ捨て直剣を手にしたジャンとエストさんが追従する。


 全身を連動させろ!つま先からアホ毛まで全部全部制御しろ!風を置き去りにするんだ!


 ザッザッザシュ!!


 三人の剣が続けざまに叩き込まれる。同時に既にそこに居たランコさんが背中に短剣を突き刺した。


 その場で回転した悪魔の尾が、大質量の鞭となって眼前に迫る。


「スイッチ!!」


 ぎりぎり叫ぶだけ叫んで、腕への衝撃と共に視界がシェイクされ、路面を吹き飛ばされる。


「かはっっ!」


 わかっちゃいたけど糞重い……!!隣には同様に吹っ飛んだ、噴き出してきた唾を地面に吐きかけて這いつくばうジャンとエストさん。


 間髪入れずに怪物の剛槍が顔面に振るわれる。見切られようとそれでいい。怪物が叫ぶ。


「スイッチ!!」


 ライさんとゼダーさんの長物が頬に叩き込まれ、首が沈み込む。カウンターの腕が二人にヒットする前に、


「スイッチ!!」


 悪魔の眼が僅かに見開かれる。


 なぜそこにって?吹っ飛ばされた直後から走ってたからここに居るんだよ!ここ二ヶ月僕は、デケー奴に散々ぶっ飛ばされてんだよ!!


 全速力で走る力を一本の線に繋げて、両手に構えた太刀に神経を集中させる。


 対する悪魔は狼のような口を目一杯に開けて、糸を引くギザギザの歯が僕の首を嚙み千切ろうと迫る。


 ドシュッ!!


 その頬を、高速のボルトが貫いた。


 今度こそ悪魔の眼が驚愕に見開かれる。


 そう、警戒されていたジャンがわざわざウィンドラス・クロスボウを投げ捨てたのはこの為。


 陰に潜むモドリスさんでも足の速いジェニでもなく、最も静かだった男こそが作戦を伝える伝令だった!


 一体誰が?と、ぎょろり動かした悪魔の瞳に男の影が映る。


「……アイアム」


 無骨な禿げ頭と無精髭。逞しい腕にウィンドラス・クロスボウを構えたサイスさんが、逆光に佇んでいた。


 体は既に加速しきっている。サイスさんが作りだした値千金のこの一瞬!


 決める!!


 悪魔の意識が僕に戻る。僕の踏み込みに、僕の一撃に。腕を構える。もう遅い。狙うはその首!!


 太刀が首に吸い込まれていく、同時に決死の抵抗で振るわれた腕が迫る。


「言ったろ、僕も囮だ」


 ぶっとい腕が腹に食い込んでぶっ飛ばされながら、笑う。最初からずっとお前が警戒してなきゃいけなかったのは、あの天才少女なんだよ!!


 急所への攻撃は警戒されていて当然!だからこそ、最も警戒する首に意識を向けさせた!!


 さぁ、心臓をぶち抜いてやれ!!


 ザシュッ!!!






【余談】

I am には「私は~です」ともう一つ、「私は(~に)存在する」の二つがある。

デカルトの名言 I think, therefore I am. 我思う、ゆえに我あり。

に登場する通り、I am だけで私は存在するという意味になりえます。

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