第216話 死闘➃
「わざとだろ……!!」
悪魔にこれといったリアクションは無かったが、こべり着いたいやらしい笑みが物語っている。
助っ人として現れたジャンから潰す事で、僅かな希望の芽を摘んだ。僅かでも希望を与えた事に対する制裁、クソがっ!
「もう一発来るぞ!!!」
ゼダーさんの絶叫が、感傷に浸る暇さえ与えてくれない。
傷ついた足などお構いなしに、巨大な暴力が迫り来る。壁役である怪物達がその役目を果たそうと、身命を賭して武器を叩きつけた。
「ギッ」
そこには満身創痍であるはずのアブドーラさんも加わり、きつそうな声が漏れるも、目は強く滾っていた。
だが片足を止めれば隙が出来ていた先ほどまでとは違い、フリーの拳が彼らに迫る。それをミッドレアムさんが叩き斬る。
「やるしかないよ!!」
ハンデを辞めた悪魔に時間をかければ、かける程僕達は追い込まれてしまう。現に一流の冒険者達でさえ何人も殺されて、皆の怪我も増えて来た。体力も無尽蔵って訳にゃいかない。
無為に時間を浪費するくらいなら、ここで作戦を開始する!!
多少無理がある分個々にかかる負担はデカい、でも信じろアニマ!共に戦う仲間と、これまでの全ての努力を……!
「畳み掛けるんだぁ!!」
声に答えて、これまで積極的には前に出ていなかった、タコンさん、ライさん、そしてサブオーダーに徹していたゼダーさんが前線部隊のベテラン達の間から飛び出した。
本来サポートとしての能力の方が高い彼らの突撃に少しくらいは驚いて欲しいところだけど、相対するこいつはそんな単純な相手じゃない。
「君は生きてた方が面白そうだなぁ」
二対一で左右に別れ、泣きっ面で飛び出した一のタコンさんではなく、二のライさん、ゼダーさんに拳を振りかぶる。
孤立した者から切り崩していくのが定石だというのに、全くいい性格してやがる!……だからこそ、読めてたよ……!
しかし、フィーリアさんを失ってしまった今、あの二人に悪魔のストレートは分が悪いか……!
「舐めないで下さい……!」
ガッ!!
豪速の左ストレートを、ライさんの棍とゼダーさんのパルチザンが外側に弾いた。
「私達も冒険者です!!」
更に続けざまにもう一撃ずつ叩き込んで、より強く弾く。
凄いよ……!最高だ……!
「スイッチ!!」
僕の合図に合わせ、二人を庇うようにサイスさんが躍り出て、モドリスさんが悪魔の股を潜った。彼は暗器を使った奇襲を得意とする冒険者だ。そんな彼が背後に回れば、悪魔も意識せざるを得ない。
「上手い囮だね」
悪魔が笑う。そう、ここまでは奴も言った通り、ただの囮だ。
彼らの入れ替わりに紛れるように、二人の猛者が動いてる……!
「人型の急所は、何も上半身だけでは無いのですよ……!」
「
エストさんが左足、スモーカーさんが右足に、それぞれ武器を振りかぶる。
ただの横薙ぎじゃないぞ!エストさんの一撃は、龍狩りの一撃だ!!
戦いにおいて敵が想定外の行動をとった場合、一度安全な場所まで下がる事が定石となる。一度仕切り直して、相手のペースにしない為だ。
「退きたかったろ……?」
背後ではモドリスさんが気を引いて、更にエストさんとスモーカーさんの脅威度が高かったから、僕とランコさんがお前の背後で腰まで飛び上がってることに気づけなかった……!
事前にいくらでもシミュレーション出来てる、僕の最速が確定した未来を!!
「何色ですかぁぁあああああああ!!?」
ミサミサさんがやられたからか、ランコさんの目が狂気の色に光る。両手に握った二振りの短剣が、悪魔の背筋を、そして僕の太刀がその奥の腸を!
並の武器では碌に斬れなくても、大丈夫、名刀だ!僕が切れ味を引き出せれば、必ず届く!!
「
ドゴオオ!!!
退こうとした足で無理に踏ん張った軸足の脛に、アブドーラさんの特大槌が諸に入った。悪魔の頑丈さじゃなかったらバキボキ粉砕コースだ。悪魔でもただじゃ済まない。何たって弁慶も泣いちゃうんだから!
悪魔は思わず殴られた右脚を上げ、右手で痛みと共に抑え込む。
「あれ、言ってなかったっけ」
その為にわざわざ大声でパワーワードを叫んだんだ。
これまで散々いやらしい笑みを浮かべて来たその顔に、精一杯の嫌な笑みをお返ししてやる!
「僕も囮だ」
白い布越しでも、確かに目が合った気がした。
「スイッチ!!」
続けざまに叫ぶ。完全に右脚を浮かした悪魔は今、全体重を左脚一本に乗せている!!
身体を支える脚が二本しかない人型の急所は、上半身だけじゃない!!
左脚の腱の前に、ミッドレアムさんが大上段に黒鉄のロングソードを振りかぶってる!!
「
渾身の袈裟斬りが、腱に迫る!!
そうだろぉ?それはいくらお前でも喰らっちゃダメな奴だ……ならどれだけ右脚が痛くても、下ろして踏ん張らなきゃいけないよなぁ……!!
そうして躱そうと無理したジェニのつけた傷からも血を滴らせる右脚では、本来の力は発揮できない。必ず、綻ぶ。
「せいやぁあ!!!」
囮。
右脚元に立ったスモーカーさんが追撃の構えを崩して双剣を下げた。
その二振りの直剣に足をかけた男が、大男が掛け声と共に空を舞う!!
悪魔の心臓の位置まで達した巨漢が、大槍を振り被る!!
「
突如懐に潜り込んできた約三メートルの筋肉達磨に、悪魔は対処するしかない……!
片脚で無理くりに踏ん張って、怪物の側面に左フックを叩きつける。
ガクッ!
ほら、綻んだ……!!
囮。
そして今にもこけそうな体勢の悪魔の前には、天才がいる!!!
「今だ!!!」
僕は叫ぶ。
今にも自身の身に宝剣を叩きつけようとしている少女に、悪魔の目が大きく見開く。
囮!!!
「ジャアアアアアアアアァァンンン!!!」
ドシュッ!!
グジュゥッ!!!
風を引き裂いたボルトが、悪魔の右目に突き刺さった。
「来てくれて嬉しいよ!」そう抱き着いたその耳元で、
「ジェニの蹴りを受けても大事なかったんだ、出来るよね?スタントマン」
瀕死とはいえどまだ息がある黒炎竜さんの壁に隠れる事で、魂が見れる悪魔の視界を誤魔化した。
三文芝居もかくやな僕の演技でも、見抜けなかったろ。なんせ怒りは本物だ。
そして悪魔が違和感に気づかないように、全員で攻撃を畳みかけた。
視線でバレる事を避ける為にジャンが大トリだとは誰にも伝えてない。だからこそ全員が、演技など介在しない本気の攻撃だった。
小さな糸を手繰り寄せて、最後、ジャンからの射線が通る位置で、宝剣を持つジェニに意識を釘付けた。
「ハッハァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ウィンドラス・クロスボウを片手に、もう片方の手でガッツポーズしたジャンの声が戦場に轟く。
囮の囮の囮作戦。第四層では僕一人でやった。でも今回は“全員で”だ。
もし戦場で相手のとる行動が解っている瞬間があれば。
これが、僕達が描いてた、必中の未来だ!!
【余談】
人は同時に複数に集中することは出来ない。
意識はパーセンテージだ。数が増えるごとに、五十%、三十三%、二十五%、二十%……と一つに対する意識は下がっていく。
優先させるものがあれば、その他のものに対しては尚更薄い意識になる。
“虚を突く”為に、“囮”程有用な手段は無い。
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