第215話 死闘③
必勝の策。その甘美な響きに、皆一斉に後ろへ飛んだ。ある者は希望を、ある者は興奮を、ある者は疑念をその顔に乗せ。
無論、ブラフだ。
ブラフ……必勝の策なんてありゃしない!
けれどこうでもしなければ皆従ってはくれなかっただろう。意識の隙を突く時は、嘘でもいいから強い言葉だ!
警戒しつつ距離を取り始めた皆が不審に思う前に考えろ!必勝ではなくとも、せめて一撃ぶちかますくらいの策を!
無理矢理に指揮権を乗っ取ったんだ。ここで失敗すれば二度とこの手は使えない。
悪魔は珍しい事態を面白がって、距離を離す僕達を見逃してくれているようだ。いやスタミナ回復も兼ねてか。あの巨体では連続で攻撃し続けるのは難しいのだろう。とにかく今の隙に考えろ!
僕にはいつだって思いつけない。けど、考え続ける事こそが、“神の一手”への確たる一歩となるはずだから!
…………っ!これならっ!成功するかは皆の動きにかかってくるけど、上手く嵌れば大きな一撃となるはずだ!
僕は皆になるべく簡潔に役割と陣形を指揮していった。
「アブドーラさん、
それだけ言えば、彼女は大丈夫だ。自分でだって分かっている。もう暴走したりしない。
一通り指示を出し終えると、
「ジャン!」
最後にジャンを呼び、両手を広げてその胸に飛び込んだ。
「ん?お?」
突然の事に、しかも敵を前にしてとは思えない行動に対して動揺を隠せないジャンには構わずに、
「来てくれて嬉しいよ!」
勢い余って一回転しながら、ありったけの笑顔で。
「?……可愛い奴めぇ!」
戸惑っていたジャンも受け入れちゃって頭をワシャって来た。
僕は身長差を考慮して足首をピーンと伸ばす。ギリギリ届くかどうかのピアスで飾られた耳に、「ぼそぼそ…………」こっそりと耳打ちした。
基本は今までと同様、ガタイのいいベテランや怪物と、立ち回りとカバーの上手いエストさんやモドリスさんが前線を張り、ジェニやランコさんが遊撃を担当する。
そして僕も前に出る。積極的に攻撃しなきゃダメだからだ。肩で息をするジェニのスタミナが心配だ。
「背中はお任せください」
指揮と戦闘の両方を同時に行うことは出来ない。必ず生じるであろう隙を頼もしく棍を構えたライさんが守ってくれる。
「なぁアニマ、俺様ぁランジグ帰ったらよぉ、式ぃ挙げようと思ってんだ」
ジャンは右手に巻き付けられた小さな珠のお守りをじっと見てから、きつく握りしめた。
「絶対ぇ来てくれよ!特等席用意しとっからな!」
剣を手に走り出したジャンの背中に、
「お互い、手紙の練習しなくちゃね!」
と声をかけ、気合を入れなおした。
泣いても笑ってもこれが最後……太刀を掲げる。
「さぁ、ぶっ殺してやろう!!」
体感的にはもう何十時間も戦っている気がするが、実際はそうでもないらしい。太陽の差し込む角度は最初とさして変わっていないように思う。
エルエルは最後の大詰めだとばかりに一切の情報を遮断する程の集中を見せ、冒険服の胸元や背中は汗でぐっしょりと濡れていた。
戦いを見守る子供達は未だ恐怖に怯えへたり込みながら身を寄せ合い、戦場の中心であるこの広場には、至る所に亡骸と血だまりがあった。その多くは殆ど原型を留めてすらいない。
碌に知らない僕達を助けてくれた人もいた。戦ってくれた人達だった。「あの時はありがとう」なんて言って、お互いの苦労話や自慢話を昼下がりの喫茶店とかで語らいたかった。
それをこいつは、醜悪な愉悦の為だけに……!
ぐっと握り締めた拳を一度開き、しっかりと太刀を握りなおした。
大丈夫、これは静かな怒りだ……見るべきものはちゃんと見えてる……!
スパァッ!
悪魔の正拳突きを足さばきで躱し、通り過ぎる腕に添い寝するような体勢で突いた刃が、拳から肘までの薄皮を滑るように引き裂いていく。
数多の武器が叩き込まれた腕は、いくら硬いとはいえ、漏れ出た赤い血を白毛が吸い上げて染まっていた。
「ダメージはちゃんと通ってる!こいつは硬いけど無敵じゃない!ジャン!」
ガツッとライさんが棍を悪魔の拳の甲に叩き込んだ。それにより悪魔が腕を外側に振れば僕が喰らっていたであろう攻撃の可能性を潰してくれた。
「おう!」
僕の呼びかけに答えたジャンは、悪魔が鉤爪を振りかざそうとすれば踏み出さなければならない足の場所にて、逆袈裟にロングソードを振り抜いた。
綺麗な剣筋だ。日頃からお山の大将を気取っていただけあって腕は確か。並の冒険者の域は軽々と超えている。ベテラン達ほど洗練された動きでは無いけど、臆すことなく最前線に立っている。強いな、ジャン。
足の位置を失敗した悪魔は一手遅れる。
ザシュ!
その隙に身を低くして移動したジェニが、軸足をもろに斬り裂いた。
ガクッと悪魔が膝を折る。
バランスを保とうと着いた爪付きの腕に、息を合わせた怪物たちが一斉に斬りかかる事によって、上体が大きく傾いた。
その先には両手を右肩に持ってくるようにして肩の上でロングソードを構えたミッドレアムさん。コォォと息を吐き、
「
悪魔の頬に黒い線が引かれる。それはまるで海月の触手に当てられたかのような湾曲する軌道を描いていた。
なんて美しい剣技だ……!直線で斬りつけない事によって、最も警戒する顔への攻撃を成功させたんだ……!
ブン!
だがやられっぱなしの悪魔じゃない。崩れた脚をさらに崩して、重心を地面に近づける事によって、鞭のような回し蹴りを放っていた。
ゼダーさんのコールに合わせて皆一斉に回避したが、先ほどの攻撃で潜り込んでいたジャンだけは、間に合わなかった。
「ぐはっ!!」
直撃を受け、大人であるジャンの肉体がいとも簡単に地面を転がっていく。
「ジャン!!!」
その先で黒炎竜さんにぶつかり、勢いはそこで粗方相殺されたようで、その裏にて止まった。
「ジャン!!!まだ戦えるよね!!?」
……返事は無い。
「何寝てんだよ!!助けに来てくれたんだろ!!?」
……陰になって見えにくいけど、ピクリとも動かない。
「もっとカッコつけてよ!!!ジャン!!!」
その叫びに、返事がされることは無かった……
【余談】
キメラモンキーの殲滅……もしこれを成していなかったら。
第一、クリーチャーズマンション全階層の占有。全てのリソースを独占し、爆発的に数を増やす。
第二、独立国家の誕生。王となる個体が現れ、意思統一がなされる。人を完全に支配したキメラモンキー達は人よりも上位の存在となり、そして更なる高みへ、上位者へ至らんと欲す。白狼こそ平和を望んだが、その意思は時の流れの中で風化していく。
第三、絶対数が増えれば野望も肥大化するというもの。武装を整え、ランジグへと侵攻を開始する。最強の砦としてクリーチャーズマンションがある限りキメラモンキー達に敗北は無く、長き戦乱の時代が幕を開ける。ランジグの毒気問題自体は、キメラモンキーの知性を持ってすれば僅かな犠牲で乗り越えれるだろう。
これはあくまで可能性の話である。
しかし忘れるなかれ。人への憎しみを持った幼いキメラモンキーが二匹、逃げおおせている事を。
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