第213話 死闘①


「燃えてる……」


 息つく暇もなくジェニが悪魔の周りを飛び回り、宝剣によって切れ込みを入れていく。


 それを上手く利用したランコさんが短剣ではありながら確実に傷を付けて行く。フィーリアさんとミサミサさんもそれに続き悪魔の攻撃を引きつけつつ、怪物たちがその怪力で蹴りを受け止める。


 勿論毎度完全に受けきれるはずもなく、打撲程度は覚悟の上で、悪魔もまた全身を飛び回るジェニらによって血潮を宙に撒き散らす。そんなしのぎを削る攻防だ。


「ジェニの魂が燃えてる……」


 ザシュ!と大技をお見舞いして大股で着地後、荒い息を隠そうともせずに「はぁはぁ……」と汗を垂らすジェニ。


 その全身を青く赤い炎が覆っていた。


 僕の言葉に、近くで聞いていたアサイさんやライさんは「ああそうだな」と本気で戦っているな程度の認識で同意を示した。


 そうじゃないんだ……!あれは、今まで見て来たあれは、決して便利なパワーアップでは無かった!


 何かを削る、或いは何かを代償にしているタイプの、何かそういう状態だ!


 その先にどうなってしまうのかは分からないけど、そう長く続けられるものでも無いのだろう。ジェニの激しい消耗が物語っている。


 僕達も油を売っている時間なんかないぞ!今すぐにでも加勢して、一刻も早く勝ちきらないと!


 クックック……


 不気味な笑い声が静かに響く。


「やっと本気を見せてくれたね」


 戦闘開始前と比べれば遥かに傷を増した悪魔の、なおも余裕を感じさせる立ち姿。


 ゆっくりとそしてわざとらしく、後ろに回していた腕を広げてみせた。


「……死闘こそ、最高のエンターテインメントだ!!」






 悪魔は僕達からしたら柱のように大きく太い脚を片方後ろへ引いて、腕を構えた。爪を失った方の手は拳を握り、もう一方では逆に爪を立てている。


 そのシルエットは獣的でありながらも、熟達の武闘家を思わせた。何より迫力が違って見えた。


「立て直すぞ!!!」


 スモーカーさんの荒い声が轟いた。悪魔が腕から脚へスタイルを変えた時と同様、一度陣形と作戦を組みなおす必要があると考えたからだ。


 それを肌感覚で理解していたランコさんフィーリアさんミサミサさんらは瞬時に後退を開始する。


「っ!」


 敵に思い通りの行動をさせないのが戦いの定石ならば、悪魔もまたそれを熟知しているわけで、後退し始めたミサミサさんに蹴りが迫る。


 流石の見切りの速さで横に跳んで躱したミサミサさんだったが、その眼前には既に握り拳が迫っていた。


「ひっ!」


 咄嗟に両腕で顔を庇ったミサミサさんのがら空きの胴にメキメキとめり込む。


「お゛ごっ!」


 次の瞬間にはその場に唾だけを残して、ゴロゴロと転がった先で「かっ……ぁっ、……ふぃ……」衝撃と呼吸に苦しんで、誰かに助けを求めるが如く腕を虚空に伸ばして、端に涙を浮かべた悲壮な目をこっちに向けていた。


「ミサミサ!!」


 ランコさんが感情を顕わに叫んだ。後退しながらも虎視眈々と反撃のチャンスを窺っていたというのに、全てを投げ捨てて彼女の元へ駆け寄る。


「ミサったらまだまだ青いんだから……」


 そういうフィーリアさんはセリフとは対照的に下唇を噛んでいた。そして声を張り上げた。


「皆何をボケっとしているの!?スモーカーは速く指示を出しなさい!!ここからが本番よ!!それとも私が直接気合を入れてあげなきゃ駄目かしら!!」


 流石は副団長的なお姉さん、皆の顔つきが一瞬にして引き締まった。


「フィーリアが蹴り入れてくれんなら俺ぁ喜んでケツを突き出すぜ!」


「踏んでもらった方がいいだろバカ兄貴がっ!姉御の脚は最高だぜ!」


「バカ兄貴共がっ!言葉攻めこそ原点で頂点だろがい!」


 茶色い髪したミコンさん、オワコンさん、サッコンさん三兄弟が各々の武器を手に前に出た。フィーリアさんらの後退後を補助する為だろう。


 そこに悪魔が鋭く踏み込んだ。


 次の瞬間一人潰れる。


「「兄貴!!」」


 もう一人、


「「兄貴!!」」


 更にもう一人。


「兄貴ぃ……」


 熟練の冒険者達が続けざまに潰された。あっという間に。兄弟の連携など、発揮する暇さえ与えられなかった。一人残されたタコンさんの伏せた顔。声から想起される表情。


 余りにも呆気なさすぎる……そして余りにも、強すぎる……


 両手両足を解禁し、手数が二倍になった程度の話ではない。二乗だ。戦術の幅が桁違いに増えている。


 認めたくないが、本気を出した奴の頭脳は僕らを軽く凌駕しているように思う。戦術の組み合わせ方繋げ方が、抜群にいやらしく対処に難しい。


 ジェニですら攻めあぐねている。スモーカーさんだってどう指示を出せばいいのか決めかねている。


「ライ、アニマ君と下がってな」


 アサイさんはそう言って装飾の凝った直剣と紋章の入った華美な盾を構えた。


「お供します」


 ライさんも棍を斜めに構える。


「いいや、お前は保護者に適任だ。俺達の勝利にはアニマ君の目と頭が必要だと思わねぇか?」


 やや強引にライさんを下がらせる。ライさんも渋々ながら納得して僕の側についた。


「僕も戦え、」


「俺だってもう三十手前のいいおじさんだぜ?」


 わざと遮られた。


「……女子供の前でくらい大人ぶらせてくれっつーの!!」


 ドドッ……


 四本の長い爪がそれぞれ別の臓器を貫いていて、アサイさんが直剣を振り上げるも、その指に傷をつけれるほどの力を込めることは出来ず。


 コポッと込み上げてきた血に邪魔されながら、


「……金……返せねぇや……」


 だらんと手足が垂れ下がった。悪魔がこちらを向いている。


 次の標的は、僕達だ。


「死守せよォオオオ!!!」


 カキンッ!


 刺さった遺体を振り払い、そのついでと迫る爪をフィーリアさんとミッドレアムさんが間一髪で弾いた。


「若ぇのばっか死なすんじゃねぇ!!!ベテランの意地にかけて!!!死守せよォオオオオ!!!」


 叫ぶスモーカーさんは、サイスさんとモドリスさんを伴ってフィーリアさん等に合流し、凄まじい連撃を叩き込んでいく。


「おらぁ!!」


 アブドーラさんと怪物の息の合った攻撃が軸足を捉え、悪魔が九十度以上回転する。しかし更に自分で体を捻り、片手をついて側転のようにして無効化する。


 その後ろにはエストさんが膝を曲げ、両手を前で組み、それを足場にしてランコさんが跳躍して短剣を顔の前でクロスさせていた。


 ザシュッと無防備な背中を斬りつけるも浅い。がその瞬間にはもう同時に背中を蹴りつけて離脱していて、いつの間にか短剣をしまって空いた手に、少女の手を掴む。


 空中で投げられたジェニは自分で飛ぶよりも更に高度を稼いで首元まで迫る。肩に構えた剣を思いっきり振り抜いたそこへ、悪魔の手が蚊を払うように直撃する。


 咄嗟に膝と肘をクッションに使ったジェニだったが、制御を失って空中を飛ばされていく。


 それを怪物が受け止めた。高い身長を活かして全力で飛び上がったのだ。ジェニはすぐさま猫のようにその腕からするすると着地すると、低い体勢で剣を構えた。






【余談】

スモーカー一派現在の生存者一覧。

・ベテラン

スモーカー

フィーリア

モドリス

アブドーラ

ミッドレアム

サイス


・準ベテラン

タコン

フライモナカ

カサブランコ

ゼダー

黒炎竜 瀕死

ミコン ×

オワコン ×

サッコン ×

ティッシュキッシュ ×

キャッシュレスアサイ ×

モンモ ×

スーモン ×

ジロウ ×


・新人

ミサミサーラ 負傷

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