第212話 剣姫ジェニ・シャルマン


「ミイラも棺桶蹴って飛び起きるやつ!?」


「おう、滅茶キツイやつなんだ」


 キャッシュレスアサイさんは、多重債務者が何故か「大丈夫だから」と言う時のような決め顔で。


 しかし比喩表現だろうとそこまでいくと、


「もう蘇生薬じゃん」


 ははっと軽快に笑い、「そうだゲロにがだぁ」と、自分が飲んだ時の事を踏まえながら言った。口ぶりからして一度や二度ではないのだろう。苦労が伺える。


「でも、その貴重なものじゃ……仲間に使う為の、」


「気になさらないで下さい。出し惜しんでいられる戦いではないでしょう」


 僕の言葉を遮るように言い切ったライさんは「それに、」と続ける。


「若者の目を信じるのも年長者の嗜みですから」


 穏やかな口調と、非の打ちどころのない使い慣れた微笑みだった。






 「うん」「うん」「うん」と、少女の声で何度も相槌が打たれる。またの名を空返事とも言う。


「本当に大丈夫なの!?」


 元はウェディングドレスのように純白で綺麗だったが今は紅に染まった冒険服。これまでの冒険で解れたり破れたりと傷んだミニスカート。泥汚れの目立つ、動きやすさを重視した靴。


 下の方で二つに結ばれたウェーブのかかった白銀のツインテール。そして、前髪の間から覗く赤紫色の宝石は、一切ブレずにじっと悪魔と戦う者達を捉えていた。


 驚異的な集中力で、瞬きの一つもしやしない。そんな状態で、またもや「うん」と空返事をする。 


 表情は動かなくも芯に闘志を漲らせた、熱を内包した氷のように美しい横顔に魅入られつつも、


「さっきまで棺桶に片足つっこんでたってのに」


 やはり不安は拭えない。


「うん……まぁ全身入ってお面までつけた事あるしね」


 空返事気味ではあったが、以前第五層を訪れた時の事を言っているのだろう。


「ツタンカーメン?」


 近くで聞いていたアサイさんが聞いてきた。戦場で敢えて気の抜ける会話をすることで皆の緊張感を解そうとしてくれているようだ。


「そう、」


 その間に、ジェニは首を回し、手首と足首をぷらぷら振り、屈伸すると、


「冷たかってん!」


 謎の感想と共に、愛剣を携えて飛び出した。


「うんまぁ」


 ミイラと面を掛けて韻まで踏んだ事に自然と感心しながら、僕達もその背を追い、いつでもサポートできる位置へと進みだした。






 ジェニの姿に気づいた冒険者達が驚き、怪物とエストさんは僅かに顔を綻ばせる。その横を、猛スピードで突っ切っていった。


 最初から全速力。たがの外れた加速で、数多の意識を置き去りにしていく。風を切り、ランコさん、ミサミサさん、フィーリアさんの横も越え、その足に辿り着いたと同時に、


 ザン!


 しかし直線軌道は流石に読まれていたのか悪魔は足を動かしており、薄皮を斬り裂いただけに留まった。


 全力の攻撃をすかした事に余裕を見せる悪魔。それを見ていた冒険者達の顔にも期待の次の感情が現れだしていた。


 だが舐めて貰っては困る。


 ジェニは速度を落とさないまま背後まで走り抜け、片足で踏ん張ると同時にそれを軸足にして振り向きざまに宝剣を投げた。


 ブンブン回転した宝剣は、悪魔の腰あたりに突き刺さる。次の瞬間、どうやってかもうそこに居たジェニが刺さった宝剣を抜き放ちつつザシュッと斬りつける。


 血の出方から分かる凄まじい切れ味。これにはたまったもんじゃなかったのか、すかさず悪魔も地を蹴り跳躍し、宙に浮かぶボールを蹴りつけるように巨大な脚を振り抜いた。


 豪速で迫り来る脚に、宝剣を斜めに入れる事で力を逸らしつつ斬りつけ、またその反動を利用して高速回転。


 着地した悪魔の腰の横を通り抜けて、膝に斬り込みを入れながらズザァと着地した。


 追撃に備えて身構える。踊り狂うツインテールと前髪の間から覗く瞳は未だに瞬きを忘れたままで、口の端からは涎がつーっと垂れていく。


 まだ終わりじゃない。ゾーンに入ったジェニは、真骨頂と言える連撃は、途絶えないから代名詞足りえるんだ。






 異分子であるジェニの動きと能力に早くも対応し始めたランコさん等が連携を取り始め、見入っていたベテランメンバー達も悪魔の動きを妨害することに注力しだした。


「ははっがっはっはっは!……親バカの戯言じゃ無かったってか……!」


 メンバー達に指示する為に戦況を眺める時間を多く取っているスモーカーさんが独り言にしては愉快そうに。


「天才め……!」


 楽しさに少しの悔しさを混ぜた笑みを見せた。






**********






 『もうミスらんから!』、その言葉を、誓いを胸に己を鼓舞して戦った。


 その結果アニマは全身傷だらけで、怪物やエストも万全とは言えない怪我を負っている。


 足りんかったんや……!


 くっと唇を噛み締める。


 後頭部に残る頭痛が自分の不甲斐なさを突き付けてくる。


 ミスせんだけじゃ……イメージ通りに動けるだけじゃ、こいつには勝てやん……!!


 大切なもん、守れやん!!


 視線の先にはアニマや仲間達の姿が……


 剣を振るう。


 もっと……


 剣を振るう。


 もっと……


 剣を振るう。


 もっと……!もっと……!!


 加速を重ね過ぎた思考回路が焼ききれそうだ。限界を超えた筋繊維が今にもぷつんと切れそうだ。許容を超えた集中がいつ裏切っても不思議じゃない。


 けど、そんなん知るか!!先の事なんてどうでもええ!!寝たきり人間になっても構わへん!!


 今戦えななんも意味ない!!


 もっとや!!もっともっともっともっともっとぉ!!


 !!!






**********






「天才ってのはなぁ、要するに頭んねじぃぁぶっ飛んでんだぁ」


 この光景に魅入られて、スモーカーさんは独り言のように語りだした。


「いい意味で危険に対する恐怖心ってのが麻痺してんだ」


 ジェニは悪魔の軸足を壁蹴りのように使い飛び上がる。その先で、悪魔の蹴り上げを踏みつけて更に高く舞い上がった。


「木の上での宙返り、理論上は可能だろぉ?真上に飛んで、回って、同じ場所に着地するだけだ。平坦な地面で宙返りするのと何らぁ変わらんわな。

 でも実際は足を滑らせたら、踏み外したら、鼻の骨を折るかも、手や足を折るかも、頭から落ちるかも。そういう不安と恐怖で足が竦んでぇ、ただ真上に飛ぶことすら出来やしねぇ」


 ジェニへの対処に意識を裂いた悪魔の一瞬の隙を突いて、ランコさんも跳躍する。


「それを平気な顔してやってのけるのが奴らだ。イメージで出来たんだから後は完璧になぞるだけとでも言いたげにな」


 空中を舞う二人の剣技が入り乱れ、悪魔に傷を作っていく。


「そうして踏み出した一歩が、足踏みしてる俺達との間に差を生むんだ。一度できた事ってのはそう簡単にゃ忘れやしねぇだろ?

 馬だって一度慣れたら数年ぶりでも案外すんなり乗れるもんさ。出来たってのは絶対的な経験値になる」


 語りながら、スモーカーさんはまるで眩しい物を見てるみたいに目を細める。


「日々の中で積み重なった経験がぁ、無謀にしか見えない賭けや、超絶アクロバットや、神の如き剣技を実現させる。莫大な挑戦こそが作り出す、」


 息を吸う。


「奇跡みてぇな必然だ!」


 華々しい二人の活躍を、事前に示し合わせたかのような絶妙な連携を、


 だがジェニは天才ランコさんと比べても、もっと速い!もっと強い!もっと苛烈!


 その姿を見て、


「英雄の娘もまた英雄ってか……」


 スモーカーさんは僅かに笑い、


「よく見とけぇお前ぇらぁ!!特等席だぜ!!」


 これを見逃したら後悔するぞと、俺達が酒場を盛り上げるんだぞと、


剣姫けんきジェニ・シャルマンだ!!!」


 少年のような瞳で、高らかに声を響かせた。






【余談】

その剣技は鬼のように鬼気迫るものではなかった。

空の光を白銀と刀身が乱反射させる。

最適解のその先を、考えるよりも早く実行していく。

その美しさは人々の目を強烈に惹きつけ、その強さは人々の憧れを集める。

だからこそ彼女は剣姫と呼ばれた。

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