第211話 手抜きと本気


「サイスさん、代わってくれませんか?」


 ローキックの如く振るわれた脚をバックラーとバスタードソードで受け止めた俺は、足先へスコップを刃物のようにして斬りつけるサイスさんへと話しかけた。


 寡黙な方です。勿論返事は有りませんでしたが、


「少し、我儘になってきます」


 俺の顔に何を見たのか、武器であるスコップをカシャッと掲げて答えてくれた。任せろというニュアンスでしょう。


 大ベテランである彼ならば問題なく安心して任せられる。寧ろ自分より適任では?逞しい腕と太い首筋がそう思わせる。


 俺はそのままランコさんやミサミサさん等が飛び回る舞台へ上がった。


 歓迎のつもりか放たれた悪魔の足先が鼻先を掠めて、激しく生じた空気の流れが、スケールの大きさと破壊力を改めて焼き付けてくれます。


 俺一人ではバックラーを構えていても吹き飛ばされ、腕の骨から肋骨まで砕かれてしまうことは容易に想像できるので、この一歩が、踏み込んだ瞬間死地に入ると言う意味でとても大きな意味合いを持つのです。


 可視化されたライン。死線とでも呼びましょうか。ちょっと面白いな、アニマ君に言ったらどんな反応をするでしょうか?


 ……さておいて、この間合いを死線とするならば、潜り抜けず越えもせず、飛び込んでいくとしましょう!


 瞬間、悪魔が俺の存在を確と捉えたのが分かりました。挑戦状を受け取ったと解釈されたのでしょう。


 ブゥン!


 右脚を軸に、抉り掬い上げるような鋭い蹴りが喉元を潰すように、いえ達磨落としの達磨だけを吹き飛ばすように迫って来ました。


 ダイナミックかつ重心が大して下がっていないのもあって、御三方は反撃を捨てて間合い外に退避するようです。


 いい具合に集中できているのだろう。悪魔の動きがゆっくりに見え、体がイメージ通りに動く。全能感に近い感覚、僥倖です。


 左に回避すると、悪魔は蹴り上げた脚を追いかけるように宙を一回転し、右脚で着地、勢いを上乗せしたままさっきと同じように左脚で掬い上げる。


 憎いほどに位置調整も完璧で、回避後の俺が一番動き辛いタイミング。


 このままでは死ぬ……


 防御は論外、回避は不可能、援護は期待できない。策もない。


 戦いの熱に浮かされて、慣れない事をして、前に出しゃばったばっかりに……


 死ぬ……


 ドクン……!!


 一瞬視界が揺れる程、大きく心臓が高鳴った。


 照り付ける陽光の虹色の切れ端、悪魔の足先の黒光りする爪、風になびく白い体毛、激しい動きと重力に揺れる気色の悪い羽、悍ましい笑み、大気を舞う埃の流れ、戦線を共にする冒険者達の姿。


 全部……全部見える……!!


 これがアニマ君が言っていた、世界の全てが止まっているかのような感覚……!!


 成程……確かにこれは、本気の果てでしか得られない、生存本能の極致。


 あれこれ物を考える事を脳が止め、イメージと動作が一本の直線で繋がる。


 俺はリンボーダンスが如く上体を逸らし、地面と背中が接しそうな程深く倒しつつ、バスタードソードを逆手に持ち替えて、バックラー共々大きく広げた。


 ガッ!


 次の瞬間顎を掠めるように通った脚に合わせて広げた腕を全力で閉じた。バックラーの持ち手の間にバスタードソードを通し、悪魔の脚に抱き着くような姿勢になる。


 凄まじいGに指が千切れそうになるも歯を食いしばって耐え、脚を振り上げた所で解くと、天空に放り出された。


 耳を殴る暴風、何度もひっくり返る天地、遠ざかって小さくなっていく仲間達。勢いが死に、重力加速度に比例して、硬い地面と右脚で着地した体勢の悪魔の背が迫る。


 不思議と恐怖は感じなかった。そればかりか、失敗など欠片も考えていなかった。


 空中で姿勢を制御しながら、バックラーの持ち手に腕を通してバスタードソードを両手で握り締める。


 狙うはカサブランコが斬り損ねた片翼。だが自分で跳躍したカサブランコに比べて勢いが付き過ぎている。姿勢制御が難しくなり、タイミングもシビアになる。


 出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る、俺は出来る!!!


 ギィン!!!


 振り抜いた腕に確かな手応えを感じた瞬間背中を蹴るというか受け身のような何かをし、けれどもそんなことで勢いが和らげられるわけもなく、接触事故のような錐揉みの中、辛うじて足からの着地には成功。


 投げられた人形のように無様にゴロゴロ転がるが、へそを見るように頭を下げ、タイミングを合わせて地面を叩いたり蹴りつけたり腰で押したり、


 仰向けに止まった時、全身に出来た擦り傷と激しい打撲の痛みを感じていたのに、


「はは……」


 口の笑みが抑えられなかった。






**********






 支えを失った悪魔の片翼が地面に落ち、ポタポタとその上に血が滴る。


「やっっっば……」


 エストさんやっば……


 タコンさんら四兄弟、キャッシュレスアサイさん、それにお淑やかそうなライさんまで目を見開いて口をぽかんと開けている。


「すげぇ」


 サッコンさんの呟きに裏付けられるように、大盛り上がりの前線では、エストさんに肩を貸して後退させているモドリスさんらの声援が聞こえてくる。


「改めまして、ブジン・シャルマンの弟子にして稀代のオールラウンダー、エスト・エスニスト!どうぞお見知りおきを」

 

 痛む箇所を庇いながらの一礼。優雅だけれど、どこか笑っちゃうようなお茶目な自己紹介。スモーカーさん達もつられて笑ったりツッコんだりと、賑々しくしている。


 圧倒的タフネスを誇る悪魔戦において、目に見える成果というのはそれだけで士気を上げる。精神的にも余裕が生まれて、絶望感に沈んでいた皆の表情にも明るさが出る。


 エストさんの一撃は、戦況を変える一撃、反撃の狼煙なのだ。


「エストは俺が介抱したんだぜ!」


 オワコンさんが嬉しそうに兄弟の肩をバシバシ叩いている。


「やっぱり突出したものが必要だった……ジェニも……ジェニもいてくれれば……」


 願望と悔しさが顔面に現れていたのか、ライさんが、


「どういうことでしょうかアニマさん?記憶通りならば確かブジンさんの……」


「愛娘だよ、何っ度も自慢されたさ」


 キャッシュレスアサイさんが手を使いやれやれと語る。


「ジェニにもあれが出来る。いや、あれ以上かもしれない」


「まっさっか」


「本当だよ。僕の知り得る限り、今この場でジェニ以上に可能性がある人間は居ない」


 シャレだと受け取ったサッコンさんを黙らせる。話を聞いた皆は倒れているジェニへと視線を向けていた。


「外傷は恐らく問題ないんだ……後は意識さえ戻ってくれれば……!」


 ジェニが戦えたならきっと……


「あの……」


 悔しさに唇を噛む僕へ、ライさんが小さく挙手していた。


「私、気付け薬持ってます」


「ミイラも棺桶蹴って飛び起きるやつな!!」


 思い出して嬉しくなったミコンさんが、高いテンションで手を叩いて言った。


「ミイラも棺桶蹴って飛び起きるやつ!?」






【余談】

時に自分から命の危機に飛び込まないと見えない領域がある。

命のやり取りをする者達にとってその経験があるとないとでは雲泥の差だ。

我々は皆本気を知ったかぶっている。

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