第210話 抜本的手抜き
振り抜かれた脚に付着した血が放射線状に飛び散り、距離があいていた者達の顔や服にも付着していた。
阿鼻叫喚の子供達。へたり込み、泣きじゃくり、失禁してしまったり……一秒たりともこんな場所には居たくない、けれど足が竦んで動けない。そんな様子が見て取れる。
脚は腕の三倍の力がある。人としての形を損なった死体がありありと物語っている。
「ひっ、ひあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
集団の最後尾にいた少年が、恐怖に耐えきれなくなり躓きながら駆けだした。
パニック状態に陥ってしまっているが、今はそれでいい。へたり込んで動けないよりはずっとましだ。あの子に続いて他の子達も早急にこの場を離れてくれ……!
「ちゃんと見てなきゃ危ないよぉ~?」
バッと声に注視すると、片足を軸にもう片足を後ろに振り上げた悪魔が、地面に転がったジロウさんの頭部とそれに付随する上半身の一部をサッカーボールのように蹴り飛ばした。
凄まじい勢いで回転しながら宙を飛んでいく頭部は、放物線すら殆ど描かずほぼ直線に距離を伸ばし、グシャッっと一目散に逃げ走る少年の首を折り、後頭部を砕いた。
倒れた少年は手足をぴくっとさせた後直ぐに動かなくなった。
「観客にもスリルが無いとね。疑似的な一体感ってやつさ」
ギリッと噛み締めた口は、歯が砕けそうな程に力んでいるのを自覚する。
こいつ……こいつは……
「
全てを娯楽と思って、殺しすら楽しんでいるこいつには何を言っても意味はない。そんなこと分かってるけど、分かってても許せない!!
そんな事の為にお母さんは……ブジンさんは……ジェニは……!!そんな事の為に!!!
「何で簡単に踏みにじれるんだ!!!」
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA――!!」
軽快な笑いが広場に響く。
何が可笑しい……!!
「
言いながら堪えきれないとまた笑う。
その時、ポンッと肩に手を置かれた。
「すまねぇ」
スモーカーさんだ。何の謝罪だったのか?指示が出せなかったことに対してか、仲間を失った事に対してか、結果的に時間稼ぎになったことに対してか、何なのかはわからない。
ただ、燃え盛る業火が弱まり、狭まっていた視野に余裕が生まれていた。
「アブドーラ、怪物さん。あれ、受けれるか?」
二人は脳筋だけどバカじゃない。腕の攻撃力と、脚の破壊的な威力。経験と繰り広げられた凄惨な光景から、その顔は難色を示す。
「脚は腕の三倍だよ」
「てなると、フィーリアやミサミサみたく避けの上手い奴が前線を張るしかねぇか」
広場の後方から道路にかけてまでを子供達に封鎖されている以上、子供達を守る為にも後退は許されない。前線を維持した上で今の悪魔と渡り合わなければならない。
その上更に攻勢に出ない事には一方的に
「いや、脚は腕の三倍だ」
「そうだよ、三倍だよ」
怪物の言葉と僕の言葉に、スモーカーさん達は疑問を浮かべる。理解していたのは……
「来るぞ!!」
ゼダーさんが叫び、悪魔の回し蹴りが猛スピードで迫り来る。長い脚が、高い肩から放たれる腕とは違って、鎌のように地面と水平に襲い掛かる。
間合いの内に入って避けるという選択肢が省かれ、間合いの外に出るしかなくなる。そして弧を描く性質上、先端の方が速く鋭くなる。
避けようとする程リスクが高まる。位置的に何人かは避けられない。
「「どらああぁぁ!!!」」
怪物が大槍を、エストさんがバックラーを、アブドーラさんが特大槌を、ミッドレアムさんが直剣を、タイミングを合わせて脚に叩き込んだ。
重い衝撃に武器が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。だが弾けはせずとも脚は止まった。受け止めたのだ。
「三倍なら三倍以上で止めるまでです」
流石はエストさんだ!怪物とアブドーラさんのことは疑ってなかったけど、ミッドレアムさんまで入ってくれるとは想定外だった。でも確かに三枚より四枚で止めた方が安定する。土台は安定感が命だ。
間髪入れずに僕とランコさんとで攻撃したが、脚というだけあって腕より頑丈だ。有効打にはならなかった。
「でかしたぁ!!おかげでとれる戦術の幅が桁違いに増えたぜ!!ただ追撃が課題だぁな!!俺とサイスとモドリスに任せて二人はバックアップに回ってくれぃ!!」
子供の細腕の僕と短剣使いのランコさんでは攻撃力に劣る。弱点が狙い難い脚への攻撃は、硬い皮膚の上からでも攻撃を通せる人に任せた方がいい。
一瞬でも動きが止められるのならランコさんがやったように背後に回ったりして、弱点を突きにいった方が賢明だ。
僕の場合は、直ぐに援護できるくらいの少し引いた位置から指示を手伝うのがいいか。ランコさんのような曲芸は流石に基礎だなんて言えないからな。
「四兄弟、フライモナカ、アサイは下がれ!!フィーリア、カサブランコ、ミサミサーラは自由に動いて急所を狙え!!」
スモーカーさんが下がれと指示した冒険者達は、腕っぷしも確かに強いけど戦いよりも冒険方面に能力が特化しているらしい。
機動力を増し、より攻撃的になった今の悪魔を相手にさっきまでと同じ陽動を求めるのは酷だという判断だろう。
比べて戦闘に特化している三人には遊撃を。かなりきつい役回りだけど、それは信頼の証でもある。
脚ばかり攻撃しても埒が明かない。より生命の源に近い体の中心部を攻撃したいのだ。
「こりゃ俺達も
引いてきたミコンさんが軽口を叩く。
「笑えねーよ兄貴」
「明らかに舐められててこれだからな……」
「ライさん、何かないっすか?」
タコンさんは、ドレス風の裾の長い冒険服を着た、クリーチャーズマンションにおいては極めて異質な格好であるメイドさんみたいなフライモナカさんに話しかける。
「
それは考察と呼ぶには些か希望的過ぎる。具体的に何をすればいいのかも明言していない。本人も自覚していたのだろう、
「いいえ……今は、成すべきことを成しましょう。私共にも出来得ることがあるはずです」
事実上の戦力外通告を受けたのだ。悔しさももどかしさもある。けれどへこたれている暇も休んでいる暇もない。今前線を抑えているメンバーが負傷などした時、代わりに戦わなければならないのは自分達なのだ。戦力外の自分達なのだ。
「っすね……」
「ライネキ……」
「ライ……」
「フライモナカさんの言う通り、いつでも代われるようにしっかり見ておきましょう!」
僕が言うと、「ライで構いませんよ、アニマさん」とすかさず優しい声音で言ってくれたので軽い会釈で答える。
悪魔は獣的なフォルムからは考えられない程に蹴り技が豊富で凶悪だ。回し蹴りだけでなく、宙から叩き落とした蹴りや、突きのように鋭いもの、サマーソルトなんかもやってのける。
怪物達の練度が凄まじい……!受けれる攻撃と駄目な攻撃を即座に見極めて連携を取っている。一人一人が超越した実力者だからこそ可能な芸当だ。それでも綱渡りのようなギリギリの攻防である。
特にヤバいのはフィーリアさんとミサミサさんとランコさんの三人だ。
時にフリーの状態の悪魔の背後にすら回っている。怪物たちの援護が一切得られない危険地帯にも拘わらずそこに飛び込める胆力もイカレてるし、激しく動き回る悪魔の隙を掻い潜って攻撃を叩き込んでいるのも意味わからない。
ミサミサさんは見切るのがとにかく早い。予備動作の時点でもう精細な攻撃のラインが見えているかのような身のこなしだ。その精度はまるで悪魔の攻撃が彼女を避けて通り、彼女の攻撃に悪魔が吸い込まれているかのようだ。
フィーリアさんはそんなミサミサさんから荒さと拙さを徹底的に排除した美だ。見切りの速さこそ劣るものの、動きにロスやラグが全く挟まれない。余りにも流麗な動作から、一連の攻防が簡単な事のように見えてしまう程だ。
ただ、攻撃こそ貰っていないものの、二人の攻撃はそれ程有効打になっていない。元よりパワーアタッカーではないのもあるが、単純に地に足をつけている限り急所には届かないのだ。
届かせるには悪魔が攻撃によって自ら上体を地に近づけた瞬間を狙うしかなく、それが出来るのが唯一ランコさんだけだった。
曲芸師じみた双短剣の扱い、悪魔の体をも足場として利用するネジの外れた立ち回り、完全にこの場における
ただ……ただ、リーチが無さすぎる!それだけが悔やまれる!一撃の威力さえあればあの皮膚を貫けるのに!細いとはいえ筋肉の壁に阻まれて内臓まで達しない!
**********
一つのミスが即死に繋がる極限の戦場において、一人の若き青年だけが本気で戦慄を覚えていた。
僅か三歳ばかり年上の冒険者がここまで出来るのか、自分は後三年でこの領域まで行けるのか、これを超えられるのか……
いや、今の自分はどこまで出来るのか……?
青年はいつだって本気で鍛錬してきた。飄々としているように見えて、偉大なる師の元で研鑽してきた。
けど本当の危険に飛び込んだことは無かった。傍目にはそう見えても、致命傷は負わないラインを見極めて、防衛策を用意してから対処してきた。
常に冷静に思考できる程度の余裕を残し、万が一にもキャパオーバーにはならない位置取りと役回りを選び、己の得意を合理的に押し付ける……
脳裏に浮かぶ驚異的な才能たち……
アニマはセンスこそ並の域を出ないが、仲間の命がかかった時や意地になった時、誰も予想がつかないような活躍を見せる。
逆にジェニは単純なセンスの暴力だ。類稀なセンスだけで窮地をものともせずに掻い潜っていく。
そして目の前のカサブランコは、手綱のついていないイカレだ。恐怖を感じる器官が消失しているとしか思えない。
彼らに共通しているのは、本気だという事だ。一生懸命な者、本気しか知らない者、暴走イカレ馬車……
対して自分はどうだろうか?真の意味で本気に成れていただろうか……?そうだ、自分は……
「手抜きは俺の方ですね……」
悪魔の凄まじい威力の蹴りを受け止めながら独り言つ。
気付いたからには対処する。いつだってそうやって生きて来た。そうやって超えて来た。
今超えるべきは……今までの本気じゃなかった自分だ……
気付けば戦慄は、自分への期待と興奮の笑みに変わっていた。
【余談】
☆短期集中キャラ紹介☆
【スモーカー】 三十五歳
・思想
人は一人では生きていけない。
一人で生きなければならないなら、何かに縋っていないと生きれない。
煙はいいものだ。形も無く掴めもしないが故に一時の安らぎをくれる。
煙を見ている間だけは、壊れ行く全てのものを忘れられるのだから。
・キャラクター
ブジンのライバル。
二十年の大ベテランにして、勘の鋭い最高位冒険者。
武器は直剣二刀流。
丸っとした体躯には驚くほど似合わない。
しかしべらぼうに強い。
若かりしスモーカーが作ったパーティーは『チェーンスモーカー』であり、そこに様々なパーティーが加わっていった後にスモーカー一派と纏めて呼ばれるようになった。
文字通り筋金入りの愛煙家が多く所属している事でも有名である。そのイメージが強すぎて新米冒険者の中には喫煙者でなければ入れないと思っている者も割と多数存在する。
ブジンの事はライバル視しつつも認めているが、やっぱり年下なのでムカつく。
最初の攻略後に得た資金を使って十六歳でスモーカー商店を立ち上げる。
若くして攻略した圧倒的なセンスと独自の鋭い嗅覚で瞬く間に店を成長させ、大人気店となった現在では経営を部下に任せて、月に数回店に立つ程度。
スモーカーが店に立っている日は大当たりの日として大勢の客が押し寄せる。
これまでに計四回の攻略を果たし、これはブジンに超されるまで歴代と並んで同率一位だった。
普段はチームメンバーと遊んだり、街をぶらついては新たな商品を仕入れてみたりと趣味に時間を使っている。
生まれはスラムの広がる北闘区だが天涯孤独の身であり、故に強くならざるを得なかった。
毎年、年間利益の三十数パーセントを北闘区の治安改善や炊き出しなどに使っている。
その為、スラムではブジンより人気が高い。
・口調
「俺は~」
任侠的な訛りと語尾が伸びがち。
・容姿
丸々としたシルエットだが筋肉質。
顔の半分程を覆うくらいのもじゃ髭。
ほりが深く眼光は鋭い。
腕毛などは濃く、尻尾ももさもさ。
身長は百八十五センチメートル。
冒険服に他メンバー程の変態的な拘りはなく、一般的なデザインの質のいいもの。
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