第209話 オーディエンス
「おぉ」
「すっげ」
「いいぞアニマ!!」
どよめく冒険者達の中に在って、怪物の声援が一際大きく聞こえた。エストさんの顔は、なんだ?口を開いているのに何も言わず、笑顔とも喜びとも違う、最高にワクワクしているような珍しい顔だ。
よし……よし!!この感覚を刻み込むんだ……!!
「……雑魚でもあらゆる偶然が重なって会心の一撃を出す時がある。だがそれは、奇跡みたいなもんさね。縋れば裏切られる……」
アブドーラさんは僕の肩にごつい手を置くと、
「下がってな、いい一撃だった」
ニタニタ笑う悪魔を睨みつけた。
「痛いよぉアニマくぅん」
百足が全身を這い上ってくるような不快な声。と同時に、二本失った鉤爪が高速で迫る。
「奇跡?必然だよ」
肩に乗ったアブドーラさんのずっしりとした手を払い、腰を落として太刀を構える。
「粋がるな!雑魚にはむ……」
迫り来る鉤爪に意識を集中させていくと、余計な音は全て聞こえなくなった。風を切り裂く嫌な音と、短く鋭く息を吐き出す音。それだけが耳を通る。
さっきより低い位置からの突きだが、問題ない。それの最適解はもう覚えた。ここだ!
シュッ!
「エストさん親指!!」
三度目ともなれば痛みにも多少は慣れる。大袈裟に手を引きはしないだろう。だからこそ、あえて踏み込めば斬れる。エストさんにはそれが出来る。親指、そうそこだ!
ズシュッ!
全力で振り抜いた太刀はショートソードより重い為、上体ごと持ってかれる。その重さに抗うのではなく、力として回転に利用する。
一番近くで見て来た動きだ!脳髄に色付きで沁みついてる!
スパンッ!
「酷いなぁ」
全ての爪を失い血を垂らす指先をもう一方の手で包みながら、悪魔が一度距離を取る。
確かな手ごたえを感じつつ、
「今、雑魚じゃなくなったんだ」
ちらりとアブドーラさんへ視線を送った。
「ははっ、あははははははははは!!なんだこいつおもしれーじゃねぇか!!」
「あだっあでっ」
興奮したアブドーラさんに背中をバシバシ叩かれた。嬉しいが、力つよ!嬉しいんだけどつっよ!ちょまつ、つんよマジ!ぃったぁぁぁ……
ヒリヒリする……ちょっと涙でそう。
「いじめちゃダメですよぉアブちゃん」
スッと気が付けば後ろからしな垂れかかられていた。ランコさんだ。速過ぎていつ後ろに移動されたのか分からなかった。
「やっぱり凄かったですぅ。でも君はもっと楽しめますよぉ?ねぇミサミサ」
近くに居た訳でも無いのにいきなり呼ばれたミサミサさんは、「ふんっ!少しはやるみたいねとか思ってないんだからね!勘違いしないでよね!」と何かを微妙に間違えているような台詞を吐いていた。
「やっぱアニマだ!!」
「アニマ!!」
「おーーーい!!」
「ね、ねぇ近づくのはやめとこうよぉ……」
待て……嘘だ……!何で、
ずっと探していた友達をやっと見つけた時の嬉しそうな声。戦いに心配そうな声。悪魔の姿を怖がりつつも、駆け足で近づいてくる足音の群れ。
「隠れてるように言ったじゃないか!!!」
何で!!何も言わずに置いてきてしまった事は確かに僕に非がある。けど!!違うじゃないか!!だって、危ないって言って!!クソっ!!
「来ちゃった!」
「来ちゃったじゃねーよ!!!」
能天気なサッキュンに、ついつい口が悪くなる。今すぐ側に行って問いただしたいが、奴から目を離すわけにはいかない。
「アニマだって何も言わずに置いてくなよな!友達だろ?大変だったんだぜ」
友達……!不覚にも嬉しいけどっ!そんなこと言ってる場合じゃない!
「それはごめん!!!でもあいつがヤバいのは見たらわかるだろ!!?速く逃げて!!!」
必死な説得に、サイモン達も今一度注意深く悪魔を見る。
五メートルほどの巨大な体長。禍々しい翼と、太い尻尾と、白くて黒い細長い手足と、片手とは言え長い爪と、狼のような鋭い口と、覆われた不気味な目。
戦いも悪意も碌に知らない小さな子供たちの目には明確な恐怖の色が浮かび上がる。
その時だった。
「オーディエンス、オーディエンス……!」
悍ましく気味の悪いニタついた声が響き渡った。誰もが注視する。やつの言動の隅々まで。
「素晴らしいよ!衆目あってこそエンターテイメント!ラスボス戦はこうでなくちゃ!」
高らかな独り言に、場が異様な空気に包まれる。
「君達も見ていきたいよね?」
強い言葉でも脅しでもない。けど、子供達は足から根がはったみたいにその場から動けなくなっていた。
「いい子達だ」
吊り上げられた口の端。
「さて、いつまでも単調な戦闘じゃつまらないよね?
……今なんて言った?……手加減……?
その言葉の意味を理解する者が現れるより早く、全ての意識を置き去りにして悪魔が宙を舞った。細長い脚で跳躍した。
ジェニで何度も見た動きだ。けれど一度も見た事が無い光景だ。これだけの大質量が機敏な回転と動作制御で空を舞うのは……
ダァン!
熟達の武闘家の如く振り下ろされた巨大な脚が風を切り裂き、その下に居たはずのティッシュキッシュさんとスーモンさんが……だったはずのものが……潰されたトマトみたいに赤い血潮を飛び散らせた……
「ぇお゛姉ぢゃん!!!」
「スーモン!!!」
モンモさんとジロウさんが叫ぶ。ゆっくりとどかされた脚の脛は赤い絵の具でその白い体毛をべっとりと染め上げていて、
ぐちゃぁ……
その下に在ったものは、思わず目を逸らしてしまう程原型を留めていない、かつては人の形をしていた赤い塊だった。
「次は
大きく広げて宣言した後、その手をわざとらしく背中に回した。
キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!
遅れて事態を飲み込んだ子供達の絶叫が、耳を壊さんばかりに轟いた。
今の状況を分かりやすく例えるなら一言、パニックだ。
油断もこれといったミスも無かった。それなのに一瞬にして二人も死んだ。何もできず、何も分からずに。
「まずいよスモーカーさん!!」
思えば確かに悪魔は手で攻撃することに拘っていた。手での攻撃が得意だからだと思っていたけど、そうじゃなかった。
これは悪魔が言うように手から足に攻撃手段を変えただけなんて簡単な事じゃない。
戦闘開始から今まで、黒炎竜さんの犠牲や少なからずの怪我、皆の労力と試行錯誤によって培われた対悪魔戦のノウハウがほぼ白紙に戻されたという事だ。
早急に対策を立てる必要が、その為には時間が、まずは皆に指示を出さなきゃ、パニックには強い言葉が必要だ、道標を用意してあげなくちゃ、僕じゃ言葉が弱い、秩序がいるんだ、早くしないと混乱は増すばかり、早く、スモーカーさんは何を?
色んな思考が同時に脳内を這い回る。僕自身、混乱していたんだろう。
「ぁぁぁぁぁぁ……ぁぁぁぁぁ…………おねえちゃ……」
目に飛び込んで来た信じられない光景にショックを受けて、顔を頭を抱えて動けなくなっているモンモさん。
今一番悪魔の近くにいるのが彼女で、混沌と化した現在の状況ですら次の標的が誰になるかというのは誰の目にも明らかだった。
「モンモ!!モンモ逃げろ!!モンモ!!クソッ」
そのすぐ後ろに控えるジロウさんが必死に呼びかけるも、モンモさんの耳には届いていない。
そこに悪魔の追撃が無慈悲に迫る。
このままじゃモンモさんも!!
「せめて君だけでも!!」
潰されそうなモンモさんをジロウさんが突き飛ばした。
ブシャ!
「……ぃ……きて……ぅ、ぇ……」
どさっと転んで地面に手を突いた体勢で振り返ったモンモさんに、肺より下の全てを失ったジロウさんが手を伸ばして、
「ジロウくん……あ……あぁぁぁぁ……」
モンモさんはその手を取ることが出来なかった。握る前にこと切れてしまった。
モンモさんは目を見開いたままへたり込んでしまい、口からは「ぁっぁぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁ、ぁぁぁ……」と意味のない音が漏れ続けるのみ。
横薙ぎに振るわれた悪魔の蹴りを、乾いた眼球で追いかけるだけだった。
グシャッ!
生命活動を放棄した肉体が宙を疾走し、地面で擦り切れていく。投げ出された肢体は関節の数が増え、位置も滅茶苦茶になっていた。
「モンモおおおおおおおおおおおおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!!」
仲間達の悲痛な絶叫と子供達の恐怖に歪んだ悲鳴が重なり響いて……悪魔に言わせれば、それはきっと大歓声だった……
【余談】
☆短期集中キャラ紹介☆
【モンモ】 二十二歳
ゆるふわかわいい。
スモーカー一派の愛されキャラ。
ジロウは姉のスーモンと付き合って長く、歳の離れた兄のように慕っている。
無害そうな外見に騙されてセクハラまがいのナンパなどしようものなら返り討ちにされる。これでも一流冒険者の一人なのだ。
靴下は左足から履くタイプで、体は足先から洗うタイプだ。
【スーモン】 二十四歳
天然かわいい。
モンモの姉。
数年前からジロウと付き合っている。
だがモンモより胸がない事を気にしている。
タコン達四兄弟と同じく、姉妹で一流パーティーに所属する珍しい例。
緩くてふわふわした人柄で、何もしていなくても場の雰囲気を良くしてくれる。
スモーカー一派に所属する前はギルドで大人気だった。
戦闘よりサバイバルや各種サポートで活躍する。
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