第208話 一転攻勢②


「ホントに効いてんのか!?マジで倒せんのかよこれ!不死身なんじゃねぇの!?」


 ちょこまかと走り回ってヒットアンドアウェイを繰り返していたティッシュキッシュさんが嘆く。


 戦闘開始からこれまで、普通の魔物クリーチャーだったらとっくに死んでいるはずなのに、悪魔の動きには一切鈍りが無い。


 歴戦の猛者達でさえ、精神的に来るものがあった。


「血が出るなら殺せます」


 そんな中、一人だけ両手に短剣を握り締めて特攻していくのはランコさんだ。踊るように拳を躱し、その隙に四連撃、八連撃と目にも止まらぬ連撃を浴びせる。


 いくらタフネスで硬いと言っても、度重なる攻撃によって悪魔の腕や脚には無数の傷が出来ている。


 一つ一つは浅く大したことのない傷でも積み重ねていけば倒せるはずだ。


「腕を躱すだけだもの、紅茶を淹れるより簡単だわ」


「優雅なお茶会と洒落込もうかしら」


 ミサミサさんよりも更に余裕を残して、舞踏のような回避を見せるフィーリアさん。


「なら甘いお茶菓子も欲しいわ、ね!」


 「ね!」に合わせて突くミサミサさん。傷口を狙ったことで、細いエストックでも有効打にしている。だからどうして高速で動く物体の狙ったところに寸分違わず攻撃できるんだ?


 僅かでも角度をミスれば簡単にぽっきり折れてしまうのに。ほんの少しも躊躇わない。


 他の冒険者達もそうだ。何気ない一挙手一投足までもが洗練されている。


「僕だって!」


 今まで数々の強敵と戦ってきたんだ。もうただ弱かったあの頃とは違う。ブジンさんにも、スモーカーさんにも認めて貰えた、僕は冒険者だ!


 太刀を構えて、迫る悪魔の腕を見据える。直ぐ側には怪物もエストさんも居る。この腕を受け流せたら絶好の攻撃チャンスだ。


 カキンッ!


「くっ!」


 太刀は爪に弾かれて宙を舞う。


 ヤバい!


「らぁ!!」


 ドゴン!!アブドーラさんの特大槌が腕に食い込み、地面に押し込んだ。すかさずエストさんと怪物が追撃を叩き込み、捻出してくれた時間を使って僕は飛んでいった太刀を取りに行く。


「雑魚は前に立つな!!引くことを覚えやがれ!!」


 アブドーラさんの言葉が、強い言葉だからこそ、より深く胸に刺さる。


 何故僕は前に出たんだ……?インファイトは視野が狭くなる。自分で言ったことじゃないか。一歩引いて落ち着けばアブドーラさんやサイスさんも迎撃態勢に入っている事が分かったはずだ。


 そうしたら無理にリスクを冒さずより上手く立ち回れた。


 転がる太刀を拾う手が、地面に落ちた濃い影が、酷く惨めだ。


 それにあの攻撃は極悪難易度という程難しい攻撃じゃなかった。集中すればちゃんと受け流せた。


 スモーカーさん達が来る前の事を思い出す……


 四人しか居なかったなんて言い訳だ。現に大活躍を見せるのは、突出した数人だけ。


 僕がゼダーさんやスモーカーさんみたく正確で素早い指示が出せなかったから、アブドーラさんみたく屈強な肉体で耐えられなかったから、ランコさんやミサミサさんみたくエースアタッカーになれなかったから、仲間に怪我を負わせてしまったんだ……


 悪魔戦において僕は……まだまだ……実力不足だ。


 ずっと前から分かっていたことじゃないか……剣を始めて二ヶ月かそこらで皆に並び立てる訳ないって……我武者羅に練習して目を逸らしてただけさ……


 でもさ……でも……二ヶ月そこらのド素人でも、怪物に十分強いって言って貰えるくらいには強くなれたんだよなぁ……!


 ジェニと打ち合えるくらいには、扱えるようになったんだよなぁ……!


 リーダーだって信じて貰えるくらいには、そこそこな指示も出せるようになったんだよなぁ……!


 ぎゅっと太刀を握り締める。


 実力が足りないなら、今つければいい!


 悪魔の攻撃をひらひら躱すランコさんの足さばき、危うげもないミサミサさんの腕の振り方、前線に立ち続けてなお怪我一つ負っていないフィーリアさんの立ち回り、スモーカーさんやゼダーさんがどこから誰にどんな事を言っているのか。


 見て覚えろ!!目で盗め!!


 今ここにいる全員が、超一流の先生だ!!






**********






「俺はお前がここにいる事に一番驚いてるぜ、エスト」


 小盾で防ぎつつ短曲剣で腕を攻撃し、モドリスはフードの奥から話しかけた。


 対するエストは流れるような動作でもう片方の腕にカウンターを叩き込んでいる。その鮮やか過ぎる剣筋に、前線で戦っている熟練の冒険者達からも小さな驚嘆の声が漏れる。


「俺のスカウトなんか一蹴したってのによ。ブジンとこはどうしたんだ?」


「師は怪我で引退しました。丁度目の前にいる災害とサシで戦ったんです」


 エストは更にバックラーで鉤爪を防ぎながら、質問には丁寧に答える。


「ほあっ!?お、おうマジか……スゲーなあいつ……」


 戦闘中にも拘わらず大袈裟に取り乱したモドリス。彼がこんなミスをするのは滅多にない事だが、偶然にも悪魔はその隙を見逃してくれたようだ。


「剣鬼と呼ばれる理由を垣間見た。まさに鬼気迫る戦いだった」


 怪物が当時を思い出すように付け足した。最強対最強は、根っからブジンのファンである怪物にとって一生胸を熱くしてくれる戦いだったのだ。


「見たのか!?」


「あぁ」


 即答に、周りで聞いていた冒険者達も口々に驚いている。


「ん?待て、時系列がおかしい。俺達はブジンが発ったのは知ってるが帰ってくる前に出立した。勿論既に行方不明だったアニマ達を追いかけてだ。行方不明から三週間後だな。今は十六日目?くらいになるんだが、早すぎないか?どういうことだ?」


 最早質問の要領も得ない程ハテナを大量に浮かべるモドリスに、


「聞いて驚いて下さい。なんとっ、アニマ君達は一度ここを攻略してるんです!」


「!?」


「その翌日、俺も参加して二度目の攻略に入りました」


「!!?……!?!?!?」


「現在突入から八日目です!」


「?、?、?、?、?、?、?」


 大量のハテナに占領されて、これ以上は冗談抜きで戦闘に支障が出そうだと思ったエストは、きちんと段階を踏まえて経緯を説明してやる。


 …………


 ……


「成程な……それでジェニちゃんらの子守を頼まれたってか?ウガチなんていう過去の英傑まで引き連れて」


 何とか状況を飲み込めたモドリスは、「てか三年もよく生きてたな」と呆れ混じりに呟く。


「違いますよモドリスさん。相変わらず節穴ですねぇ。頼まれたから、なんて理由では命を賭けるには惜しいです」


 エストは冗談交じりにモドリスを小ばかにして笑う。大先輩であるモドリスにこんな態度をとれるのは、二人の間にそれなりの親交があるからだろう。


 くすくす笑ったエストは一転真面目な顔をした。その切れ長の眼には闘志を燃やす少年の姿が映っていた。


「惹かれたんですよ、俺達は……未だ小さき冒険者達にね」






**********






 これまで培ってきた基礎は決して裏切らない。彼らは僕が応用だと思っている技術すら基礎にしている。それが彼我の違いだと分かった。


 それが分かってしまえば、見るべきものが見えてきた。


 基礎はブレない。同じ状況なら完璧に同じ動きを再現する。それ故に正解が分かる。脚の向き、腰の位置、関節の曲げ方、視線、剣の握り方、脱力の仕方、全ての最適解を体現してくれている。


 それは剣以外も同様だ。悪魔の攻撃に対して戦力が足りている時は挟撃や陽動、足りていない時は援護、隙が出来たら反撃を警戒しつつ大振りの攻撃、各員の位置と状況を汲んで適切に対処する。


 無茶はしないが無理は通す。遥か高次元の事をやっているように見えて、分解していけば基礎の積み重なりだ。基礎の積み重なりは要するに基礎だ。出来るんだ。


 出来るなら、やる。臆す必要はない。臆せば敗れる。


 人が未知を恐れるものなら、全て分解して計算して把握してしまえば、何を恐れる事があろうか!


 迫り来る鉤爪。線に見えるくらい速い。風切り音も凄まじい。


 臆すな!


 この位置、この握り、このタイミング!!


「ここぉ!!!」


 何かが吹き飛び、そして硬質な音を立てて地面に転がった。


 ぽた……ぽた……と滴るは鮮血の音。


 長い爪を更に一つ失った悪魔が、心の底から気持ちの悪い笑顔を薄っすらと向けていた。






【余談】

☆短期集中キャラ紹介☆

【サイス】 三十七歳

圧倒的無口。寡黙。仕事で語るタイプ。

外見に大きな特徴なし。

スキンヘッドに無精ひげ。使い込まれ薄汚れた冒険服。ジェイソンステイサム似。

武器はスコップ。

謎多き仕事人。

ベテランメンバーにしてスモーカー一派の最年長。


【ティッシュキッシュ】 二十一歳

自称オナリンピック西弓区代表。

男同士で下ネタを言うのが好きで、笑いとは下ネタであると本気で考えている。

しかし女性の前で下ネタをいう度胸は無い。

ティッシュが手放せないシコザル。

むらむらすると直ぐに抜きに行く。

セクハラや強姦に手を出さないだけましか。

武器はチェーンクロス。ド変態武器である。

年上の男に可愛がられるタイプ。


【フライモナカ】 二十六歳

通称ライ。

準ベテランメンバー。

両親は東王区で執事(家令)とメイド長をしているエリート一家。

気配り上手なお姉さん。

初対面が多い集まりでもライを入れておけばだいたい円滑に進む。

武器は棍。大人しげだが操棍術は相当のもの。

傘が一本あるだけで並みの喧嘩自慢程度には負けない。

目を閉じて穏やかに話を聞いてくれるから男女問わず人気が高い。

メイド服のようなお淑やかでボディーラインの分かりにくい服装を好む。

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