第207話 一転攻勢①


「よくやったゼダー。ここからは俺が引き継ぐ。お前はサブオーダーをしてくれ」


 名演説で皆を鼓舞したスモーカーさんは早速リーダーとしての仕事に取り掛かった。後衛として指揮に徹していたゼダーさんの元へ行き、状況把握と分析、そして作戦や陣形を指揮していくつもりらしい。


「――という手筈で頼む。あ、お前香水持ってたろ?キツイ奴。そうそう、貸してくれ。ジロウはフライパン二つ出しとけ」


 ゼダーさんとジロウさんは戦闘開始前に投げ捨てたリュックサックへ指示されたものを取りに走る。周りにいた他の冒険者達も何らかの行動を取り始めた。


 とはいえここに居るのは曲がりなりにも最高峰の冒険者達。リーダー不在でも自分の持ち場や役割などはしっかり理解して立ち回っているので、今のままでも十分いいフォーメーションで戦えている。


 が、本領発揮ということだろう。


「陽動、囮部隊はとにかくデカい音を掻き鳴らせ!カサブランコ!これを奴の鼻にぶつけてやれ!」


 言いながら投げた香水をランコさんは既に助走へ入りながら受け取った。


「前線部隊!お前ぇらが屋台骨だぁ!死ぬんじゃねぇぞぉ!!」


 自身も双剣を手に走り出して前線に加わった。


 その一連の動きを見ながら僕も行動を開始した。まずはジェニを危険な前線から移動させて応急処置までしてくれたミコンさんに礼を言いつつ役を代わる。


 同様にエストさんの介抱をしてくれていたオワコンさんにもここはいいからスモーカーさんの元へ行くようにと代わった。


 ダメージを引きずる今の状態で前線に加わっても碌に貢献できないだろう。それならば本来僕の仲間である二人を見てくれていた優秀な冒険者達に前線に行ってもらった方がいい。


 ぽっとでの僕達よりよっぽど連携も取りやすいはずだ。


 未だ意識が戻らずぐったりと横になっているジェニを見る。普段の元気過ぎる姿からは想像もつかない弱々しさに何とも言えない悲しい気持ちが襲い来る。


 ジェニは頭をやられた。後頭部だ。血は出ていないし内出血しているような腫れも無い。でも物凄い力で脳が揺れた。この戦いに勝つにせよ負けるにせよ、戦闘中の復帰は無理かもしれない。


 エルエルの力も借りられない。治りかけの怪我や軽い切り傷なんかと違って、内臓をやられたお母さんは重傷だ。一秒たりとも手が離せない。エルエルの必死な表情が物語っている。


「アニマ君すいません……抜かりました……」


 エストさんは流石と言うべきか直接攻撃をくらうようなへまをしたわけじゃない。しかし悪魔の攻撃は重すぎる。ほんの少し受け方をミスっただけで、衝撃が内部に達してしまうのだ。骨や内臓にダメージが及んでいる可能性がある。


「僕は僕のせいだと思ってるよ。こんな話は時間の無駄使い。


 エストさんがどう自分を責めようと、無理をしてまで庇ってくれたから首の皮一枚繋がったんだ。それだけは変わらない事実だ。


 しょうがない奴に対するような曖昧な笑顔を浮かべたと思いきや、


「ところであれは……何のつもりでしょうか?」


 カンカンカンカン!!!とジロウさんを始めとする陽動部隊の冒険者達がフライパンやら鍋やら武器やらを打ち合わせて、金属と金属がぶつかり合う騒音を絶やすことなく立てだした。


 一か所に固まるのではなく、悪魔の周りをちょこまかと走り回っている。


「騒音は集中力を削ぐのに効果があるけど……それはこっちも同じだし、あれじゃ味方同士の連携にも影響あるんじゃ?」


「上策とは言えませんね」


「いやそれ以上の意図があるんじゃない?かな」


 会話をしながら意図を探っていると、悪魔の攻撃を再び掻い潜ったランコさんが、先ほど受け取っていた香水を悪魔の狼のような鼻に投げつけた。


 瓶が割れ、中の液体が飛び散る。ここからじゃ匂いは分からないけど、あれは念入りに洗わないと取れないやつだろう。


「今だ!!!」


 その瞬間スモーカーさんの指示に合わせて一転攻勢に出た。


 フィーリアさんが双曲剣で腕を斬りつけ、モドリスさんが短曲剣で関節を狙い、ミッドレアムさんとアブドーラさんが攻撃力を活かした大振りで攻め、サイスさんとスモーカーさんが追撃を叩き込む。


 怪物も即席にしては上手く連携して大槍を振るっていた。流石だ。しかし、


「感覚を奪う戦い方は俺好みですが、あれでは、」


「効果不足だよ!!多分皆誤解してるんだ!!」


 エストさんの言葉を引き継いで、叫ぶために息を大きく吸う。


「奴はめしいだ!!後は振動を立てないように気を付け、」


 スモーカーさんが出していた指示に被せるように、


「違う!!!目だ!!!見えないから覆ってるんじゃない!!!見え過ぎるから覆ってるんだ!!!奴の目は!!!」


 一瞬、ほんの一瞬。見間違いだったかもしれない。けれど、悪魔が笑ったように見えた。


 ランコさんが証明したように背後からの攻撃が有効なのではないかと後ろに回り込んでいた黒炎竜さんへ、悪魔の腕が振るわれる。


「何!!?」


 本人もスモーカーさんでさえも予期していなかった攻撃は、いとも簡単に彼を襲った。


 巨大な鉄球の振り子に直撃したかのように、馬のような速さで地面を転がっていく。あれだけの速さでは地面もやすりのようになっているだろう。


 皮膚だけでなく、肉も、骨までも削られて、地面にはバウンドに合わせて血痕だけが残されていく。


 やがて失速しきった頃には、彼が動く気配はもう無かった。


「そんな……」


 あれじゃあ生きてたとしてももう戦えない。それどころか一生歩くことも出来ないくらいの……


 くっ!


「奴の目は魂を見れる!!!人の壁に隠れても、煙幕を張っても、全部見通してくる!!!不意を突きたいなら死角に居続けなきゃ駄目だ!!!」


「クソが!!陽動部隊は作戦中止!!前線部隊は死ぬ気で時間を稼ぐぞ!!怪物さん、俺に合わせてくれ!!行くぞ!!」


 後悔なんてしてる暇はない。自責なんて相手は知ったこっちゃない。だからこそ、スモーカーさんは身を挺して時間を稼ぐ。


 怪物が足に向かって払った大槍の逆サイドから双剣を叩き込む。他のベテランメンバー達もそれに合わせて各々の攻撃に移る。


「アニマの情報は確かなんだな!?」


「あぁ!」


 即答した怪物に、スモーカーさんは何を思ったのだろうか。


「うおおおおおおおおお!!!」


 より一層剣筋に力が込められていた。


「黒炎竜の犠牲を無駄にするな!!経験を糧にせよ!!」


 叫びながら剣を振るうミッドレアムさんの頬には涙が伝っていた。


 この一瞬で、皆の温度が変わった気がする。


「エストさん……行ける?」


 最初から僕が行っていれば……スモーカーさん達に伝えられていれば……作戦指揮に加わっていれば……僕が行っていれば……僕のせいだ……僕が……僕が……!!


「怪物さん、アブドーラさん、スモーカーさん……この場所には強い人が沢山います。ですが、貴方の隣に一番相応しいのは俺です」


 立ち上がる際中「うっ」と痛みに声を漏らすが、本人も気にしていないし気にさせないつもりだ。


 そのまま流れるような動作で右手を胸に左手をピンと横に伸ばし、右足を後ろに引いて優雅に一礼した。


「何でも出来るエストさんを、どうぞ頼りにして下さい」


 と。


「ふ……ふふふふふふふ……自分で言っちゃんだ」


 思わぬ切り返しに、肩の力が抜けてしまった。


「えぇ、自己PRは必須技能ですので」


 いや、抜いてくれたのだ。彼にしか出来ない方法で。また助けてくれた。


「エストさん」


 僕は彼の名を呼びつつも、彼の前を歩いていく。


「何ですか?」


 後ろからついてきて横に並ぼうとしている声に、



 小さな声で感謝した。






【余談】

☆短期集中キャラ紹介☆

【フィーリア】 三十二歳

スモーカーがモドリスらとチームを結成してから、割とすぐに加入したほぼ初期メンバー。

気が強く、思ったことはズバズバというが、本人がイケメン過ぎるのであまり嫌われない。

癖の強い双曲刀を使いこなす才女。

その戦闘スタイルと美貌と普段の性格から結婚適齢期を過ぎてなお大人気。踏んで罵って氷のような視線でえげつない皮肉を言ってもらいたいらしい。

斜めに切り揃えられた髪が出来る女性っぽい。

ぴちっとした服を直用。

普段は外套を纏っている。

出るとこ出てるイケメンボディ。


【キャッシュレスアサイ】 二十九歳

いつも借金に追われている。

色んな人から借り過ぎて、よく知らない人から取り立てられる。

街に出かけるとそこまで欲しいものでなくてもついつい買ってしまうのだ。

装飾の凝った直剣と紋章の入った華美な盾。成金嗜好は無いが何となく買わされた奴。高いので使わざるを得ない。

物を売るという考えはない。

買うだけの男。

消費者の鑑。


【ゼダー】 二十五歳

リーダー気質の仕切りたがり。

リーダー能力は中の上程度。

まぁ悪いようにはならないから許されているといった評価。

仕切りたすぎてうざがられることも多い。

武器は槍。パルチザン。


【ミッドレアム】 三十五歳

年齢はスモーカーと同じだが初期メンバーではない。

闇っぽい恰好をしているが、素がいい人過ぎる。

中二病っぽい言動が目立つがいい人なのでそういうキャラとして良く慕われている。

自分を師と崇め慕う黒炎竜のことはどうしようもない奴だが可愛がっている。

武器は王道を行くロングソード。

中二拗らせハードボイルド。闇ナルシスト。

アブドーラガチ恋勢。

「筋肉は努力の証。ならば完成されたプロポーションは彼女の高潔さを物語っている。見ればわかるだろう?彼女こそ美だ」


基本的に彼らはモテるけどモテない。

個性と能力が強すぎて、結婚できるような相手がそうそうみつからないのだ。

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