第206話 誰が為の戦い⑥
凄い……
エストックを回して笑みを浮かべたミサミサさんの一連の流れを反芻する。
目で追うのも難しい程の速度で迫る鉤爪の付け根をピンポイントで突くだけの技量もさることながら、悪魔が腕を振り抜かないだろうと読み、一歩間違えば捨て身とも呼べる無謀な賭けに打って出た。
成功する保障などどこにもないと言うのに少しも臆さない胆力。何よりエストさんと同じくらいという若さでありながらああも揺らがない絶対的な自信。
「ミサミサ、感覚器官は確かに鋭敏ですぅ」
皆が注意をミサミサさんに持って行かれていた中で、唯一次の動きをしていた者。ランコさんはもう既にほんの僅かな隙を見せた悪魔の足元に潜り込んでいた。
小さな虫の存在に気づいた悪魔が潰してやろうと無事な方の手で掴みかかった。
「カサブランコ!!」
モドリスさんが警鐘を鳴らす。体長五メートルという圧倒的な体格差から繰り出される攻撃は、位置関係的に真上から迫る事になる。
どれだけ名の通った剣士や凄腕の冒険者であっても真上から迫りくる攻撃への対処を練習している訳が無い。普通は平面的な戦闘が殆どだし、そんな大きな存在ともし出会ってしまったら逃げるのが鉄則だ。
そもそも人の体はデカい奴を見上げながら戦えるようには出来ていない。分かりやすくて絶対的な死角だ。目だけでなく首も一緒に向けなければ対応出来ないし、首は全ての動きの起点だ。上を向けばあらゆる行動が縛られる。
「だぁいじょうぶですよぉ」
言いながらランコさんはまるで空中でワルツを踊るかのようにくるくるりと回るその一瞬で迫る手を捕捉し、体を捻ると同時に大きな手を蹴りつけて軌道を変えた。
そのまま太い尻尾を片手で掴んで木の枝に登るようにくるりと体を持ち上げると、間髪入れずにそれを足場にしてジャンプ。
ランコさんを掴む為に上体を前屈させていた悪魔の背中の傾斜を駆け上がり、骨と血管の禍々しい翼にまで到達した。
「お飾りはどれだけ鋭敏なのでしょう……?」
いつの間にかガウチョパンツのどこからか取り出していた二振りの短剣を握り締め、翼の付け根を足場にして上空へ飛翔。頂点で頭を下に向け、短剣をクロスで構えて右翼の付け根へ狙いをつける。
真上に飛びあがった物体は飛び上がった速度と同程度の速度になって落ちてくる。限られた足場で踏ん張るのではなく、重力加速度を味方につけたランコさんは翼を通り越してなお加速し続ける。
あのままじゃ頭から地面に落ちちゃう!
と心配した瞬間、悪魔の腰あたりを思い切り蹴りつけ、垂直方向の力を斜めに変えた。着地の瞬間に間に合うように足から地面に接すると、勢いを利用して前に転がりながら衝撃を逃がして、最後には片手を支柱にして宙を回って無事着地を決めた。
その手にはもう短剣は握られておらず、あの間際にどこかのタイミングで再びしまっていたのだという事を知らしめていた。
「……曲芸なんて域じゃないな」
怪物があっけにとられるように言葉を漏らす。
悪魔の背、右翼の付け根からは血が滴り、多少のぐらつきを見せる。それは短剣であっても方法次第であの皮膚に傷をつけられることの証明だったが、しかしこれ程の事をした当の本人は晴れない顔をしていた。「斬り落とすつもりだったのに……」と。
凄い……凄すぎる……!スモーカー一派のベテラン冒険者達は凄かった。一芸に秀でているのみならず、一芸を確かな基盤として全方面に隙が無い。
磨き抜かれた技術と鍛錬の結晶。冒険者としての到達点。センスも実力も並み居る冒険者とは隔絶している。
そんな人たちの中に在っても、それでも……
この二人は、才能の格が違う……!
「おう、すげぇだろ!?」
見入っていると突然声を掛けられた。直接話したことは無いけれど、聞きなれてしまった声だ。
「奴は、俺達の中で唯一天才と呼べる冒険者だぜ」
全体的に丸いシルエット。帽子の下の顔の殆どを覆う程の髭。背には二本の直剣。荒々しくも信念を感じさせる佇まい。
カッコつけて解説したわりにはぜぇぜぇと息切れしている中年の冒険者。
「スモーカーさん……えぇ」
未だ動けず回復に専念していた僕は、簡単な同意を示す。言葉で飾る必要なんて思いつかなかったからだ。
「置いて行ったこと、謝らねぇぜ。戻って来たからって何かがチャラになったとも思わねぇ」
悪魔とランコさん達の方を見て紡がれた言の葉が、初夏の風に乗って揺蕩う。「だが、」とスモーカーさんは僕の方を向き直って、
「よく無事で居てくれた」
気休めや形式じゃない。芯のある瞳だ。子供だからと一切侮っていない本気の言葉だ。それだけで彼の人柄がよくわかる。リーダーとして多くの人に慕われる理由も。
「そして皆を代表して頼む!」
優しくも力強く手が差し出されて、
「共に戦っちゃくれねぇかい?」
本来なら捜索対象にして護衛対象だ。それに子供だ。親と子ほど歳も離れているし、既にボロボロだ。
でも……
戦力として見てくれるんだ……
ランジグでブジンさんに並んで最高峰と謳われる冒険者が、まだやれるって、もっとやれるって、僕を一人前の戦力として頼ってくれるんだ……
この手を……取らない理由があるだろうか……!
引っ張り上げる手からは確かな温かさと大木のような安心感が伝わってくる。若干のふらつきを残しながらも、彼と同じように立った。
目だけでいい。それだけで通じ合った気がした。
「遅いっすよスモーカーさん!」
ジロウと呼ばれていた二十六歳くらいの、頭に帽子じゃなくて白いタオルを巻いた冒険者がスモーカーさんの到着に気づいて声をかけてきた。
「ヒーローってのは遅れてくるもんだろ!?」
「息切れしてなきゃかっけぇんすけどね!」
歩いていくスモーカーさんに笑いながら横に並んだ。
「漆黒の肺」
「チェーンスモーカーなめんな!」
同じく黒炎竜と呼ばれていた黒いフードを被った独特な風貌の冒険者が軽口を叩きながら反対側についた。
彼らはこれまで火力不足から表立った活躍をしてこなかった冒険者達だ。しかしリーダーの到着になんだかんだ言いながらもウキウキとギラついている。
スモーカーさんは呼吸を整えつつ大きく息を吸い込み、
「お前ぇら根性見せろぉ!!!」
悪魔のガタイから来る圧倒的な攻撃力とタフネスに辟易としていた冒険者達へ檄を飛ばす。
「いいか!!?人生には戦わなきゃならねぇ時が三つある!!!」
普段から張り上げ慣れた声は良く通るし聞き取りやすい。
「親がバカにされた時!!!恋人が泣かされた時!!!そして!!!」
三つ目を言うのに合わせて背中に差した二振りの剣を抜き放った。
「
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!
男も女も一丸となり雄叫びで答えた。勿論僕も。調子の悪い肺などお構いなしだ。
理由は沢山あったのだろう。
お母さんを助けたいから。お母さんを傷つけた悪魔を許せないから。死にたくないから。ジェニ達を死なせたくないから。
それだけじゃない。
ブジンさんのような英雄になりたいから。強くなりたいから。認められたいから。褒められたいから。僕がここにいてもいいよって言ってもらいたいから。
きっと皆だって色んな想いを胸に抱えて戦っている。死なない為、死なせない為だけの戦いじゃない。
結局のところこれは……そう、
【余談】
☆短期集中キャラ紹介☆
【カサブランコ】 二十歳
通称ランコちゃん
不思議ちゃん。黒髪ロング。
多動症で目を離すと必ず違う場所にいる。
お姉さま方にいつも着せ替え人形にされる。本人も抵抗の意思なくされるがまま。
短剣二刀流。
命の奪い方を良く知っている。
聖ダン・ザ・ヨン学院に代表される冒険者育成機関に入ってはおらず、独学で磨かれたセンスを見込まれて入団したという特殊な経歴を持っている。
所謂、埋もれていた天才である。
【ミサミサーラ】 十八歳
通称ミサミサ。
最年少の新人メンバーでありながらスモーカーの師匠の娘という事もあり誰に対しても無遠慮。
スモーカーに憧れて葉巻を吸おうとして咽る。
スモーカーからは「お前にゃ分かんねぇよ」と暗に合ってないから吸わない方がいいと言われた事があるので、歯磨きに使う木の枝をいつも噛んでいる。お陰で白く綺麗な歯をしている。
高飛車で生意気で高慢な性格。
親譲りの癖の強い赤みがかった髪はお気に入りで、それ故になかなか切ろうとしない。
レイピアやエストックといった細剣を扱う。
【黒炎竜(コクエンリュウ)】 二十四歳
ミッドレアムの中二部分に憧れた救いようのない中二男性。
可愛げがないタイプの本当に痛い奴。
直剣二刀流に憧れたが使いこなせなかったので左手はショートソード。
深く関わらなければ面白いタイプ。
【ジロウ】 二十六歳
何でもかんでもマシマシにすればいいと思っている男。
しかし、先に注文すると細かく要望に合わせてくれる。
付き合いが良く面倒見がいい。
こいつと付き合っていくにはこいつにお任せしない事だ。
トレーニング量をもってしても補え切れないカロリーのせいで冒険者のくせに最近腹が出てきた事を気にしている。
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