第205話 誰が為の戦い⑤
「タコン!!!」
個性豊かな面々が入り乱れる混沌の戦場と化したこの場に、アブドーラさんの怒号のような大音声が轟いた。きっと声帯までムキムキに違いない。凄い。
「ミコン!!オワコン!!サッコン!!何油売ってやがる腰抜け兄弟!!雑魚共は端にでも転がしとけ!!」
アブドーラさんの特大槌が悪魔の拳に叩き込まれる。モドリスさん、ミッドレアムさん、フィーリアさん、サイスさんの手厚い援護で守られた今の状態こそが彼女の攻撃力を最大に活かせるフォーメーションだと言えるだろう。
怪物すらノックダウンさせたあの拳を弾き返している。さながら攻城兵器だ。
「ふん!!」
そんなアブドーラさんの顔の横を大きな影が通り過ぎた。弾かれた拳に物凄い勢いで大槍を突き込む。少し体勢が崩れただけだったはずの悪魔が、ここにきて大きく
「手本だ。筋肉とはこう使う」
はは、凄い!流石はうちの筋肉担当、怪物だ!放った大槍は悪魔の拳に少しめり込んで、僅かに血を滴らせる。
「こいつっっっ!」
雑魚呼ばわりが気に喰わなかったのか、バチバチに目を合わせて少し挑発するように張り合うなんて珍しい。ゾワッと何かが背中を這ったのか、アブドーラさんは口だけで笑う。
「アブさんは脳筋だなぁ。どうです?人助けもいいもんでしょう?」
怪物を介抱してくれた、タコンさんによく似た茶髪の青年が少し遅れてそこに交わった。見たところ怪物と近い年齢だろう。二十四歳くらいかな。
タコンさんも「意識的に深呼吸するんだ」と言い残して戦列に加わった。
ベテラン達に混ざり、若い冒険者達も隙を突くように加勢する。流石に場数が違うな。今の攻防で怪物とアブドーラさんを含むベテランメンバーに正面を任せてしまうのが最適だと理解して立ち回りに落とし込んでいる。
そう、あの攻撃に耐えられる防御力かあの皮膚に傷をつけられる攻撃力が無い限り、剣戟を切り結ぶような正面戦闘は不毛でしかない。
僕の剣じゃ無理だった。
それを持たない者が出来る事は火力を有する者の援護だ。注意を引いたり、攻撃を逸らしたり、俯瞰視点に立って細かい指示を出したり。
インファイトはどうしても視野が狭くなってしまうからな。こうも人数が多く戦況がころころ変わると、味方の邪魔をしてしまったり刃が当たってしまったりといった不幸な事故が起きかねない。
さっきから忙しなく指示を出しているゼダーと呼ばれる二十五歳くらいの冒険者がいい仕事をしている訳だ。
「およよ、凄い怪我……痛くないです?」
突如視界が少し暗くなった。日の光を背にして覗き込まれ、さらさらとした長い真っ直ぐな黒髪が顔や首を撫でてくすぐったい。
吸い込まれるような黒い瞳で心配げな視線を向ける。その周りを覆う長いまつげ。大きめの涙袋が、少し切れ長ながらもくっきりとした印象を助長させる。
一見スカートのように見えるひらひらした黒のガウチョパンツと清涼感のある長袖白シャツのような薄手の冒険服。スレンダーな体型によく似合っている。
凄い綺麗な人……
「……大丈夫、深いのは貰ってないから……」
その人は後ろで繰り広げられる激戦がまるで聞こえていないかのように、「ふーん」としゃがみ込んで僕の目を真っ直ぐに見つめてきた。
影になっていて分かりにくかったが、よく見ると耳には凄い数のピアス。眉毛にも。
「キメラモンキー、君達が倒したんです?凄いね」
わぁ……舌にも銀が光ってる。清楚系ど真ん中って感じの雰囲気なのに意外な趣味だ。
「あ、うん……仲間達がね、滅茶苦茶凄いんだ」
チョーカーだと思ってた首の黒い線もタトゥーか……今まであまり出会わなかったタイプのお洒落さんだ……
「あぁ戦ってみたかったですぅ。どんな感触だったんだろ?ぐにゅ?ごち?……ぺりょかな?いや…………やっぱり強かったです?」
変な仕草を添えて独り言のように小さな声で呟いていた。自己完結していたのか、その質問にも質問の意志はそこまで感じられなかった。
「……でも、」
その人は僕の視線を追って倒れ伏すジェニや介抱されているエストさんや手が離せないエルエルや大立ち回りを繰り広げる怪物をじっくり見ると、かなりマイペースなのか独特の間で、僕の手を両手で包み込んで、
「君が一番凄そうです!」
笑った。
「何やってるのよランコちゃん!」
その時、女の人のご立腹な声が飛んできた。
「私の武勇伝が取られちゃうわ!いい歳こいて角質達が張り切っちゃってるんだから!」
やって来た女性は、くるっとしたやや癖の強い赤みがかった長髪を揺らし、キツイ目つきで手を片方腰に当てている。
どこかの民族衣装のような柄のユニークな冒険服が何故か浮かない程に着こなし、腰には細剣を差し、ランコさんの手を強引に引いた。
「ミサミサ、この子面白いです」
だがランコさんは動こうとしない。見かねたミサミサさんは僕の顔を覗き込み、
「ふんっ、可愛い顔してるわね!ま私の方が可愛いけど!」
凄い自信だ。でも胸を張っている姿は確かに可愛いのでツッコめない。高飛車そうだけど歯がとても白くて好印象だ。
コチンっと唐突にでこをくっつけられた。熱を測る時、しかもかなり親密な間柄でないとそうそう体験しない行為にドキッとする。
あくまで驚きからくるドキッであって、別に見た目が黒薔薇のように綺麗な事は関係ない。
「……怖いです?」
それは勿論熱を測るためなどではなく、ただ超至近距離から瞳を覗き込まれているだけだった。
見透かされているような黒い瞳には万有引力じみた力があるのか、まるで僕の黄緑の瞳と漆黒の麗らかな瞳の接吻。互いの息が混じり合う距離感。
ミサミサさんの事は文字通り眼中にないようだ。
何も言えず、何も動けず、ランコさんの中でだけ何か変化があったのか、
「もっと楽しめばいいですよ」
僕が迷っている間に、ランコさんはもう背を向けていた。「ちょっと!」とミサミサさんがそれを追っていく。
「えらくゆっくり来たじゃないか!」
前線で戦うモドリスさんがそんな二人へ皮肉混じりに声をかける。
「老い先短い角質って無意味に焦ってて見苦しいわね!」
髪をふぁさぁっとかきあげながら優雅に歩いていくミサミサさん。思わぬカウンターにモドリスさんは悔しそうに唸っていたが、
「そのエストックじゃ折れる。隙を見て薄い箇所を狙え」
真面目な声でアドバイスを贈った。
「使い手の技量に依るわ」
そこに悪魔の長い鉤爪が突き刺すような鋭さで放たれた。多くの冒険者が妨害に当たっているとは言え、質量の暴力が強引に突破する。
状況と予備動作をよく見ていたゼダーさんの「躱せ!」に、正面に立っていた者達は防御や受け流しではなく即座に回避を選択した。
だがミサミサさんだけはエストックを構えて腰を落とし、迎撃の姿勢をとる。
「無理だ!!」
既に回避で飛んでしまったモドリスさんが大きな声で叫ぶがそれも虚しく、研ぎ澄まされた悪魔の鉤爪のその一本が、彼女の腸をズタズタに引き裂かんと迫る。
「無理かどうかは……」
独り言ち、釣り目の瞳が一点に集約し、フェンシングのような鋭い踏み込みに合わせてエストックを突き放った。
悪魔の鉤爪の威力は前線で戦うベテランメンバー達が一番理解している。襲い来る大質量相手に小枝のようなエストックでは太刀打ちできないと、誰もが青さ故の傲慢と蛮勇による悲惨な光景を脳裏に思い浮かべた。
衝突。
何かが吹き飛び、そして硬質な音を立てて地面に転がった。
ぽた……ぽた……と滴るは鮮血の音。
長い爪の一つを失った悪魔が、初めて明確に痛がる素振りを見せて少し引いた。
正面からぶつかれば敗北は必至。しかしエストックという武器の特性を活かし、爪の付け根をピンポイントで突いてみせた。
爪剥がしは拷問に利用される程耐え難い痛みを齎す。その痛みに対し、悪魔は振り抜く事無く条件反射的に手を引いたのだ。
とは言え衝撃がゼロだったわけではない。ショックで腕や指先に不調が無いかの確認を兼ねて、エストックをくるくる回して見せると、
「私が決めるのよ!」
高慢さの中に無邪気を感じさせる顔で、ニヤリと笑った。
【余談】
☆短期集中キャラ紹介☆
一人ずつじゃ終わんねぇ!
【ミコン】 三十歳
四人兄弟の長男。
もう結構いい年なのに結婚できない事に焦っている。
休みの日は婚活パーティーによく出席して、空周っている。
準ベテランの中では最も古株。
兄弟みんな茶髪。
【オワコン】 二十七歳
四人兄弟の次男。
流行が去ったものを一人だけ追いかけ続けている。
あまつさえそれを他人に勧めるのでうざがられている。
しかし、何故かバーで飲んでいた時に知り合った二十代にしてバツ八のヤバい女、リコンちゃんと運命的なシンパシーを感じて婚約間近である。
【サッコン】 二十四歳
四人兄弟の三男。
流行に乗りたがる性格。
ノリが軽い。
流行に乗ってる俺かっけぇ、乗り遅れてるあいつらだせぇ。
兄弟揃って一流パーティーに入っているだけあって実力は高い。
従妹のラジコンと仲がいい。
【タコン】 二十一歳
四人兄弟の末っ子。
クローナを気にかけていた青年。
武器は刃版トンファー。
精悍な顔つきの爽やかさも感じさせる好青年。
モテるのに嫌われないタイプ。
多分複数人と結婚することになる。
もっと詳細なキャラ紹介も書いてあげたいけど、テンポ的にモブくん達には残念ながら我慢していただきたい。
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