第203話 誰が為の戦い③


 見覚えがある。というか一度見たら忘れないようなインパクトを、一度ならず夢の中でも幾度となく見た。


 スモーカー一派のベテラン冒険者だ。どうしてここに!?


 特大槌を振り抜いたゴリマッチョウーマンに、いい所で邪魔が入った悪魔が弾かれた右手ではなく左拳をアッパーカットのように放った。


 制御を失った右手から瞬時に無事な左手に意識を移し、攻撃に繋げるまでが速すぎる。奴もジェニのように途中式を必要としないで最適解に辿り着けるのか……!?憎たらしい非常に……


 救世主様は超重量武器の宿命か、反応できていてもこのままでは対処が間に合いそうにない。無様に地面をなめて這いつくばる僕に、見えていたとしても何が出来ようか。


「はっ……はっ……はひゅっ……はっ……はっ」


 欠乏する酸素を取り込むことに必死な肺では言葉を発することもままならない。


「合わせたまえ」


「合わせなさい!!」


 迫り入る直前で、アッパーカットに側面から二つの攻撃が加えられた。軌道が逸れる。


「危うく世界の至宝が損なわれる所だった。アブドーラ、情熱の紅玉ルビーよ。俺を忘れたもうな」


 黒づくめのおっさんだ。目の長さの漆黒の髪を靡かせ、漆黒に漆黒のラインが入ったロングコートをバサァとひるがえし、振り抜いた黒鉄のロングソードを漆黒の指ぬきグローブで構えなおしながら、ゴリマッチョさんに語り掛けている。


「ミッドレアム、貴方本当に気持ち悪いわね。襟を折りなさいみっともない。そんなロングコートどこに売ってたのよ」


 斜めに切り揃えられた黒髪を舞い踊らすようにくるりと回る女性。両の手には鋭利な輝きを放つ双曲刀。脱ぎ捨てられ宙を舞っていた外套がボサッと地面に落ちる。


 動きやすさと実用性を重視したボディーラインがくっきり出る冒険服に包まれた体は、長い手足と出るとこ出て引っ込むとこは一切無駄なく引き締まった魅惑的なスタイル。


 黒づくめの男へ毛虫を見るような視線を向けてから、


「アブドーラは重戦士なのに速過ぎよ」


 半ば呆れたようにいう。


「そんな君だから俺の暗黒邪眼を釘付けにして止まない」


 悪魔の右手による薙ぎ払いをひらりと躱しながら、アブドーラさんへのアプローチ?を辞めないミッドレアムさん。


 重心を片側に傾けた姿勢や五本の指の隙間から睨むようなポーズには何か理由があるのだろうか?


「あら、お上手ね。人に吐き気を与えるのが。胃腸風邪に改名したらどうかしら?」


 お姉さんは瞬時に低姿勢で移動し、逆サイドから回転斬り上げを悪魔の右手に叩き込む。


「ぽ」


「何故少し照れているの!?」


「フィーリア……ミーくん以外に女扱いしてくれる人なんていないんだ」


「ミーくん!!?」


「……悪癖も好ましく感じてしまう……」


 頬を少し紅潮させた友の知らない一面に驚きつつも、二人は息ピッタリの連携で左手の叩きつけを回避する。


「恥じらう姿も愛い!!」


 そこにミッドレアムさんが黒鉄のロングソードを振り下ろした。会話内容だけ聞いていたらとても戦闘中とは思えない。しかし、剣の鋭さが腕前を物語る。


 悪魔の指にプシッと小さな亀裂が入り、赤い血液が僅かに漏れ出る。それを合図にするかのように三人ともババッと悪魔から一度距離をとった。


「我が愛刀黒死無双こくしむそうでこの程度しか傷つかぬか!」


 キリッ。


「……この小父おじ様はきっと靴下を脱ぎ散らかすわ。休日は髭も剃らないし、実家暮らし、家ではパンツ。尻拭き紙も三倍くらい使いそう。ぬいぐるみに囲まれなきゃ寝れなくて、枕から加齢臭がする事を受け入れられず頻繁に買い替えて、「ママ味薄い」が鳴き声の自分を人間だと思い込んでいる醜いモンスターよ」


 緊張感のある静寂をぶった切るかのような徐々に加速する早口。


「親でも殺されたのか!?」


 特大槌を担ぎなおしながらそれにツッコむアブドーラさん。


黒死無双こくしむそうでは荷が重い件について話し合わないか?斬撃に耐性があるのであればアブドーラの打撃がより有効ではないかね?」


 ミッドレアムさんは場を纏めようとしているが、心なしかしょんぼりと……あ、目の端に雫が……


「フィーリアは偏見で人を殺すタイプの殺し屋か?悪口なら生まれた時から浴びてたぜ、家庭の事情でね……か?クセになってんだ、罵詈ばりだけで喋るの……か?動かないでねオレの罵倒ナイフより切れるから……か?」


 そこに誰かの物真似をするかのような喋り方で新たな冒険者がやって来た。フードを目深に被り、捉えどころのないひらひらした服を着た男だ。


 短曲剣と籠手代わりの小盾を装備している。しかしそれだけではなさそうだ。ちらりと膝に投げナイフを隠しているのが見えた。


「台詞の長い男は嫌われるわよモドリス私は嫌い」


 続けてボソッと「ただでさえキレも冴えも無い男なのに」と付け足す。「おい!」


「サイスも黙ってねぇで何か言ってくれよ」


 モドリスさんは共に来たもう一人の男に話を振る。


 坊さんのように綺麗なスキンヘッドだが、無造作に生えた無精ひげのせいか僧侶というよりは無法者のような印象を感じさせる。右手にぶら下げた炭鉱夫のようなスコップと使い込まれ薄汚れた冒険服がその印象を助長する。


「……」


 だがサイスさんは表情一つ変える事なく寡黙に悪魔を見据えている。恐怖や緊張は感じない。ただ寡黙な印象だけが強い。


「それがもう面白くないわ。サイスさんをボケの小道具にしようって魂胆が見え見えよ。白ける」


 フィーリアさんの言葉のナイフがモドリスさんに突き刺さる。が、もう興味を無くしたかのように「そう言えば面が白いで面白いなのに白けるは反対の意味なの不思議ね」とアブドーラさんに話しかけている。


「言い過ぎだろぉ……!」


 やや大きめのジェスチャーで傷心アピールしてから、「なぁサイス」と彼の肩に手を乗せる。


「……」


 案の定の無反応に、肩を上げて見せるモドリスさんだった。


 何故かはわからないけど凄腕の冒険者達が戻ってきたんだ。ジェニ……!今のうちにジェニをここから遠ざけなきゃ……!


 乱れる髪が乱れたまま、放り出された手足がその形のまま力なく地面に横たわっているジェニの元へ、


「大丈夫だアニマ君。今兄貴達が向かってる。落ち着いて呼吸を整えるんだ」


 いつでも戦闘に参加できるように気を張りながらも穏やかさを感じさせる声で、無理を通して駆けつけようとしていた僕の胸に手を置いて、正しい呼吸のペースに導いてくれる。


 タコンさんだ……いつもお母さんを気遣ってくれていた爽やかな好青年……


 手の圧に合わせて深く息を吸ったり吐いたりしながら、少しだけ広さを取り戻した視界に仲間達がそれぞれタコンさん似の冒険者達に救助されているのが見えた。


 他のスモーカー一派の冒険者達もどんどん戦闘に加勢している。


「君たちは凄い冒険者だ。子供だなんて上から目線な事は言わない。けどクローナさんにとって君は、子供なんだ。人を心配にさせるような無茶はカッコよくないぜ」


 説教でも言い聞かすような感じでもない。どこか独り言のような言葉は、しかし彼がずっと胸に秘めて来た想いでもあるようだった。


「ありがとうタコンさん……でも、何で戻って来たの……?」


 タコンさんは名前を呼ばれた事に少し驚いてから、


「あぁ、」


 経緯いきさつを話してくれた。






【余談】

閑話という名のキャラ紹介をする余裕は無いので、

☆短期集中キャラ紹介☆

【アブドーラ】 三十歳

・思想

努力で最も変化する人体の部位、それは筋肉だ。

人生とは筋肉である。


・キャラクター

スモーカー一派のベテランメンバー。

超重量の特大槌を扱い、女性ながらにパワーだけならランジグでもトップクラスのバケモノ。

実力主義。単純明快を好む。

筋肉を愛し、筋肉に愛された女性。

男勝りな性格で、その強さ故にモテたことは無い。

強い女性は恋ではなく憧れの対象となるが、強すぎる女性はゴリラである。

筋肉が全てを解決すると思っている。

週八でトレーニングを行い、新人を引き連れて強化合宿をよく開いている。

栄養学にはとても詳しく、フィーリアからヘルシーな食事法などについてよく聞かれる。

また、こう見えて驚く程肌が綺麗で、その秘訣を知ろうと女性冒険者から大変人気である。

振ったら割とノリノリでポージングしてくれる。「はい、サイドチェスト!」

年齢の事もあり、ミッドレアムからの熱い求愛は満更でもない様子。


・口調

「~だろ」「~じゃないか」「~さね」「あたしゃ~」


・容姿

筋骨隆々。

センターで分けられた癖の強い金髪を冠のような輪っかで留めている。

顔にまで筋肉が付いているので、女性的な綺麗とは少し違う。

肌や髪は超綺麗。

肩出しのワイルドな冒険服。

丸太を超えた剛腕。

爆乳(筋肉)

肩に小っちゃい重機乗せてんのかい。

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