第196話 箸休め


「アニマ、あったぜ!」


 見つけた姿に声を掛けると、サイモンは興奮を隠さずに指をさした。火葬の煙を見たらしく、それで近くまで来ていたのだ。


「捨てられた木の実の殻とか生ごみを見るに、本当につい最近、昨日か一昨日までここにいたっぽい!他にも見つけた痕跡から見るに、あっちに向かって進んだっぽい!らしい!」


 口調からしてサイモンではなく、もう少し頭のいい、それこそジャックとかが調べてくれたんだろう。でも指さされた場所的に……


「……第六層に向かってるね」


 そりゃそうだ。どの道いつかは向かうんだから。わかってはいた。欲を言うなら第五層で見つけたいが、可能性の話だ。下らない期待で無駄に時間を浪費するより、僕達も痕跡通りに第六層へ向かって進んだ方がいい。


 詳しく聞いた痕跡の場所的に、僕達だけでは見つけられていたかどうか……子供達が総当たりで建物内を調べてくれたからこそ見当違いの場所を捜索せずにすんだ。


 この時間的アドバンテージは大きい。お母さんにもぐんと近づけたはずだ。


「ありがとう。皆」


 今ここにはサイモンと数人の子供達しかいないけど、猿の楽園の皆に、感謝が抑えきれなかった。






 サイモンに他の子供達や大人の召集を頼み、勢ぞろいした皆の前で今後の説明を始めた。


「第六層捜索!と行きたいところだけど、危険すぎるから無しだ。階段を登り切るなり身を隠して、そうだな……皆にはかくれんぼだと思って進んでほしい」


 僕らの都合で何の関係もない子供達を巻き込んでしまうわけにはいかない。捜索には参加せずに、もし悪魔と遭遇してしまっても自分の命を守る事を優先して欲しいと告げる。


「日が暮れるまで今日はもうそれほど時間がない。このまま道沿いに進んでいくと、まだまともな建物が幾つも残ってる区画があるから皆はそこで休んでね」


 夕陽に伸びた沢山の影。その付け根から子供達の無邪気な返事がちらほら。


「僕らはその近くにあるエルエルの家に泊まるから、何かあったら言いに来て。鍵開けとくから。他に言っておくことは、えぇ~と」


 記憶を探っていると、ぐぅぅという大きな音と共に「もう無理ぃぃお腹空いたぁぁ!」と声が上がり、その一つの不満は急速に拡大して大きな声へと変貌する。


 食うに困らない生活を送っていたとこに、今日は朝から殆ど何も食べていないはずだ。かなりの不満、ストレスだろう。


 かと言って僕らの食料も皆に分けられる程ある訳じゃない。見かねて誰かにあげようものなら不平不満が爆発し、喧嘩、奪い合いが起こってしまう。


 正論で抑えつけようにも理解できるのは心に余裕を持った者だけだ。愚か者と飢えた獣には寧ろ逆効果。要らぬ怒りを買ってしまうし、声に耳を貸してくれなくなる。


 そうすれば困るのはあの子達だ。ここでは簡単に死んでしまう。だから今すぐ賢くなれというのは少々酷が過ぎるだろう。


 であるならば……


「もーっとお腹空かせといた方がいいかもね」


 人差し指を立て、笑顔で。


「えぇ~なんで~?」


「ドS!?」


「やばぁじゃんこの人!」


 いらん誤解も招いてしまったようだ。


 動揺を顔に出さないようにちっちっちと指を振ると、


「空腹は最高のスパイスって言うでしょ?ジェニ!」


 隣から一歩前に進み出たジェニは、上手く察してくれたようで、


「ラーメン!!それはよく出汁の取れた熱々のスープに小麦粉から作った細長い麺を茹でて入れ更に卵メンマチャーシューネギの贅沢セットと一緒に啜るだけで最高やのに麺パリパリの内にこれまたふにゃってもええんやけどそのままパリの内にズルッといくんも最高で醤油味噌塩豚骨――」


 物凄い速さでまくし立てる。ジェスチャーも二倍速。どこで息つぎしてるんだ!?


「ハンバーグ!!言わずと知れた大人気肉料理焦げ目のついた焼き加減やのに中はジューシーナイフでくぱぁ肉汁どぱぁでマジさいこっ!にも拘らずぅ作る時キャッチボールまでできちゃうダブルで楽しい欲張り料理で――」


 凄い!何言ってるのか殆ど分からないけどなんか美味そう!涎を垂らす子もちらほら出てきた。


「鶏肉揚げただけの簡単料理のくせに何よりもご飯に合うんや!にんにくショウガ他にも色んな味がぎゅーってカレーともあうしなあっカレー!!圧倒的スパイス!何でもええからスパイス入れときゃええやろみたいな雑料理やのにこれがめちゃんこうまいんや――」


「過多ぁ!」


 色々過多だよ!語り過ぎだよ!


 後ろから口を押さえて、


「ありがと。もう十分伝わったと思うよ」


 まだまだ語り足り無さそうな顔をするジェニを下がらせる。ここまでとは想定外だったけど、子供達の顔は……ふふふ、想定通りだ。


 皆に向かって両手を広げ、


「ランジグに着いたら、僕が何でも奢ってあげよう!!」


 ドワァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 凄まじい歓声。沸き立つ子供達は、他にはどんな料理が!?とジェニに詰め寄っていく。


 飴と鞭?そんなもの生温い!飴じゃ腹なんか膨れないし、鞭は痛いだけ!家畜じゃないんだ!ナンセンス!


 空腹状態に追い打ち飯テロくらったとしても、その先に希望さえあれば人は進めてしまうのさ!はーはっはっはっは!!


「……鬼畜だな」


「えぇ……素晴らしい……!」


 怪物とエストさんのどこか噛み合っていない会話。というかエストさんの恍惚とした表情が怖い。今夜はジェニかエルエルの毛布に潜り込んでも許されるかな……






 エルエルの家で夕食も終え、いざ就寝という頃。


「興奮しますね」


 バッ!


 瞬間移動の如く潜り込んだジェニの包まる毛布から僅かに顔を出し、驚くジェニの肩越しに、そう静かに語りかけて来た貞操の敵に視線を向ける。


「大胆な夜這い。アニマ君は変態さんですね」


「よばっ!」


 思わぬ切り返しに咽ていると、夜這いという言葉の意味を理解してない顔のジェニが、それでもそわそわ僕らの様子を伺っている。


「へ、変態はエストさんの方でしょ!いきなりこけこ興奮だなんて!」


 無様な噛みようにくすりと笑うと、


「この冒険もいよいよ大詰め。母君が見つかるにしてもランジグに帰還するにしても、最後の階層、最後の冒険。この夜は長くなりそうだ。という意味だったのですが、」


 悪戯な笑みを浮かべ、


「流石お若い!脳内ショッキングピンクでしたか!」


「大体皆ピンクだよ!」


 脳みその色を悔し紛れに言ったところで、ニタニタエストさんには効いてない。


「からかうのも程々にしといてやれ。お年頃だ」


「怪物ぅ!?」


 だからその分かってるからみたいな大人な感じやめてよぉ!マジっぽくなっちゃうじゃんか!


「そうよ。王子はちょっとその……目線と、表情が素直なだけだから」


「でゅひゃっ!?」


 君もか!エルエル!


「なんちゅう声だ」


 ツッコみながら怪物が笑い、エストさんとエルエルもめっちゃ笑ってる。笑ってないのは未だに理解不能顔しているジェニと、恥ずか死にそうな僕だけだ。


 ちくせう……!


 これ以上何か言われたら立ち直れなくなりそうなので、傷心を引きずりつつジェニの毛布を出ようとすると、


 ぎゅっ


 背中を向けたまま、手を握られた。


「……ジェニ?」


 なになになに!?なになに!?どゆこと!?かわいっ!え!?かっわいまじかわいっ!え?


 ドックンドックン高鳴る心臓。脳内では色んな考えが巡る。


 自分の鼓動の音を時計代わりにするならば、何時間にも及ぶドキドキ。ジェニの意図を探ろうと、必死に脳をフル回転させた。


 怪物たちの声などとうに耳には入ってこず、手のひら全体に感じる温もりと、呼吸に上下する毛布から香るジェニのいい匂いを物凄い精度で脳に焼き付けていく。


 ジェニは特に何をするでもなく、何を言うでもなく、ただ手を、ただただ握り続けて……






【余談】

テンポ的にカットかダイジェストにしようと思っていたのですが、一応載せときます。

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