第6層 環魂
第197話 走れアニマ①
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夢だ!!
鉄のようで鉄ではない素材の通路。沢山の機械と照明。その通路の奥にある部屋の中。
忘れようもないブジンさんと再会した場所に、お母さんとスモーカーさん達がいるのを後ろの方から眺めていた。
「何日もここに人がいた痕跡がある。息子さん達が残したものかもしれない」
気の強そうな女性冒険者が、指で確かめながらそんなことを言っている。
っ!!動けない!声も出ない!今回は夢だと自覚できたから何かしら出来るかもと思ったけど、そう都合よくはいかないみたいだ。
悔しいけど、黙って見てるしかないか……
「でもゴールはすぐそこなのに、なんでこんな奥まった場所に何日もいたんだ?」
その疑問に、スモーカーさんが落ちていた髪を指で持ち上げ、
「何日もいたのは一人。それもおっさんだな、排泄物の匂いもしつこい男臭だ」
持ち上げた白い短髪を凝視し、
「嫌な顔を思い出しちまった」
付き合いの長いベテランメンバーたちは、それが誰の髪なのか粗方察しがついたようだった。
「だとしたら、余計に嫌な感じだわ。子供の足跡から、合流したのは間違いないでしょうけど、彼ほどの男がどうしてこんな場所に籠ってたのかしら……」
埃が溜まっている場所についていた小さな足跡を見て、僕らが同時期にここにいた事を確信する女性。
「恐ろしい門番の噂は知ってるか?もしかしたら立往生せざるを得なかったのかもな」
熟練の男性がフランクに話しかけた。
「冒険者なら常識だろ。でも、所詮は噂だ。誰も確認できたわけじゃない。不可解な死体の謎を利用して遺物を独占するために流れた噂っつう説もあるじゃないか」
そこに気の強そうな女性が答えた。
「しかし、難易度に対するこの異常な生存率の低さはどう説明する?新人ならまだ仕方ないが、攻略経験のあるベテランが命を落とし過ぎている。
おかしいとは思わなかったか?俺達のような大規模パーティーが何故易々と全滅する?」
「はいはい。慎重なのはいいことだけど、あたしにゃ現実逃避の言い訳に聞こえるね。強大な敵のせいにしたら、自らの能力不足を認めなくてすむ。
甘い噂に縋りつく、臆病者のそれさね」
「……アニマたちは転移紋に向かったんですよね……?」
お母さん……
「でしょうね。直ぐに発ったようです」
例の青年が答え。
「確かめないわけにはいかない。転移紋を見に行こう」
スモーカーさんの指示のもと、一行は部屋を出て行った。
**********
バッ!!
いつ見た夢だ!!?何時間経った!!?
窓の外からは眩しい朝日が差し込んでいて。
「起きて皆!!早く!!」
飛び起きた影響で派手に捲れた毛布に、肩を縮こませるジェニのその肩を揺さぶりながら、寝起きでカサつく喉に喝を入れる。
しかし、中々起きない。もう一度窓の外を見ると、朝日というには少々昇り過ぎていた。第四層の激戦、エルエルにも何度も治してもらったし、肉体的にも精神的にも溜まった疲労が出たか!
「起きて!!!」
「ん……」
ジェニが煩わしそうな声を出した程度。今たたき起こしたとしても、ここから寝ぼけた頭を整理させて準備を整えて出発するまでどれくらい時間がかかる!?
待ってられるか!
思考のギアを上げ、冒険服を纏ってリュックを背負って太刀を装備してと、荒々しく準備していく。
ごつっ
「ったぁぁ!!」
机に足をぶつけたが、止まっている暇はない。
「アニマ……?」
その声に寝ぼけ眼を擦りながら何事かと問いかけてきたジェニに、
「先に行ってる!!!」
けんけんになりながら戸を開け放って飛び出した。
「……ふぇ?」
はぁはぁはぁはぁ……
昼前の強い日差しが顔を焼く。一歩一歩蹴りつける度に硬い道路が確かな反動を返して、流れる風を吸い込む肺がいきなりの酷使に機嫌を悪くしつつもせかせか働く。
あのまま真っ直ぐ管理棟へ向かえば、いくら捜索しながらと言ってもものの数時間もしない内に辿り着いてしまう!
変わらずそこに居るという保証はないけれど、過去の記憶が嫌な妄想ばかり掻き立ててきやがる。
奴がいるであろう場所に、本当にこのまま僕一人で行っていいのか?他に何かもっと無かったか?
いや、これでいいんだ。
サイモン達猿の楽園組は大所帯と言うだけあって移動に時間がかかる。知らせに行く手間もかかるし、何より戦闘面では全く役に立たないし参加させたくない。
もし悪魔と戦闘になるのなら、ジェニ達も合わせた全戦力で戦わないと始まりすらしない。
今ならまだ、お母さん達が悪魔と接触してしまう前に追いつけるかもしれないんだ。一言「一度戻って」と伝えるだけでいい。
寧ろ一人の方が都合がいい。伝令は身軽さと速さが重要なんだから。
目の前には高さ約三百メートルの螺旋階段が聳える。下から見上げると、上の方はほぼ点だ。
途方もないように思えたそれを、一段飛ばしで駆けあがる。
はぁはぁはぁ……!キッツっ……!!
二段二段上がる度に足は重さを増し、心拍数は天元突破でゲロ吐きそうだ。
流れる景色の高さを見る。まだ中腹にも差し掛かってない。信じたくない。絶望感が重力を引き上げる。まだ半分にも至ってないのか……と、弱い心が顔を出す。
けど止まってる時間なんかない!ここで足を上げなければ……最悪の光景が脳裏を過る。
ゲロ吐きながらでも走れ!駆け上がれ!二段飛ばしだこん畜生ぉお!
霞む視界には数多の工場やら何らかの施設。真っ直ぐな太い道が遥か先まで伸びている。薄っすらと見えているのが管理棟だ。
肺の動きが速すぎて、今息を吸っているのか吐いているのかすら分からない。あまりに激しい呼吸に口の中は血が混じり、膝が痛みを通り越して熱い。
動くけど、まるで自分の体じゃないみたいだ。
くらくらする……よろける……バランスが、保てない……ダメだ……今倒れ込むわけには……
ばたん……
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ、かはぁー!!はぁはぁはぁはぁゲホッこひゅ……ぁ、かはっかはっ……!!はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……!」
地面は……硬い……けど温度は……分からない……今、どうなって……あぁほっぺから血が……
速く息を整えて、行かなきゃ……!来る……あいつが……悪魔が……来ちゃう!!
悪魔……あく、まが……
――ジジ――
ドームになった高い天井。ステンドグラスの大きなバラ窓からは色めいた光が柔らかく、華美な装飾を更に華やかせる。
木製のベンチが等間隔に並び、身廊の先に女性の姿があった。
ゆったりした袖のついたくるぶし丈の黒いトゥニカ。裾が大きい白と黒の頭巾。胸に輝く金のロザリオ。
頭巾からはみ出した艶の失われつつある髪が少しばかりのしわを隠す壮年の女性は、疲れと闇のその奥に最後の光を宿した瞳で僕を見ていた。
「さぁアニマ、こちらへ」
【余談】
夢には諸説ある。
記憶から作られるという説や、違う世界に行っているという説など。
母を求める強い感情と、魂の正常化という刺激、更にアニマの魂が通常のラーテル獣人とは異なるものであるが故にデジャブは起こり得る。
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